第146話

「えー……という訳で。こちら新たに復活した遠藤澪さん。僕のスケルトンでした」

「よろしく」


 パチ……パチ……となんとも言えない感覚で拍手が鳴る。


 それを特に気にした素振りもないまま澪は続けた。


「雨宮姉妹とはもう挨拶したから省く。そっちが有馬瀬名でこっちが九十九直虎。間違いない?」

「え……ええ。お会いできて光栄です」

「初めまして! よろしくお願いします!」


 ぎゅ、ぎゅと、と控えめに握手をしたのは瀬名。

 その後に続きググっと思い切り力を入れて握手をしたのが九十九で、顔を一切変えることなく寧ろ握りかえした澪に対しキラキラ目を輝かせた。


「わ、わ! すごい! 本気で握ってるのにびくともしない!」

「こっちは廉価版勇人みたいなもんだから当然でしょ。まあ、ここまで育ったのは五十年たっぷり魔力を注がれたのが原因だけど」

「えっちだ……」

「えっちか……?」

「現代の価値観だと大変すけべなの!」

「そっか……」


 澪の発言に頬を赤らめて力説する霞に優しい顔で軽く頷いた勇人は、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに速攻で話題を切り替える。


「これからまだ一ヶ月以上は滞在するけど、その間僕らは一緒に行動することになるから顔合わせをしておこうと思って今日連れてきたんだ」

「共に、ですか?」

「うん。嫌だったかい?」

「嫌というか……私達が邪魔では?」


 瀬名は幼い頃から祖父頼光に勇者の話を聞かされている。


 たった四人。

 わずか四人。

 されど四人。


 たった四人の勇者たちが今よりもっと強大で恐ろしいモンスターが蠢くダンジョンに突入し、そのダンジョンの奥底で戦闘を繰り広げ侵攻を終わらせたという話は彼女にとって慣れ親しんだものだ。

 そして今の自分と比べても雲の上の人物達であるとも理解している。

 そんな人たちに混ざっていいのか?

 強さの面でも絆の面でも邪魔じゃないか。

 真面目な瀬名はそう考えた。


「いや別に全然そんなことないが」

「あ、そうですか」

「そういう気遣いは嬉しいさ。だが我々はこれから長いからな」


 香織は皮肉げな笑みを浮かべてそう答える。


 少なくとも五十年の間肉体に変化が現れなかった時点で勇人の寿命は人間とは全く違うものになっている上に肉体が魔力で構成されている香織と澪もそれに続く。寧ろ、自分達の時間は後でいくらでも取れるのだから今は人々の役に立つのが先だと言う結論を出した。


「ううむ……それなら頼りにさせて欲しいですが」

「そう気にしないでくれ。私は救われたし、これから一人の人間として役に立ちたいんだ」

「それならよろしくお願いします!」


 渋る瀬名を尻目に、九十九はさっさと了承した。


 こういうところの切り替えは早かった。

 と言うか、本来であればかなり合理的な思考で生きてるタイプの女性なので、自分より圧倒的上位の人間がいる環境だと素が出る彼女にとっては是が非でも了承するつもりだった。


「ちょっ、九十九……」

「大丈夫ですよ瀬名さん。勇人さんの胸を借りるのと同じつもりでいきましょう」

「そうだそうだ。そう若者は年寄りをもっと頼るべきだ」

「……わかりました。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」

「…………さて。顔合わせも終わったところで、少しばかり提案がある。いいか?」


 香織が切り出した。


「私と澪のことはそう遠くないうちに公表されることが決まった。それに伴い特別探索者の資格も発行され、我々も共にダンジョンに潜ることになる」

「先程の会話からなんとなくは察していましたが、決まったんですね」

「ああ。勇人に対する国民感情を過剰に煽らないように色々情報を制限していたわけだが、これからはそれらも全て公開する。エリートの排除に成功し、新たな戦力も増えた。今こそが情報の使い所だ」

「なるほど。大々的に自分達の凱旋をアピールすると……」

「利用できるものは利用せねば勿体無いだろう?」


 肩を竦めて言う香織に苦笑しながら瀬名は頷く。


 もっと自分達の身を大切に使って欲しいとは思うが、これ以上ないほどに持ち上げやすい立場なのも事実。


 エリートという高度な知能をもつ強大な敵が世界中にいるかもしれないという情勢の中で突然復活した、五十年前に世界を救った勇者パーティー。


 不安になる人々を安心させるには最上の肩書きだった。


「どのみち連中の討伐が目標なんだ。ならば利用せねばな」

「ま、昔は私達が死んだら詰むから言えなかったんだけどね」

「今は僕らがくたばっても次世代の芽がある。なんとかなるさ」

「……気軽に言ってくれますねぇ」

「君はその筆頭だよ、九十九ちゃん」

「期待が重いですよ、もう」


 にへらと笑う九十九。

 言葉とは裏腹に嬉しそうな笑みだった。


 これまで、無遠慮なと言っては失礼だが、具体性のない将来を期待されてきた。


 強くなれる身体だから。

 魔力が多いから操れればすごいから。

 鬼月や不知火を超える人間になれるから。


 そんな言葉と無邪気な応援を投げられ、うまくできなくてため息を吐かれる日々だった。


 上手くできない自分に苛立って、やがて心が耐えられ無くなった。


 今は違う。

 自分に期待を寄せているのは、自分と同じ悩みを抱えた人だ。

 力が強くて、うまく制御出来なくて、社会に馴染めなかった人。ダンジョン誕生以前の社会ならばもっと馴染むのは難しかった筈なのに、この人は一人で立ち上がることを選んだ。


 ──尊敬している。


 これまで以上に期待に応えたいと思った。


 それだけ。

 本当にそれだけだ。

 他に邪な感情なんてものはない。

 世界でただ一人、自分のことをすべて理解してくれる人に出会えただけで、それ以上の感情なんでものは、ない。


(────うん。ないない。私は未熟すぎるしね)


 心の中で一人言い訳をしながらホッと息を吐く。


 まあ、見苦しい言い訳を並べるのならば。


 顔が良くて背が高くて自分より強くてなんでも聞いたら教えてくれる頼れる男性に出会ったのが初めての九十九は、これまで男性経験などまともに無かったのだから、ちょっとくらいそう思っても不思議ではないということだった。

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