第120話

「何が起きた……!? 報告しろ!」


 九十九直虎が負傷しながらも雨宮姉妹を確保して戻ってきたこと。

 即座に応援要請を行い空から最高戦力である不知火織が文字通り秒速で到着したこと。

 怪しまれる立場であったがために自重していた雨宮紫雨が脱出を手助けし、ダンジョンを出る時間を大幅に短縮したこと。


 そして、そのわずかな時間エリート個体を相手取り時間を稼いだ有馬瀬名も重傷だが一命を取り留めたこと。


 それらが作戦成功の空気感を強め、浮き足立つ雰囲気が漂っていた鹿児島ダンジョン特区を襲った極めて局地的な地震。

 震源地はダンジョン内部、つまり直下。

 揺れが収まりいち早く混乱から抜け出した伊東は、即座に部下に命令した。


「震度は! 地下はどうなった!? 確認しろ、早く!」

「九州全体に揺れが発生したと見られます! 気象庁の発表はありません!」

「つまり、予測可能だった地震ではない……ダンジョンか」


 本来であれば、気象庁がいち早く地震の予兆を察知し通知を出している。

 固定してなかった機材が吹き飛ぶほどの揺れだったのだから、緊急アラートを鳴らさないとは考えにくい。

 それらのことから、伊東は今の揺れがダンジョンで起きた人工的な物だと判断した。

 そして、それは合っている。

 彼の予想を裏付けるように、オペレーターから報告が上がってきた。


 その報告を聞いて、伊東は気が遠くなる感覚がした。


「しょ、所長!! 大変です!」

「何が起きた?」

「だ、ダンジョンが……空洞になっています」

「……? どういうことだ」

「そのままの意味です! これを!」


 慌てふためく部下の元まで歩き、計測結果に目を通す。


 ダンジョンの発する魔力量。

 それから把握できるダンジョンの全体像や異常事態の予測を行っていたのだが、その計測機器が振り切れていた。


「おそらく、計測想定値を遥かに上回る魔力を検知してショートしたんだとは思いますが……」

「……計測機は最新ものだったか」

「いえ、最新ではありません。ですが型落ちでもなく、現行機と言えます」

「鬼月一級の保有する魔力の二倍は見れる。そうだったな」


 九州全土を襲った──大きな揺れはこの周辺のみだとわかるのは後の話──揺れは、ダンジョン内部で引き起こされた莫大な魔力爆発の影響である。

 そして、それほどの魔力爆発は人類史上でも未だ観測されていない。

 つまりは、この威力の爆発が起きた理由は果たしてなんなのか、皆目見当もつかなかった。


「所長。不知火一級がこちらに」

「通してくれ」


 爆発による地上への影響は。

 内陸部であることから津波等は問題ない。

 魔力技術が生まれてから治水や土木作業に関して重機要らずな場面も増え、そういったインフラ整備はダンジョン発生以前と比べかなり発達している。

 自然災害に対する備えは問題ない。

 そうなればわからないのはこの爆発で壊れたダンジョンが崩壊するか否か、である。


 もしもダンジョンが崩壊するような事態になれば、直上にいる自分達は崩落に巻き込まれる。

 最低限魔力は持ち合わせているがそれでも本職ではない。

 即死するものが多いだろうし、救助にも時間がかかるだろう。


 避難するべきか。

 地下には勇人がいた。

 だが、いくら五十年前に世界を救った勇者でも、これほどの災禍の中心で生き残れるとは思えなかった。


「…………避難するべきか」


 待ち人が来るまでの十秒程度でその結論を出した伊東の前に、待ち人であった不知火がやってくる。


 そして眉間に皺を寄せ悩む伊東に対し、何事もないように彼は言った。


「今の爆発は勇人特別探索者が起こしたものだ。あの人は無事だぞ」

「…………は?」

「その様子だと、計測器は役立たずだったようだな」


 不知火は既に勇人やエリート達が使っていた魔力波による探知を習得している。


 勇人が以前エリート達を相手に小競り合いをしていた際、当然のように使っているのを見て学んだ。

 そして気がついた。

『この技術は初歩中の初歩、おそらく当時戦っていたメンバーは全員が使用出来る』、と。


 今とは違いダンジョンのマッピングも進んでおらず、最低限の灯りの確保すら出来ていない。そんな状況で真っ暗な敵の巣穴に飛び込むのだから、これは出来ていなければならない技術だと悟った。


 だから出来るようになった。

 流石に勇人のように出鱈目な範囲を計測する事は出来ないが、魔力を惜しまなければダンジョン一つ丸々探知する程度のことは造作もない。


「ダンジョンも修復が始まっている。懸念しているような事態にはならんよ」

「は、はぁ……そうですか」

「相変わらず出鱈目だ。あれで全力じゃないと言うんだから、たまらん」


 あれほどの揺れを単身で引き起こせる怪物を見て楽しげな顔をする不知火に思わずお前もだよと言いたくなったが、流石に伊東は分別の付けられる大人である。

 無言で受け流した。


「とは言え、何が起きたか正確に把握出来るまで混乱は続く。既に向こうには連絡しておいた。この騒動が収まるまで駐在しよう」

「それは……ありがたいですが、よろしいので?」

「中部にやる気のある女がいる。少し仕事を振ってやるさ」

「はぁ……」


 何事もないとわかったのと、上位者である不知火がいるという安心感で少し気が抜けた伊東はとりあえず頷く。


 彼を尻目に、不知火は考える。


(──ダンジョンは、あれだけ壊されても元通りか……)


 ダンジョン。

 モンスターを生み出す謎の機構。

 地底にのみ存在し、異常な耐久力と広さを誇るダンジョン産業の要。


(一体ダンジョンとは何なんだ?)


