第138話
僕は……僕はあの時、全てを間違えた。
綱基が死ぬ原因になった戦いは、それまでで最も激しかった。
理由はわからない。
根拠のないなんとなくの推測をするのなら、きっとあの時対峙したエリートが最後の強者だったからだと思う。
あの鯨より強い奴は居なかった。
あいつに準ずるような敵が居たとすれば、この戦いのエリートだ。だからきっとモンスターにとっても最後の攻勢だったんじゃないかな。
その後の連中は、僕一人で全部倒せるくらいだったし。
……だから間違えたんだ。
あの戦いは、もっと準備を整えるべきだった。
連中にとっては最後のチャンスであっても、当時の僕らは推し量ることなんて出来なかった。傷ついて行く仲間達、まだ国内の半分を占めていたモンスターの活動圏。
僕以外の二人は日に日に戦闘力が落ちて手こずる様になっていき、時間をかけ過ぎればまずいと思ってしまった。
そこで一度立ち止まれれば、あんな終わり方をしなくて済んだかもしれないのに。
結果論だ。
わかってる。
考えるだけ無駄だってことも、考えれば考えるほど深みに嵌っていくだけだってことも。
それでも思わずにはいられなかった。
だって────澪が泣いたんだ。
澪が……あの時、何もしてやれなかった女の子が、また泣いたんだ。
「勇人」
僕は一体何をしてやれた?
あの時何をしたんだ。
ただ戦うばかりで、僕は、何も守れやしなかった。
今だってそうだ。
戦うことしかできない僕は、誰かに支えられて生きている。たった一人で出来ることなんてたかが知れていて、それでも僕は、この両手をなんとか広げることしかできない。どうしてそれしか出来なかったんだ。なぜそれ以上出来なかったんだ。どうして、なんでだ。もっとあった筈だ。香織から学んでおけば、いや、そもそも僕が優秀であったのならきっと。なぜ僕はこんな出来の悪い人間になってしまったんだ。こんな奴が生き残って、どうしてみんなが死んだんだ。僕が生き残るくらいなら、みんなに生きていて欲しかったのに。死ねよ。死んじまえばよかったんだ。戦って戦って戦い続けて死ねばよかったのに。なんであの時止まることを選んだんだ。死んでおけば、こんな風に思わずに済んだのに
「勇人!」
「…………ん?」
「勇人! おい、大丈夫か!?」
背中に柔らかい感触。
匂いは嗅ぎ慣れたものだ。
つい最近するようになった彼女の
「ウッ……」
「か、霞? どうしたの?」
「ちょっと……想いが重すぎて胸焼けしそう」
想いが重い、いいセンスだ。
配信でもバカウケのフロア喝采間違いなしだね。
背中から抱きしめられているし、腕の中には見知らぬ少女が……いや? 見知らぬじゃないな。澪だ。
ん、んん?
どういう状況だ、これ。
「〜〜〜っ、ちょ、ちょっと勇人! もういいから離してよっ」
「あ、ああ。ごめん」
「はぁ……香織の目の前でなんてことを……」
ぶつぶつ変なことを呟きながら前髪や服を整える澪を離して、今度は背中に抱きついている香織に話を振る。
「えっと、香織」
「なんだ? どうした!?」
見れば彼女の表情は危機迫るもので──なんで?
