九州行脚編
第82話
中国地方、その中でも有数の都市である広島県。都道府県毎に設置された迷宮省本部にて、一人の男が腕を組み難しい顔をしたまま座っていた。
腰掛けた椅子がギイと音を鳴らす。
座り心地がいいとは言えない品質だが、そのことに腹を立てているわけではない。
「はあ……」
男の名は
一級探索者の資格を持ち、中国地方の探索者を統括する男だ。
「……はぁ」
眉間に寄った皺をほぐすために目元をぐにぐにと指でやわらげて、再度ため息を吐いた。
「どうしたんですか毛利さん。
そこに居合わせた部下が問いた。
毛利が気落ちした様子を見せることは珍しくない。
別にやる気に欠けてるとか能力が不足しているとか精神的に疲弊しているからとかではなく、単純に『ため息を吐きたくなるような案件が日常的に飛び込んでくる』所為だ。
「ああ。今度も凄いぞ、とんでもない爆弾だ」
「へぇ、そりゃまた。電波塔でも壊しました? それか線路破壊か、もしくは信号で止まれなくて車道に飛び出して車を破壊したとか?」
部下の男からしても、『ため息を吐きたくなるような日常的な案件』は慣れ親しんだものである。
その原因は──とある探索者によって引き起こされていた。
広島県を担当する女性で、その実力と秘めたポテンシャルは現代において最も優れていると評されていた。
魔力量は鬼月に匹敵すると謳われ、素の身体能力は成長すれば有馬頼光を超えるのではと期待を寄せられている。
将来的には不知火を超え新たな人類の頂点に君臨する──そう、スペックからは期待されていた。
あくまで期待をされて、
彼女は力の制御が出来ない。
肉体と魔力、双方に恵まれた弊害かは不明だが、とにかく緻密なコントロールというものが出来ない。
幼い頃から家具を当たり前のように壊し、道路に穴を開け、車道に飛び出しては激突した車をスクラップにする暴れっぷり。
手に負えないと両親が迷宮省に泣きつき手を尽くしたのだがそれでも治らず。
日常生活を行える程度にはマシになったが、それでも気を抜いた瞬間に暴発し物を壊したり怪我を負わせてしまうことがある。
幸い人に対しては無意識に加減しているのか、骨を折るなどの重傷を負わせたことはないのだが……
そんな彼女を部下に持つ毛利は、それはもう常日頃から頭を悩ませている。
厄介だから、ではない。
どうにか制御する方法がないかと常に模索しているからだ。
九十九本人は極めて善良がゆえなんとか抑える方法はないかと悩んでいるし、迷宮省としても今後同じ症状を持つ人物が現れないとは限らないため協力の姿勢を取っている。
毛利は上司として、そして一人の人間として困っている人間をただ見過ごすようなことはしない。彼女が前向きにやる気を出している限り、決して見捨てはしない。
──が、それはそれとして。
協力するし仕方ない事だとわかっていても余計な仕事が増えていくこと自体は疎んでいるのでちょっと辛辣になったりもする。
閑話休題。
部下のやや不謹慎な冗談に対し、毛利は笑みを微塵も浮かべず真顔のまま呟いた。
「物を壊すほうがマシだ」
タブレット端末に届いた一通のメール。
送り主は鬼月義宣。
内容は『九十九直虎に二ヶ月間の出向が決まった』という非常に簡潔なもの。一級が出向することは珍しいことではないし、出先で迷惑はかけないようにしてくれと祈るのはいつも通りだから別にこんな風に嘆くことには繋がらない。
今回は、共に出向するメンバーが問題だった。
勇人特別探索者と雨宮四級、そして有馬瀬名との臨時パーティーを組むことが決まっている。
目的はわかる。
唯一リッチとしての力を受け継ぐ雨宮四級の教育。
ポテンシャルに関しては九十九に匹敵、あるいは超えるほど。ただ元々四級という事もあり全体的なスペック不足は否めない──それが故に、早急に鍛えることにした。
頭ひとつ飛び抜けた強さを持つ勇人の側で、手本となる一級の実力者達に揉まれてレベルアップさせる。上手くいかなくても勇人を全国に派遣する事で効率的にダンジョンの調査を行えるためタダで転ぶ事はない。
そして次点で現一級の教育。
現場を維持するために必要な者、不知火や宝剣ではなく未来を見据えた人員を選んだ。
