第170話
五人の大所帯で移動して数時間。
半日も掛からず中部入りした僕らがまず足を運んだのは、愛知県にある迷宮省中部地方本部だ。そこに詰めてる担当者にまず話を聞いてどこに派遣されるかを確認する。
ある程度自由な権力──言い方は悪いが──がある特別探索者という立場であるとは言え地域を抑えている人を無視して好き勝手行動することは好ましくない。そこは当然社会人の枠組みに入っているのだから、しっかりと倣うべきだ。
「申し訳ありません。ダンジョン警報が発生し急遽一級が出払ってしまいまして……」
「あらら……」
「引継ぎは受けておりますが、詳細に関しては直接現地で確認された方がよろしいかと」
普段本部を拠点にしてるのは宝剣くんともう一人。
そのどちらも出払っているとは中々……
ただ、ここで幸いだったと言うべきか。
中部地方は関東と関西に挟まれていて、どちらも最大戦力を保有する地域だ。
関東には僕らと鬼月くん擁する一級探索者達。
関西には不知火くんがいるため、何かが起きた時最も対処しやすい場所ではある。その何かが同時多発的に起きた場合は詰むけど。
それはどの地域も一緒だから気にしなくていい。
「しかし、わざわざ現地に行って確認した方がいいって事は……何か起きてるのかな」
「我々も直接確認した訳ではないのですが、曰く……ダンジョンの構造が変わっている、と」
「それは聞いて、る……ん、待てよ。それって現在進行形?」
「その通りです」
なるほどなぁ、そりゃ厄介だ。
てっきり「いつの間にか変わっていてヤバい」という話だと思っていたが、今も尚変化し続けているのは恐ろしい。
何が考えられる?
ダンジョンの構造が変わる事で何が起きる?
「他のダンジョンは?」
「長野県にあるダンジョンでモンスター多量発生が一件、それとここからそう遠くないダンジョンでも同様の事例が起きていますが、これは特別なものではありません」
「……ん、わかった。ちょっとこっちで相談してもいいかな」
「構いません。よろしくお願いします」
相手をしてくれた職員に断ってから皆と話し合う。
「……前例のない異常事態と、前例のある異常事態が同時に発生してる事が繋がってると思う?」
「微妙だな。個人的には関係がないと思う」
「私もそっち派です。同時にやるとすれば、もっと離れた拠点でわかりにくく被害を出すようにした方が効率がいい」
香織と紫雨くんは関係ないと。
澪は難しそうな顔で考えているし、霞ちゃんは……いや、うん。大丈夫。僕らがちゃんとしてれば今のところはね。
「えっ、なにその目」
「いや、君には教えなきゃいけない事がまだあるなぁって」
「ひっ……」
実力ばかり底上げしても意味が無い。
最低限僕程度はやれるようになってもらわなくちゃね。
ハードルを澪や香織と同じくらいの高さに設定してないだけ優しいと思って欲しい。僕だけが死んだとき後を継ぐのは霞ちゃんだから二人が協力できるという淡い期待があるからなんだけど、それは言わなくてもいい話だ。
僕らがどうでもいい会話をしている間に、澪と香織が互いに意見をすり合わせていく。
「……正直、判断出来かねる。どっちに転んでもおかしくないでしょ、これ」
「最悪を想定すればそうだが、関連性がない可能性の方が高いだろう。既に一級が対処に回っている以上我々は異常事態の方に専念するべきだ」
「こっちには五人もいるのよ? 分散してもローリスクハイリターンになる」
「移動所要時間も含めればロスが多い。安全策ではあるが効率が落ちすぎる」
「2チームに分けて待機と現地で活動すればいいじゃない。他に異常が起きた時、すぐに対応できる上に連絡手段だって問題ないんだから」
「だが──」
これは……敢えて違う意見を言ってる感じだな。
僕としてはやはり最悪に対する備えておきたい気持ちがある。
世界で異常が確認され始めた以上、これから何かが起きるのは間違いない。そんな情勢下で発生した前例のない事例と、その地域で起きた突発的なダンジョン警報。
関連性は薄いかもしれない。
関連性は濃いかもしれない。
これはどちらに転んでもおかしくないって澪の考えはよくわかる。
しかし、恐らくこれは切り替えられてないからだと思う。
不安に思う気持ちは凄く分かるんだ。
なにせあんな地獄は二度と見たくないからね。
自分達が最後の防波堤を務める以上、前よりももっと広く深く目を向けていかなければならない。
だから安全策を取りたくなる。
僕もそうだからね。
ずっとそうだ。
安全策を、最悪を想定し続けて動き続ける癖がついている。
「リスクがあるのはわかっている。だが一級が対処に動いているのだから我々は専門分野で活動するべきだ」
「…………それは、そうね」
最終的に澪が折れた。
僕は戦略とかそういう分野では疎いけど、迷宮省がかなり気を配って一級探索者を配置してるのはわかる。エリート連中さえいなければ、戦力不足に陥ることなんてなかっただろう。
「……ごめん。ちょっと焦ってた」
「僕も同じだ。これから先が長いんだし、ゆっくり慣れていこう」
「うん……」
……珍しい。
澪がこんな風になるのを見たのはすごく久しぶりだ。
具体的に言えば五十年振りくらい。
気丈に振舞ってはいたけど、あの地獄を防ぐ役割を背負ってるってのはかなりのプレッシャーになってたのかもしれない。
「……では、我々はこれからまた数時間かけて移動することになる。その最中に問題が発生した時は勇人だけでも先に送り出すことで手を打とう」
「ああ、いいね。それなら最悪にも備えられる」
「……ありがと」
澪が小さな声で感謝を告げた。
いいように扱われるのには慣れてるからね。
それに加えて感謝までついてくれば、言う事はなにもない。
「決まりましたか」
「うん。全員で例のダンジョンに行くことにするよ」
「わかりました。現地に連絡と移動手段の確保はこちらで行いますので、10分ほどで出発できるかと」
「助かる。ありがとね」
引継ぎをしてくれた職員に感謝しつつ、目的地に思いを馳せる。
やっぱり戻る事になるんだなぁ……。
何も遺っちゃいないであろう地元に帰るのは、なんていうか、切ないな。日本が復活していて嬉しかったのに、滅んだ故郷を見るのは切ないってのはなんかちぐはぐな気もする。
とはいえ、仕事だ。
私情を持ち込み感傷に浸るつもりはない。
この国に、二度とあの地獄は作らせない。
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