第122話
「おお、戻って来たのですねお二人とも! ……? 何かあったんですか?」
「何も。強いて言うなら老人に羞恥心があるとわかったくらいだ」
「くそがきめ。余計なこと言うんじゃあないよ」
パコッと軽く後頭部を小突く。
ああまったく、やれやれだ。
この歳になって若者から男女の関係を揶揄されるってこと自体には慣れてる筈なんだが、香織との関係を正面から言われるとどうにも弱い。
最初から評判狙いの霞ちゃんとは違うと言えばそうなんだけど、それは流石に明け透けにするには憚られた。
不知火くんと戯れてる僕を見て、件の少女霞ちゃんは目を丸くして言う。
「え、なんか仲良くない?」
「ほう、そう見えるか」
「気のせいだよ霞ちゃん」
「……いや、絶対なんか仲良くなってる気が……」
「いやあ気のせいだね。歳の差もあるし」
「俺は孫でアンタは爺さんだな」
「こんな生意気な孫を持った記憶はございません」
距離感が縮んだのは間違いないが、それを素直に認めるのはなんだか癪なので誤魔化しつつ話を別にそらした。
「それで、報告をしてもいいかい?」
「構いません。こちらの話も一度落ち着いたところです」
「それじゃ遠慮なく。地下に居たエリートは未確認個体で、種族はデュラハン、本人曰く黒騎士と呼ばれてたそうだ」
「それに関してはこちらの雨宮紫雨殿から受けた報告と合致しますね」
視線を向けると、彼女は無言で頷いた。
なるほど、触り程度の情報は持ってた訳か。
だがそれを具体的に説明する時間は無かったからあの時軽い警告で済ました、と。
うん、辻褄は合う……というか、筋が通るから問題ない。
「他には何か聞いてる?」
「リッチの能力を得ている紫雨殿を蘇生したのはデュラハンの能力だという事、そして彼女は既にリッチとしての能力を十全に扱えるということくらいです」
リッチとしての能力が使えるのはわかってた。
香織も言ってたし、嘘は吐いてない。
これはほぼ確定で良いと思う。
だが、まだだ。
僕はここで最後まで抵抗しなければならない。
この場の誰よりもモンスターの狡猾さを理解しているのは僕だ。
先程まで漂っていた緩い空気を霧散させるように圧力を高めながら話を続ける。
「他に隠してる事は?」
魔力を滲ませながら聞く。
聞く必要ない……とは、思う。
でもまあ本当に念のため、念には念を入れて、だ。
僕以外の皆はもう受け入れる雰囲気が出てるし、多少は打ち解けたんだろう。霞ちゃんも隣に座っていてすっかり仲良し姉妹だ。
もちろんそうなってくれるのが一番理想的。
瀬名ちゃんや九十九ちゃんの負傷も無駄にしたくないしね。
「っ……ありません。全て話しました」
紫雨くんはしっかり目を見返して言う。
これでも演技派でね。
やる気が無くても実際にやるかもしれない、そんな危機感を与えるように振る舞うのも慣れっこだ。
そんな僕の圧力を、紫雨は真正面から受け止めた。
疑うのも無駄な気がしてきたな……
それでも僕だけは最後まで疑わなければならない。
彼女が敵だったら全てがひっくり返るんだ。
感情は抜きにして考えなければ。
「本当にそうかな。下で戦ったデュラハンだけど、まだ隠した手があるような素振りだったぜ?」
これは真っ赤な嘘だが、隠し事があった場合に効くかもしれない揺さぶりだ。
誰も口を挟まないのは、僕がそういう役割をするって気が付いていたからだろうか。それとも、僕の過去を思い出して何も言えないのか。
それはどっちでもいいかな。
好都合だし利用させてもらおう。
「私はあのデュラハンの事も良く知らないんです。顔を合わせて数時間しか経ってないので」
「香織を通して僕らを誘い込んで罠に嵌めるつもりだったんじゃないか?」
「それは──そう思われてもしょうがないと思います。でも、私は土御門さんが何処に行ったのか、何をしているのか、それが分からない状態でした。合流できたことはさっき耳にしたので、寧ろ、ちゃんと辿り着いている様にと祈っていました」
……ん?
そうなのか……?
僕はスケルトンがどこにいるのかわかるし、霞ちゃんの事もなんとなくわかる。
リッチの能力じゃないのか……?
「なぜわからなくなったのか。その理由は今は察しています」
「へぇ? 教えて欲しい」
「恐らくですが、貴方が上書きしたんだと」
…………ああ~……
そう考えると違和感はない。
なるほどそうか、僕が上書きしたのか。
あり得る話だ。
同じリッチとしての能力を有しているなら猶更。
だけど別に香織の事が色々わかるようになったわけでもない。
何か絡繰がある?
……これ以上香織関連で詰めるのは難しい、か。
魔力の受け渡しをしたのは皆知ってる。
そこで上書きされたと考えるのが道理だ。
少なくともそこに関しては嘘は言ってない。
そこが問題ないと分かれば、その前の疑問も解決する。香織と連携を取る事が出来ない以上、彼女が意図的に嵌める事は難しい。
デュラハンの隠した手──これは大嘘なのであるわけもなし。
今はこれ以上詰めれないね。
そんなに疑う必要なんてない、それはわかってるつもり。
あの場面で仲間を見捨ててまで人類側の拠点に侵入する理由がないと思う。嵌めるならもっと戦力を集めて僕を殺した方が確実なのに、それをしなかった。
それだけで彼女が最高効率を狙った訳じゃないのがわかる。
モンスターは狡猾で恐ろしい。
連中が本気でやるならもっとガッツリ作戦を組むだろう。
「そっか。ならこれ以上は何も言わない。いきなりごめんね」
魔力を納めて謝罪する。
作戦のキモが実は裏切り者でした、なんて考えたくもない。
その可能性は限りなく低いさ。
けれどもまあ、考えなくちゃいけないんだ。
僕はそういう立場だから。
かつての有様を見た人間の一人として、再来だけは回避しなければならない。
「改めて──現代へようこそ、雨宮紫雨。歓迎するよ」
いつも通りの笑みを浮かべて手を差し伸べれば、紫雨くんは引き攣った笑みを浮かべながら握手を交わした。
疑って脅した男と、疑われて脅された女。
僕と紫雨くんのファーストコンタクトは、そんな何とも言えない微妙な関係性から始まるのだった。
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