第133話
雨宮霞は激怒した。
必ずかの邪智暴虐なる支配者の感情をどうにかしなくちゃいけないと誓った。
霞には色恋はわからぬ。
しかし、直接脳内に伝わってくる感情に関しては流石に敏感であった。
土御門香織が復活してから数日。
かの勇者はホテルの一室に引き篭もるようになり、そして復活した土御門香織と一緒に生活をしている。また少しの期間経てば彼女にも探索者としての身分が与えられ旅が再開するだろうし、そのことにケチをつけるつもりは毛頭ない。
むしろもっとやれと思っている。
しかし、それはそれとして、霞にとっては切実な問題があった。
隈が目立つ瞳をギラつかせ、見た目の良さを損なわせている霞は真剣な表情をしたまま頭を下げる。
「本日は忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
「あ、ああ……緊急事態と言うから急いだが……」
「私は予定が空いてたので問題なしです!」
福岡市内にある小洒落た喫茶店の一席に座るメンバーは、周囲の視線を集めながら静かに会話を始めた。
注目を浴びるのも無理はない。
歴史をひっくり返し、そして生きる伝説とすら今では言われ始めている勇人と最も仲がいいと思われている四級探索者雨宮霞。
九州にて絶大な知名度と人気を誇る有馬家の三代目にして一級探索者の立場をもつ有馬瀬名。
そして同じく一級探索者として名を馳せており、やがて中軸を担うことを期待されている九十九直虎。
肩書だけでも騒がれるような人間、それも美しい女性が三人も集まっているのだから当然そうなる。すでにSNSで彼女らの事は呟かれ始めているが、それを一切気にする事なく霞は言った。
「お二人には相談したいことがありまして……」
「相談……我々に?」
「はい」
「勇人さんではダメだったのか?」
「ダメです。むしろあの人にはしちゃいけません」
霞にも恥という概念は備わっている。
羞恥心で死にたくなったのは数え切れないほどだ。
そのおおよその出来事が勇人の手によって引き起こされているのだが、今回はそれは関係なかった。
「むう……あの人に解決できないことを、我々が力になれるとは思えん」
「うーん、おおむね同じ意見です」
「勇人さんはああ見えて割と適当ですよ?」
「は、……適当?」
「ええ。適当です」
思慮深く考えていることが大半だが、決して全知全能ではない。
霞は勇人が隠そうとしている内面にも触れているため、それを誰よりも知っている。口では軽薄に言って見せても心の底では強く悔いていたり、笑みを浮かべても己に対する怒りを振るわせていることなど日常茶飯事だ。
うまく隠しているが、それでも伝わってくることがあるのだから、自分が感じ取っているよりもずっとずっと深く考えているのだろう。
それはそれとして、「最終的になんとかなれ」で行動していることも読み取っている。
自分でリスクをたくさん上げておいて踏み倒せるものは踏み倒そうとするのだからたまったものではない。
先日の作戦もそうだ。
博打を打たねばならない部分はしょうがないと飲み込んで、リスクは自分でゴリ押して回避する手を選んだ。
「と言っても考えなしではないので、そこは勘違いしないでください」
「ああ、そういうことか。適切な意味での
そう言って瀬名は周囲に目配せする。
彼女は一級探索者であり秘密の保持やリスク管理に関しても学んでいる。鹿児島のダンジョンを管理する立場でもあるため、この中では最もそういう方面に強い。
故に情報漏洩を危惧しての発言だったのだが、霞は自信満々に答えた。
「大丈夫です。機密ではないので」
「ふむ……」
「えっと…………」
ずずずと届いた飲み物を呑気に飲んでいる九十九を置いて、霞は瀬名の耳元で話した。
最初は訝しむ表情だった瀬名は、十秒経てば眉を顰め、更に二十秒後には口を尖らせ、やがて渋柿を噛み締めたような表情になった。
「どう思いますか?」
「…………えぇ〜……」
まずこれが機密に当たるかどうかを考えた。
特定の名前を伏せれば機密にはならないが、特定の人物に対して思わぬ風評を与えることになるかもしれない。だが、確かに霞からすればかなり悩ましい問題であることも確か。
簡単にいえば、夜な夜な勇人の感情が流れ込んできて寝れない、という内容だった。
どう答えたものかと決めあぐねている瀬名は、とりあえず時間稼ぎをすることにした。
「えっと……まず大前提として、別に嫌ではないということだな?」
「はい。嫌じゃないです」
「あれ? 私何も聞いてないんですけど」
九十九に話すのはまずいかな……
瀬名はそう思ったので、結論が出せるまで一度放置しておくことにした。
無言で手元にあった茶菓子を寄せれば、九十九は笑顔で頬張った。
「嫌ではないが、節度を持ってほしいと」
「節度というか……あの人たち寝る必要ないからずっと起きてるんですよ」
「ああ、なるほど」
つまり今回の問題は霞が睡眠を満足に取れてないところにある。
ではどうすれば彼女が満足に寝ることができるか、というところまで考えて、瀬名はふと思った。
成人した二人。
寝る必要のない二人。
男側が抱く、その、強い愛情的な感情。
(────え、ん、あれ? これは……え?)
