第37話


 午後も試験は続いた。

 と言っても午前のようにトラブルが起きる事もなく、壊れた機械はそのまま現場検証やら何やらをするからと別室に移動して検査を続行した。


 それから大体5時間。

 すっかり日が暮れた時間になって、全行程が終わった。


「……一級として申し分ない数値ですな」

「おお、本当? なら良かった」


 諸々のデータを取り終えて総評として取りまとめた資料を片手に、有馬くんが唸る。


 知識や常識面ではこれからまだまだ勉強しなくちゃいけないけど、身体スペックは現代でも役に立てるみたいで一安心だ。不知火くんとの戦いである程度は自信があったけど、体感ではなくキッチリ数字として保証されたのは非常にありがたい。

 探索許可証を貰う第一段階はクリアだね。


 まあ、ある意味一番の鬼門と呼べるのはその知識面な訳だが……そこは頑張るしかない。


「それどころか一級の中でも上澄みと言えるでしょう。ここで説明しても?」

「うん。お願いしようかな」

「では、こちらの資料をご覧ください」


 今度は毛利くんが手渡してきた資料を受け取り目を通す。


 そこには『一級十六位 毛利秀人』と書かれており、7つ・・の項目とそれぞれに数字が割り振られたグラフがある。


「毛利くんの?」

「はい。一般公開している探索者データになります」

「へぇ、一般公開……」

「わかりやすい指標として、一部探索者のものを選定し公開しています。いつでもwebから確認出来ますし、探索者を志望する方・すでに探索者になった五級以下の方向けの簡単な物ですが」


 ああ、なるほど。

 つまりある一定の数値に満たないと上に上がらないぞという下に奮起を促す面もあるのか。


「でもこれから新たになりたいって思ってる人にとってこの数値が何の指標になるんだ? 知りようがない気がするんだけど」

「一年に一度志望者に限り簡易検査を行なっておりますから、それを受けた方が対象になります」

「何でもない普通の人の検査を国が?」

「はい」

「でも、お高いんだろう?」

「3度目まで無償で受けられます」

「わお……」


 そりゃあ……太っ腹と言うか、すごいね。


 でも確かにとても効率的だ。

 志望者にとっては自分の客観的な評価を見れるし、国からすれば伸び代のある人物や原石のような人を見つけるのに適している。まだまだ世界規模で見れば情勢は安定してないっぽいし、モンスターを駆逐するのに戦力はいくらあっても足りていない。


 不知火くんを筆頭に戦力が充実しているように見える日本でも、上澄みが国内から易々と出られないのがそれを証明している。


「そして、こちらが勇人さんのデータです」


 もう一枚紙を受け取って、見比べる。


『一級十六位 毛利秀人』


 魔力総量 B+

 魔力放出 B+

 魔力操作 A-

 魔力回復 B

 攻撃   B+

 防御   B+

 速度   B+      


『勇人特別探索者』


 魔力総量 A+(推定)

 魔力放出 A+(推定)

 魔力操作 A+(推定)

 魔力回復 A+(推定)

 攻撃   A+

 防御   A

 速度   A+ 


「……盛ってないよね?」

「盛ってませんね」

「残念ながら現実でございます」

「そっかぁ……」


 ゲームの最強キャラみたいな性能してるぜ。


「ちなみに不知火はこれです」


『一級一位 不知火識』


 魔力総量 A-

 魔力放出 A

 魔力操作 A

 魔力回復 A-

 攻撃   A+

 防御   A-

 速度   A+


 ……なるほど。

 既存の人達との差異で僕の諸々は決められたっぽいね。

 ザックリとしたランク分けだが、確かにこれらを見せてもらえれば納得は出来る。


 ただ、これで忖度とか何だとか言われないかは不安だ。


 これに関しては言われる事は仕方ないと思う。


 50年前の人間が急に現れて『この人本物だから許可証与えるねー』と国が発表して、疑惑の目を向けられない訳がない。少なくとも僕の価値観ではそう言われるものだと認識しているし、少なからずとも不満や疑念は出てくるだろう。