若くして一級になった有馬瀬名に、秘めた才能は誰しもが認める九十九直虎。
この両名を育てる事が出来れば、南日本の安全はより一層約束される。
そうなれば北日本に戦力を集中させる事ができ、モンスター対策を組みやすくなる。
そして追加で若い才能を持つ者を見出し育てて、正の循環が出来るのだ。
理屈はわかる。
理屈は……
「……まあ、あの人が遅れを取るとは到底思えないが……」
これまでに九十九によって生まれた被害を思い出す。
ビルの支柱が一本壊れたのが一番ヤバかった。
社用車のドアが吹き飛んでオープンカーになったのも記憶に新しい。
食堂で飯を食べている最中の俺の机をぶっ飛ばして何もかもを台無しにしたのは数日前だったか…………味噌汁を全身に浴びてシャワーを昼間から浴びたのはなんだか無性に悲しかった。
笑える物から笑えない物まで、本人も悪気があってやっている訳では無いし心根から悪いと思っている。
それでも直せないのだから、一番つらいのは本人だろう。
わかっている。
わかっている────だが……
「ぐっ、こ、こんな思いを勇人さんにさせるわけには…………」
絶対やらかす。
何年も上司として付き合いがある毛利は確信すらしていた。絶対にやらかすって。
鬼月や宝剣が相手でも躊躇いなくやらかした実績がある。
まだいい。
勇人にやるのは頼むからやめてくれ。
毛利が険しい表情をしているのはそれが原因だった。
しかし悲しいかな。
毛利はあくまで中間管理職であり、無意味な計画ならともかく意図を理解できる上にそれが有用であるとわかってしまっているから逆らう事は出来ないのだった。
「九十九の矯正……勇人さんならば、あるいは……」
力を持て余してしまった生まれながらの強者。
毛利を初め現役の一級がそれぞれ教えたが良い結果を得られず、このまま終わってしまうのかと僅かに漂っていた悪い予感。
それを払拭してくれるのではないか。
勇人の手によって九十九が育つのならば、それは実に喜ばしい。人並外れた彼ならば、上手く導くことが出来るのでは……
そこまで考えてから、思考を唾棄した。
情けない。
本当ならば、自分達親の世代がなんとかするべき事だ。子を導き育てるのは大人の役割で、自分達が担わなければならなかったのに。
そして、その責任は全て直属の上司である自分にあるもの。この立場を預かったのだから責任を持って育て上げなければならなかった。
だが、それは果たせなかった。
──情けない。
「……はあ、九十九に連絡だ」
「む、メールですか」
ダンジョンの内部でモンスターを軒並み殺し一段落したタイミングで、九十九は携帯タブレットを起動した。
その表情には笑顔が浮かび上がっている。
モンスターの血糊が顔に付着し、それが煙を上げながら干上がっているのだから不気味さに拍車をかけている。
しかし当人は何も気にしていない様子でタブレットを操作し、送られてきたメールに目を通した。
「ふむ……ふむふむ、なるほど」
九州に出向が決まった。
二ヶ月間、半年まで伸びる可能性はあるが現時点では二ヶ月のみ。
一緒にダンジョンに潜るメンバーは迷宮省で決めるから気にしなくていい。そして出来る限り粗相をするな──上司である毛利からのメールを要約すると、そんな感じだった。
そして若干しつこいと感じる程に『やらかすにしても何とか軽い内容にしろホント』と念押ししているメールを見て、一言。
「つまり私が必要にされてるって事ですね?」
九十九はやる気が出た。
彼女は自分が必要とされると嬉しくなるタイプだった。
その理由にも育って来た環境が起因しているのだが、その話はまたいずれ。
とにかく、九十九はやる気になった。
そして彼女はやる気になった時ほどやらかす癖がある。気を張った後露骨に気が抜けて大きなミスをするからだ。
「任せてください! 不肖、九十九直虎! 必ずかの勇者さまのお役に立って見せますので!」
バキッ!!
意気込んだ彼女の手によって、握り締めたタブレット端末に罅が入った。
「あっ」
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