「……? 瀬名さん?」
霞の問いかけを無視して、瀬名は考えた。
冷静に、いや、世間一般的に考えて、愛し合う男女が出会ってやることなど一つに決まっている。
冷や汗をたらりと流した。
「な、なあ。これってつまり、そういうこと(大人の付き合いに対しての相談)か……?」
「そういうこと(感情を抑えるように傷つけないような言い方をしたい)です」
残念ながら、霞は勇人との付き合いがそこそこ長い。
つまり何が言いたいかといえば、口数が足らず心の底で思ったことを言い出さない男とのコミュニケーションに慣れている、という事だ。つまり「これで伝わるだろう」の度合いがそちらに引っ張られていて、霞も悪いお手本として勇人の話す癖を学んでいた。
それに加えて寝不足である。
正直頭が回っていなかった。
故に、勘違いが発生した。
「ンンンンン〜……! そうかぁ……」
「……(傷つけないのは)難しいですか?」
「難しいというか……え、い、いつわかったんだ?」
「いつ……(再会した)初夜にはすでに」
「そうだろうな!」
急に下世話な話になってきたとやや耳を赤くしつつ、どうりで相談出来ないと言うわけだと納得する。
恩のある人だ。
男性としてもまあ、その、魅力的。
それに加えて実年齢やら五感やら何やらの都合上、勝手にそう言うのが薄いのだと思っていた瀬名は申し訳なく思う。
(全く……あの人だって人間で男性だ。愛していた人が戻ってきた、ならばそういう事だってあるだろう。何を動揺している……)
相談を持ちかけた本人は動揺しているようには見えない。
つまり、ちゃんと一人の男性として認識していたのだろう。(※違います)
己がどこか特別視していたこと、そして色眼鏡で見られることの不愉快さを知っていながらしていたことを恥じて瀬名は意識を切り替えた。
これは真面目な話だ。
確かに男女のそんな感情が夜通し流れてきたら眠れるものも眠れない。
むしろその、ちょっと興奮してもおかしくない。
馬鹿馬鹿しい話だが、笑えなかった。
ふぅーと息を吐いて、瀬名は意識を友人同士での軽いやり取りから、一人の一級探索者として真剣に物事を考えるように切り替えた。
(決して悪いことじゃない。寧ろ、生きている人だとわかって良かった。私に出来ることはその行為に対して是非を下すのではなく、どうにか誤魔化せるようにすることだ。失礼な感想は抱くなよ、有馬瀬名)
「あの、瀬名さん」
「ん……大丈夫だ。私に任せてくれ」
「ありがとうございます……! もう私、夜に寝れなくて」
「そうだろう。辛かったな……」
「はい。いっそのこと一緒に寝ようかなと思ったんですけど」
「一緒に!?」
「? は、はい。そうすれば静かに寝れるかなって」
「そ、れは……やめた方が、いい、な……」
「そうですよね……」
とんでもないこと考えるなこの娘。
勘違いしたままの瀬名はドン引きした。
いくらなんでもそこの間に入り込もうとするのは異常だと思う。
愛する男女の間に入り込もうとするやばい小娘、そんな印象が上書きされた。
どうにか波風立てないように処理しなければならないと決意した瀬名。
二人が何もせずベッドで横になりただ話しているだけなのを知っている霞。
そんな両者を見ながら、封じ込めていた元来の賢さを隠さなくなってきた九十九は茶菓子を頬張りながら思った。
(なんか噛み合って無いですね。でも今口出すのもあれだし、混沌としてきたら突っ込んでみますか)
瀬名は
霞は寝不足で脳が疲れていて。
そんな二人の不毛な会話は、九十九が茶菓子のおかわりを堪能して一息ついてからようやく止められるのだった。
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