 そう考えて、二人に訊ねたのだが……


「それに関しては心配ご無用。ダンジョン発生前と今とでは、民衆の意識に天と地ほどの差がありますゆえ」

「……なんとなく察してはいたけど、本当に今の価値観って違うんだね」

「それらに関してもしっかり雨宮嬢に教わるとよろしいかと」

「気が滅入るよ」

「儂が教えても構いませんが、あの娘に任せた方が良い方向に転がる気がしますからな」

「霞ちゃんはいい娘だからなぁ……だから余計に申し訳ないんだけど」


 他人事だと思って有馬くんは笑っている。


「いっそのこと開き直ってしまえばいいのでは?」

「……冗談キツいって。僕ァ爺だぜ。有馬くんと同じ世代の」

「しかし、多くは貴方がそのままで居る事を望んでいる。儂のような爺になる事は誰も望んでおらんでしょう?」

「君もか?」

「ええ。多少意図は違えど、そちらの方が都合がいい・・・・・


 都合がいい。

 わかってるけど、やっぱりそこはどうにもね。

 これまでと同じように、若く人々に寄り添う普遍的な勇者を演じると考えれば気は楽になる。


 ただまあどうしても、自認と他者からの認識が違うってのはやりにくいものだ。


 50年前は他者からの評価を統一するために振舞っていたから困る事は少なかったけど、今はそうじゃない。


 僕の認識と他人からの認識に差があり過ぎるんだ。


「無理強いはしませんが、そちらの方がよろしいと思いますよ」

「ん……わかった。これから長い間生きていく事になるだろうし、自分なりに折り合いは付けるつもりだ」


 僕と同じくらい人生を過ごした人からのアドバイス。


 肝に銘じておこう。


「とは言っても、まだ勇人さんが地上に出てから一日しか経っておりません。それを決めるのはこれからでも遅くないでしょう」

「僕もそう思ってたんだけどねぇ。困ったことに、霞ちゃんに僕の感情が伝わっちゃうみたいでさ」

「……え? 感情が?」

「そうなんだよねぇ……困った困った」


 僕がふざけた言動をしながら心の中でそれを愚かだと罵れば、その負の感情が伝わってしまう。


 これは非常によろしくない。


「か、…………感情が伝わる、なるほど通りで……」

「え、何に納得したの?」

「なぜあれほど彼女が懐いたのか、その理由の一片を理解出来たかもしれません」


 そう言いながら毛利くんは、得心がいったと言わんばかりに腕を組み頷いた。


「それが、リッチとしての力ですか」

「恐らく。言うタイミングが無かったから遅くなったけど、あのスケルトンに命令が出せるのと同じだと思う」

「その上力を注がれた対象は魔力が変質する上に出力や総量も上昇する、と」

「悪用し放題ですな」

「全くね。どうだい、捕まえる?」

「いいえ。今更やっても手遅れだ」


 ははは、と三人で笑い合う。


「もしその気持ちが少しでもあれば、雨宮四級があれほど慕うことは無かったでしょうね」

「僕が気持ちを操ってる可能性もあるぜ?」

「だとしても、19歳の小娘に心配される様な感情を内側に抱えている男を演じる理由はありませんねぇ」

「ははは……はぁ…………本当に、僕もそう思うよ」

「…………話をしていて少し、気になったのですが」


 僕の現状を言葉で説明され、改めてその情けなさに肩を落としていると、毛利くんが話を切り替えるように言った。


 その表情はどこかぎこちなく、非常に言いにくそうにしている。


「……なんでも言ってくれ。気遣われる方が切ないから」

「……わかりました。では申し上げますが──」


 一体何を言われるのだろうか。


 隣の有馬くんは瞑目して止めるつもりはなさそうだ。


 つまり、彼らの共通認識である何かを言われるんだろうね。


 僕に足らない事があるなら積極的に言って欲しいと思っているから、それは歓迎なんだけどな。


 しかし毛利くんの口から飛び出た言葉は僕が想定していたようなものではなく、度肝を抜くというか、思わずすっと呆けた声を出してしまう程度には驚愕するものだった。


「一度、メンタルケアをしに参りませんか?」

「…………へ?」

「その……言いにくい事なのですが、多いんです。勇人さんと同じくらい、つまり、頼光公と同じ世代で精神に何かしらの傷を負っている方が、特に……」

「…………僕がその対象になり得る?」

「可能性はあります」

「そっかぁ……」


 思わず天を仰いだ。


 そうか……そういう問題か。


 いや、全然選択肢になかったな、それは。


「不快な思いをさせてしまったのなら申し訳ありません。ですが、そうした方がよろしいかと」

「……ああ、ごめんごめん。そういう気持ちは全くない。寧ろ感謝してるんだ」


 僕にとってあの頃の記憶も経験も終わってなくて、まだまだ現代に落ち着くには時間が必要だと思っていた。時間をかけて過去に折り合いをつけて、自分の中で決着をつける。そうしてようやく前を向けるようになると、そう思っていた。


 ただそれは、あの混乱の時代に生きていた人間だから考えた事で──現代に生きる人間にとっては、違うものだったのだろう。


 もっと手早く、そして客観的に己を見つめる機会はあったのだ。


「頼らせてもらおうかな。いつまでも霞ちゃんに迷惑かけるつもりはないし」

「恐らくあの娘はそれを迷惑だとは思ってないでしょうが……」

「それでも、世間一般的に考えて他人に愚痴を言い続けるのは迷惑になるだろ? 彼女とは対等な関係で居たいんだ」


 それで全てが解決できるとは思ってない。


 ただ、今こうやって一人で悩んで過去を思い出し溜息を吐いているよりかは、ずっといい筈だ。


「……ここまで惚れられた雨宮四級が少し羨ましくなります」

「僕らはある意味似た者同士だからね。……だから余計、こう思っちゃうのかもな」

「そう言った言語化も協力してくれるでしょう。なにせ探索者のメンタルケアは欠かせませんから」

「違いない」


 この後、別室での検査を終えて合流した霞ちゃんに心配そうな表情で見られて、余計ちゃんと受けようと決意させられたのはまた別の話だ。

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