第31話
一人のんびりとベランダから街並みを眺めていたら、気が付くと朝になっていた。
水は飲んでるけど味はしないし体内に溜まっている気がしない。
うーん……
この感じ、魔力に直接変換されてるのかな。
消費した分が補充された感覚がする。不知火くんとの戦いで2割くらい使ったから、自然回復にほんのちょびっとだけプラスされてると思う。
流石にモンスターの肉を直接口にするのは憚られたし、それをしたらいよいよ人間を止めてしまう気がしたから避けてたけど、これならバクバク食べとけばよかったなぁ。もしかしたらモンスターの血肉を得る事で魔力が増幅したりするかもしれないんだし、気になる事として迷宮省に報告しなくちゃ。
そして日が昇り街を出歩く人々も増えて来たところで、僕は室内に戻ったわけだけれど……
「どうしようかなぁ……」
そこにはベッドですうすう寝息を立てる霞ちゃんの姿が。
ぐっすり寝ている。
昨日は色々あったし、精神的にも体力的にも消耗してたのは間違いない。不知火くんの現代最強という称号に嘘偽りなく、彼女からすれば圧倒的格上と緊張感のある戦いをやらされたから余計疲れただろうね。
申し訳ないとは思ってる。
でも必要なことだったし、まあ、言い出しっぺ僕じゃ無いから許して欲しい。
「霞ちゃん、朝だよ」
気持ちよさそうに寝ている霞ちゃんには申し訳ないが、流石に起こさないといけないからベッドに腰掛けて声をかける。
……起きない。
変わらず寝息を立てている。
この場合どうしたらいいんだろうか。
迷宮省の人は朝迎えに来るって言ってたけど、何時かは聞いていなかった。
……あ。
そっか、頼光くんに聞けばいいじゃんか。
折角借りたままの携帯──もう携帯電話とは言わないそうだ──を起動して、連絡先を選ぶ。
こういうの起動するのに魔力を使うってのも面白いよね。
生活に余裕があることの証明だ。
郊外、農業特区? とやらの見学も行ってみたい。
僕らが最後に見たのはとにかく色んな場所を耕して芋を育ててるような環境だったし、水田とかが現代にあるなら是非見たい。見て回りたいところは沢山ある。それも許してもらえそうだし、一日の隙間時間とかに見れれば嬉しいなぁ。
「えーと、確かここをこうして……おっ」
音が鳴り始めたので恐らく大丈夫だろう。
従来の電話と同じように耳元に当てて、暫く待つ。
『──もしもし、こちら有馬頼光だが』
「あ、有馬くん? おはよ、勇人です」
『あ……! 勇人さんでしたか、おはようございます』
若干怪訝な声色だったけど、名乗ったらすぐに僕だとわかったらしい。
「ごめんね朝から。ちょっと聞きたいことがあって連絡したんだけど……時間大丈夫?」
『勇人さんからの呼び出しとなれば優先せぬ訳にはいきますまい。いつでも問題ありませんよ』
「はは、嬉しい事言ってくれるじゃないか。昔はもっとこう、失礼な物言いが得意だったのに」
『あれは! ……若気の至り、というものです』
「そういうことにしておくよ。それで本題だけど……」
懐かしいねぇ。
怒鳴り込んできたもんな、彼。
なんで僕を連れて行かないんだって、絶望を嫌という程見てきたはずなのに、それでもなお戦うと決意していた。ダンジョンに連れて行かないって言ったらめちゃくちゃキレてたし。
その頃の記憶が強いから、今のすごく丁寧でしっかりした有馬くんにはどうしても違和感があるのだ。
とはいえ彼も70を超える大ベテランで、僕よりずっと酸いも甘いも経験してきただろう。今の落ち着いた彼を形成したのは、間違いなくこの激動の時代だ。
「今日って何時くらいにフロントまで行けばいいのかな」
『お部屋まで迎えに参りますから、そこは大丈夫です。というか、お二人を自由に動かす方が騒ぎになりますので』
「ああ、そういう感じなんだ。それじゃあ下手に動かない方がいいね」
『そうして頂けると助かります。雨宮四級は?』