 エリート個体の存在。

 一体葬り、そして勇人もおそらく撃破しただろう。

 それでもダンジョンの様子は変わらなかった。


(てっきりエリート個体が管理してるものだと思っていたが……)


 そういうものでもないらしい。

 では一体ダンジョンとは?

 侵攻を明確にしていた過去と、今の差は?

 少しの間考え込んでから、今考えても結論は出ないと打ち切った。


「しかし、とんでもないですね」

「ん? なにがだ」

「勇人特別探索者ですよ。これほどとは思っていませんでした」


 伊東は見縊っていたと素直に認める。


 強く怪物級の人間だとは理解していた。

 検査の結果も届いていたし、確認もした。

 現役の一級と比べても圧倒的に強いと理解していた。

 それでもなお、これほどまでとは思っていなかったのだ。


 ダンジョンそのものを崩壊させる強さ。

 それは最早、単独で世界を滅ぼせる強さを持っていることの証明だった。


「あれで全力じゃ無いとは……些か信じ難いですが、真実なのでしょうね」

「そうだな。あの人の本気とやらは見てみたいが……難しいな」

「はい。規模が大きすぎます」

「我々がみみっちい人類規模での戦いをしているのに向こうだけ大陸、惑星規模のスケールだ。もし勇人特別探索者が本気を出せば、この列島は沈むだろうよ」


 大袈裟な、とは言えなかった。


 全力ではない攻撃で、未だ誰も破壊する事のできていないダンジョンを消し飛ばしたのだ。


 もしも本気で戦うことになれば──この国の形は物理的に変わる。


「……まあ、どの道、あの人が勝てない相手が居れば世界の終わりだ。国の形が変わるか、世界が終わるか。ならちょっと変形する程度どうでもいい事じゃないか?」

「……それもそうですね」

 

 そう言いながら、不知火は思う。


 その時が来たら自分は……








 地上まで孔が空いた──とまでは行かずとも、まあ普通にやりすぎたね。


 ダンジョン内部に大きな空洞が出来ちゃった。

 再生が始まっているとは言え、これだけの物質を形成するにはかなりの魔力を消費するだろう。


 これで影響が出たら責任とって魔力タンクにならなくちゃ。


「それはさておき」


 周囲をぐるりと見渡しても視界に変化はない。


 デュラハンの痕跡は残らなかった。

 上から魔力波による検知を受けたけどあれは不知火くんの魔力だったし敵のじゃない。


 消失した?

 まだ判断はつかない。

 上ではなく下に向けて広範囲に魔力波を広げてみたものの、それにも反応はなかった。九州全土とまではいかないけど、それなりの範囲を調べたが無反応……


「…………」


 警戒したまま上に跳ぶ。

 大穴どころか、かなり上まで飛ばなければ脱出出来なくなってしまった。僕は余裕だけど、実力の無い子だと無理だろうね。


 暫くこのダンジョンの様子を見た方がいい。


 あのデュラハンの強さは平均よりは強かった……と、思う。


 間違いなく強かった。

 それがなぜああもあっさり倒せたのか。

 僕自身の強さが五十年前と比べて別格になってるからだ。

 リッチとして強制的に植え付けられた身体能力と更に増えた魔力。モンスターの混じりものになった事で発達した能力は、僕が想像していたよりも大きかったんだろうね。


 昔ならここまでヤバい威力はしてなかったんだけどなぁ。


 こりゃ、どこかで一度本気・・を確かめた方がいいぞ。


 そうじゃなきゃ絶対大事な場面で事故る気がする。


 それに、あのデュラハンも強かったけど、あれが上限な訳が無い。


 あの鯨型と同じレベルの奴がいる筈だ。

 僕が本気で、それも死ぬ気で、何度も何度も魔力を絞り出してようやく倒せた化け物。あいつが一番苦戦したし最も記憶に残ってる。

 勿論仲間が死ぬ瞬間は別だ。

 強敵との戦いという意味ではあの鯨が一番だね。


 もしも。

 もしも、あの鯨を超えるレベルの敵が居たら。


 僕は無事勝利を掴めるだろうか。


 今だからこそ、わかる。

 あの時の勝利はまぐれだ。

 千分の一、いや、万分の一。

 奴は僕らの事を侮っていて、そして、奴が本気になる前に倒し切った。同格、もしくはそれ以上の奴は、僕がかつて全てのエリートを葬った事を知っている。


 手を抜いてはこない。


「…………不安なんてないさ。僕は、勇者だぜ」


 言い聞かせるように呟いた。

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