「なんで、って……さっきまでお前、とんでもないこと考えてただろう」
「…………あ」
なんか色々ごちゃごちゃ考えていたことを思い出す。
……あー……………………。
うん。
なるほど、なるほど……。
「大丈夫か? 私のことはわかるか?」
「わかるよ。ていうか香織って呼んだでしょ」
「それはそうだが……さっきのお前は普通じゃなかった。何があったんだ?」
霞ちゃんは具合悪そうな顔色だし、澪も顔の色が赤く……うん、赤く紅潮してる。
そして香織は顔面蒼白だ。
どうやら、よほど醜い感情を押し付けてしまったらしい。
頭を掻き誤魔化す方法を軽く考えたが、頭がうまく回ってないのか何も思いつかず。
異常事態が起きたと判断した忠光くんに退出と検査を促されたため、それに黙って従うことにした。
「失敗したな……」
自動販売機から水を購入し気分を紛らわすために喉を潤してから、呟く。
本当に最悪な失敗だ。
僕はこれまで、極力感情を抑えるように努力してきた。
理由は単純、霞ちゃんに伝わってしまうから。
僕がネガティブな感情を抱けば彼女の精神にも影響を与える恐れがあった。それに僕自身めんどくさいメンヘラジジイなのは自覚しているが、積極的にそう思われたい訳じゃない。
それに感情が荒ぶることはいい事ばかりじゃない。
寧ろ悪い方向に事態が転がりやすい。
戦いの最中もそうだし、それこそ、香織と再開した時なんかそうだ。
感情を堪えられず、彼女を手にかけるまでの葛藤も全て霞ちゃんに伝わっていた。甘い、甘すぎる。自分の精神を平らにすることすら出来ない未熟さを放置していたツケがここに来てやってきた。
「はぁ」
確かに動揺するには十分な理由があった。
香織が復活したことで感情を隠すのが下手くそになっていたこと。
スケルトンの正体が澪だったこと。
そして、澪が生きていたこと。
彼女が近くに居たのに気が付かなかったこと。
そんな澪が泣いて謝ったこと。
全部だ。
全て重なった。
僕はどうやら、澪や綱基の死がトラウマになっていたらしい。
それこそ香織が死んだ事よりも。
これは多分僕自身の後悔が最も強いからだ。
香織の死は、正直避けようがなかった。
あの時の僕は今のように一つの戦場に限定すればフィールドに影響を齎せる、なんて程の強さじゃなかった。モンスターは一撃でやれるけど手数も少ないし速度も遅いし威力も低い、正に下位互換と言えた。
だから決め手が無かった。
自分一人で丸三日ほどかけていいなら何とかなったかもしれない。
でも仲間が居た。
仲間は何日間も戦い続けられるほどでは無かった。
だから彼女の犠牲は仕方なかった────そう、今なら無理矢理納得する事も出来る。
したくないけどね。
でも結果的に彼女に再開する事が出来て、香織と腹を割って話す事も出来た。だからまだ後悔はそれほど強くない。
だけど綱基や澪はどうだ。
僕が守らなきゃいけない立場だった。
無理矢理にでも置いていくべきだった。
年長である僕が、優秀さと優しさに付け込んだんだ。
しかも、しかもだ。
澪は自分の暴走が原因で綱基が死んだと言った。
あの子に理性があったのはわかっていた。
それでも綱基が死んだあと、僕は戦う事をやめない彼女を連れて行った。
僕が同じ立場なら、死んでも死にきれないと思ったからだ。
気持ち的には、それで良かったのかもしれない。
それでも僕は…………澪を、言葉で許して、そして、休ませるべきだった。
そうするべきだった。
そうしなければいけなかった。
綱基だって守らなくちゃいけなかったんだ。
五十年間で振り切れたと思っていた。
少しは時間が解決してくれた、そう思ってた。
だけど違った。
僕は、澪と綱基を死なせてしまったことを、他の何よりも後悔していたんだ。
「…………ふう。切り替えよう」
とはいえ、いつまでも同じ事で悩んでいる訳にもいかない。
これに関しては澪と直接色々話して解決する方向にもっていくしかないからね。幸い、これから話す時間はたっぷりある。
感情を抑えるのもそう難しくはない。
構えておけば多少無理にでもやれる。
よし、切り替えだ切り替え。
あれは思いもよらぬ不意打ちを何度か重ねられてトラウマを思い出してしまったのだ。平時から意識して、そして後悔の元と話し合えば何とかなる。
そう意気込み、購入した水を一気に飲み干して廊下から検査室に足を進めると──廊下の曲がり角に気配を感じた。
「……あれ。澪?」
「ぎくっ」
何となく彼女が居る気がした。
その勘はあっていたらしく、わかりやすくリアクションを取った澪がそーっとこちらを伺うように顔を見せる。
心配している様な、気まずそうな表情。
「ぎくって、自分で言ってどうするんだ」
「…………い、いいでしょ別に。それより勇人、ちょっといい?」
「いいよ。僕も君と話したかったし」
検査はもう終わったのかな。
ま、終わってないとここに居ないか。
なんとなく、五十年前より取っ付き易い雰囲気の澪に先導されて、そこらの空き部屋へと入った。
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