第147話


「平和じゃのう」


 有馬頼光は一人縁側で座っていた。

 日にあたりじんわりと身体を温めている姿は年齢相応。

 とても現役の一級探索者として今もなお活動しているとは思えないが、着流しの内側から盛り上がった筋肉やそもそもの体格が年齢と釣り合っていなかった。


「……平和なのは父さんだけだぞ」


 そんな頼光の隣でゲッソリしているのは息子の有馬忠光。


 勇人がやってきてから立て続けに起きた問題の処理の忙殺され、呑気に日に当たっているジジイとは違い実に二週間ぶりの休日であった。


 何なら面倒事は大体頼光にぶん投げられている。


 恨みのこもった一言だったが、言われた当人は素知らぬ顔をしながら反論した。


「儂が若い頃は休みなんぞ無かったが?」

「そりゃそうだろうな! わかってたよ!」

「忙しさマウントを取ろうなど片腹痛い。文明が滅びかけてから言うんだな」

「勝ち目がねーよ」


 のほほんと老後を過ごしているが、つい十年前まで九州地方の管理者を務めていたのだ。今だって完全にフリーなわけではなく、息子の忠光が多少楽をできるように仕事を請け負っているため、勤務年数でいえばとんでもないことになる。


 それに成年するより前から戦っていたのだ。

 いい加減休めと各方面から突っつかれる程度には大御所の頼光にとって、この程度の忙しさなど大したことはない。 


「それに実際平和じゃろ。エリート共がいるとは言え地上は人類のもので国も存続しとる。国外の連中は今頃情報を集め慌てて研究開始した程度で、まだまだ他国に手を出す余裕はない。うーむ、完全無欠に平和だ」

「よく言うぜ。現役の間者ぶっ殺しマシーンが」

「次はお前じゃからな」

「はぁ……笑えねぇ……」


 初手配信により勇人らの存在が公になり、隠すことはせず、しかし全ての情報を公開するまで期間を置いたのには理由があった。


 国民感情という点でもだが、何より他国に対する対策を練る必要があったからだ。


 有馬頼光は勇人達が姿を消してから国を建て直すために奔走した。


 日本全土を取り戻し、地底の名をダンジョンと改め国による管理体制を作り、他国へとノウハウを受け渡した。


 その間に起きた語られぬ闘争。

 国内の不穏分子だけではなく、国外の不穏分子をも相手にしてきたのは他でもない頼光だった。当時はまだ魔力が発展しきっておらず、探索者も育ってない状況で、命懸けで日本の足を引っ張りに来る者は少なくなかった。


 だから頼光がやった。


 他に候補がいなかった。

 他の誰もやれなかった。

 モンスターを殺し、人を殺し、モンスターを殺し、人を殺し。

 毎日毎日国のため人のため人生を捧げ続けた頼光はいつの間にか西日本を統括する立場となっていた。


 有馬という名。

 それはただ探索者として優れているから名家と言われているわけではない。国からはその功績を讃える意味で、事情を知る者からは畏怖も含め呼ばれていた。


「勇人さんの情報に釣られた連中の第一陣は消した。だがまあ、まだまだこれからが本番だろうな」

「うむ。儂も年老いた上に次は穏健派のお前だ。付け入るには十分すぎる隙になる」


 頼光は言葉と共に佇まいを変える。

 先程まではのんびりとした雰囲気を醸し出していたのが、今は違う。

 鋭い抜き身の刃の如き圧。

 背筋は伸び、瞳は細められた。

 モンスター、そして人類の脅威から国を守った男は、未だ衰えを知らない。


 視線の先には忠光がいる。


 既に九州地方の管理者として務めて長い男は試されていると理解した。


 これからどうするのか?


 そう問われていた。


 それに対して思うことはない。

 己の実績が父に及ばないことは当然であるし、また、穏健派と言うのも事実だからだ。その在り方を教えてきたのは他でもない父であり、真逆の道を歩めと教えてきたのもまた、父である。


 その視線に応えるために、忠光も思考を巡らせる。


「九州は問題ない。瀬名も一皮剥けたし九十九もいる。エリートを討伐するのはキツイが勇人さん達が来るまで耐えるくらいは可能だ」

「二人が死んだ場合は?」

「俺が出る。父さんが生きていたら権限を全て渡してここを任せて籠城してもらうかな」

「ここが危なくなる最大の要因は何じゃ?」

「無論エリートだが、太平洋のダンジョンがわからない。あそこにエリートが居て本気で攻める気になったら、世界がもう一度滅ぶかもしれん」

「……ま、及第点か。日本海側の対策は言うまでもない」

「大陸には常に目を向けてる。今の所勇人さん達みたいなのは出てきてないが……」

「今頃モンスターと人間の人体実験で大忙しじゃが、いずれ成功する。出てくるぞ、なり損ないが」


 頭をガリガリと掻き、不愉快そうに眉を顰めながら忠光はため息を吐いた。


「……だよなぁ。一応聞くけど、我が国は?」

「させるわけがない。というか、そんなことを考える奴は全員ぶっ殺してある」

「頼りになるぜ、父さん」


 そもそも魔力を効率的に得るためにモンスターを利用することは日本でも研究されて来たことだ。


 モンスターのドロップ品と人間を混ぜるようなことはしてこなかったが、その理由も、「そんな手段を使わなくても早い速度で人類が成長するだろう」と見込んだからだ。


 事実ダンジョンが発生してから半世紀でここまで魔力技術は発展したし、ダンジョン黎明期以前の文明と大差ないほど復興を遂げている。


 それに比べて国外はどうか。

 いち早く復活した日本が魔力技術を提供し、モンスターを駆逐しダンジョンを平定するための探索者を送った。


 この危険度を考えないほど愚かではない。

 向こうはいつまでも技術トップを走れることを許容せず、いずれ刃を向けてくるだろう。一度世界は滅びかけたのだ。他国をすり潰してでも生き残ろうと考えるのは容易い。


「儂はなぁ、忠光。勇人さんにやってほしくないことがある」

「…………」

「あの人は人間が好きだ。どうしようもない人間だって腐るほどいるが、そうじゃない人間もたくさんいる。誰だって弱れば心も醜くなる。人が人らしくあれるのは、余裕があるから。そう理解した上で人が好きなんだ」

「……ああ」

「やらせてはならんぞ」

「わかってるよ」


 肩を竦めながら忠光は言う。


 親子団欒と呼ぶには少し物騒な会話の後、緊急の呼び出しで忠光がその場を去るまで二人はゆったりとした時間を過ごした。

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