「寝てる。昨日色々あったし、最後の運動がトドメになったっぽい」
『……不知火との試験ですね』
「あれだけ激しく動けばそりゃあ疲れるさ。起こすのが忍びなくてね、それで電話したってワケ」
『流石に、我々の予定通りとはいきませんか』
「君が主導した、なんて事は無いだろうけど……」
『言い訳はしませんよ。反対しなかったのは事実ですから』
申し訳なさそうな声で言った。
予定通り──これに関しては多分、霞ちゃんは気が付いてないだろうな。
「僕は君と同世代で、しかもモンスター混じりになった影響か
『やはり、見抜いておりましたね。申し訳ありません』
僕と彼女を同じ部屋にした理由。
まあ、現世に僕を繋ぎ止める何かにしたかったんだろうね。
最も手っ取り早いのは愛だ。
性愛でも情愛でもなんでも構わないが、僕が今一番繋がりが強いのは霞ちゃんで、そんな彼女は都合よく異性だった。だから一緒にした。あわよくば深い関係になれば、とちょっとした期待を込めて。気遣ってくれるのは嬉しいけど、やっぱりなんていうか……見た目が若い所為でやんちゃだと思われてるな?
そんなに女遊びしてるように見えるのだろうか。
ちょっとショックだ……
「そんなに心配しなくても僕は人類を裏切らないし霞ちゃんを見捨てない。彼女を生かした責任もあるし、何より、二人だけの約束があるからね」
『約束、ですか。詳細はお伺いしませんが……』
「なに、本当にちょっとした秘密だ。彼女の願いを聞いて、僕はそれを助けると答えた。それ以上でもそれ以下でもない」
だから聞いてくれるな、と暗に伝えた。
別にやましい事じゃない。
ただ、本人がそれを公言していない以上、周りに言いふらす気は無かった。
『ええ、勿論です。我々に貴方の生きる道を狭める権利はありませんから』
「ありがたい限りだ。その気遣いだけで十分だよ」
『まだまだ返し足りません。用件はそれだけでしたか?』
「うん。あ、何時くらいに来るかだけ聞いていい?」
『大体……3時間後、午前9時過ぎになるかと』
「ん、わかった。朝からごめんね」
『いえ、また何かあった際もお尋ねください』
そして通話は切れた。
これだけ喋っていたのに起きる気配のない霞ちゃんに苦笑しつつ、小型タブレット端末をベッドに置いておく。
「よっぽど疲れてたんだなぁ」
なんというか……子供を見る感覚?
ぐっすり寝てる彼女の姿を見ていると、なんとも言えない感情が胸に湧く。
微笑ましいというかなんというか、僕が親として彼女を育てて来たわけでもないのに、なんとなくそんな感情が湧くのだ。
何時の時代も、子供が幸せそうにしてる姿は良いものだ。
なんてったって、未来に希望を持てるからね。
健やかに逞しく育ってくれと願いたくなる。
そんな心配が無用な時代なんだ、今は。
「……出来るだけ感情抑えられるようにならなきゃ、まずいよね」
ただでさえ見抜かれやすい僕なのに、霞ちゃんには内心の感情が筒抜けらしい。
毎度昔の事を引き摺ってメンタルブレイクしていたら彼女に申し訳ないからね。
一番いいのは全てに区切りをつけて僕自身が前を向く事だけど、それをするにはまだ心の整理が終わってない。皆の亡くなった場所を巡って、形だけでも弔って、そうしてようやくかな。霞ちゃんのお姉さんが居なくなったダンジョンに行くのが最優先だから、まだ先の話になる。
これまた長い旅になりそうだ。
「──でもきっと、悪くないものになる……」
そうだろう?
僕はまだ納得してないけれど、現代で出会った人は言うんだ。
もっと報われるべきで、幸せになるべきで、俺達に任せておけって。
知って行かなきゃね。
そう言える理由を、これまでの歴史を。
みんなが礎を築いて蘇った、今の世の中に至るまでをさ。
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