第58話
霞ちゃんの復帰も兼ねた初めてのダンジョン探索は無事に終了し、予定時刻より三時間早く引き上げて帰路に着いた。
あまり適正の人達からリソースを奪うのも憚られたし、彼女の調子が問題ないことも確認出来たからね。これ以上無駄に狩り続ける必要はないと配信も早々に終わり、まだ夕暮れになってない午後2時半の電車に僕らは揺られていた。
霞ちゃんは晴信ちゃんと喋りながら外を見ていて、柚子ちゃんは緊張が解けたのかうつらうつらと船を漕いでいる。
後から聞いたけど、柚子ちゃんは晴信ちゃん以上に霞ちゃんを気にしていたらしい。
精神的な疲弊が酷くて、半ば鬱状態に入りかけていたそうだ。
それがギリギリ、霞ちゃんの配信が自動的に始まったことで奇跡的に立ち直った……と言うよりかは、悪くなる前に何とかなった。あそこで生命力と一緒に魔力を渡した僕、ファインプレーだ。
しかし彼女らが好きに過ごしている隣で、僕は一人頭を悩ませている。
手に持ったタブレット端末には通知が残されていて、送り主は『鬼月義宣』と書いている。鬼月くんからの連絡に対して頭を悩ましているわけではない。その内容に唸る羽目になっているのだ。
《勇人さん、配信お疲れさまでした》
《ありがとう。何か話してまずいことはなかったかな》
《何を話されても構いませんよ。それよりも一つ、別件のことでお聞きしたいことが》
《なんだい?》
《かつて対峙したエリート達との会話で、何か印象に残っているものを教えて頂きたい》
「うーん……会話、会話かぁ……」
正直な事を言えば、そう強烈に覚えてる事は多くない。
最初の個体は一言くらいしか喋らなかったし、次の個体も似たような感じ。五体目くらいで僕らのことを認知してるのがわかり、そこから少しずつ無駄口を叩く相手が増えた。
と言っても、忌々しい人類めとか、特記戦力Aとか、そんな呼び方しかされなかった。
重要な話を交わした記憶もない。
最後に最も長く戦ったリッチですら、『お前さえ仲間にすれば……!』とか、『お前が次の侵略者になるのだ』とか、そんなことしか……?
……………………。
……考えすぎ?
僕を仲間にすれば、ってのはてっきり当時の情勢を鑑みた発言だと思っていた。結果的にあれ以降エリートが現れる事はなく、僕は地下に囚われ人類が復興と備えをするための時間を確保出来た。
それに現代を調べたからわかるけど、当時の僕が完全にモンスターに堕ちてたら余裕で人類滅ぼせてたしね。
むしろそれ以外の理由を考える方が難しい程点と点が繋がってしまう。
なぜ鬼月くんは僕にエリートの話を聞いた?
どこかで現れたのならもっと非常事態だからと要請してくるだろうし、ちゃんとした研究をするなら呼んでくれて構わないと言ってある。だからこれは多分、鬼月くん個人の疑問なんだろう。
エリートの何を知りたいんだ……?
「……………………」
《正直そんなに覚えてないんだけど、とにかく僕を仲間にすれば何とかなるって発言してたよ》
《そうですか 他にありますか?》
《ないねぇ》
《わかりました お手数おかけしました》
《またいつでも連絡くれよ》
鬼月くんなりの備え、って感じかな。
もし全力で対策するならマンツーマンじゃなく会議室で多人数に囲まれている中事情聴取が行われるだろう。
エリートが何を考えていたのかなんて僕は知りようもない。
モンスターの事情なんてクソほどどうでもいいことだ。あいつらは殺すべき敵であり、人類に対する明確な敵意を持つ存在。いいモンスターもいる、なんて言葉が紡がれることは許さない。
最終的に僕も死ねればいいんだけど、寿命には期待出来そうもないのがね……
「何難しい顔してるんですか?」
「うん? いや、ちょっと連絡をね」
「え……勇人さん、友達が?」
「友達……友達って言っていいのかな。鬼月くんだよ」
ああ、と言いながら霞ちゃんは納得したらしく引き下がった。
視線を奥にずらせば、すっかり静かになった柚子ちゃんを膝枕してる晴信ちゃんが“静かに”とジェスチャーしてくる。最初から公共交通機関で騒ぐつもりはないから、心配無用。
「僕にとって友達と呼べるのは有馬くん位じゃないかな。あとは年齢差がありすぎるし、立花さんはまだ出会って間もないし」
「それは……確かに。私は友達じゃないんだ」
「君は相棒だろう」
えへへ、と言いながら嬉しそうに笑った。
相手が弱かったとはいえ、霞ちゃんは以前の模擬戦の時より力を使い熟していた。肉体の動かし方と魔力の強さが馴染んだんだと思う。
現代だと後天的に魔力が強まることがないと定義付けられているから誰も指導出来ないんじゃないかと思っていたけど、彼女にセンスがあってよかったよ。
「それじゃあ私は?」
「晴信ちゃんは……何がいい?」
「恋人」
「は?」
「冗談。友達じゃだめ?」
晴信ちゃんは確かに何とも言えない関係だ。
家主と居候と言ってしまえば簡単だが、彼女の名誉も地に堕ちる危険性がある。男を家に止める女って、世間的に見て貞操観念が緩いように見えるだろ。
僕がそう言われるのは構わないが、彼女がそう言われてしまうのはいただけない。
で、あるならば……友人という間柄がちょうどいいかもしれない。
「……友達がいいかもね。友達だ、僕らは」
「やった」
「……………………」
「それで霞ちゃんはなんでこっちを睨んでいるのかな」
「胸に手を当てて聞いてみてください」
僕の心臓は鼓動を奏でてないので何の返信もなかった。
寂しいぜ。
「……それで、何に悩んでたの?」
「鬼月くんから例のエリートについて連絡が来てて……あれ、柚子ちゃんは?」
「完全に寝たから置いてきた」
容赦ないなこの娘。
椅子を独占して寝入った柚子ちゃんを置いて、晴信ちゃんも隣に座った。
百合の間に挟まる男、またの名を百合が間に挟み込んでくる男に早変わりだ。こんな姿をファンに見られたら一瞬で反転アンチになってしまうかもしれない。この時間帯でよかった……。
「エリート……喋るモンスターのことでしょ」
「そうそう。霞ちゃんには色々話したよね」
「はい。おっきな鯨とか、四本腕の骸骨とかですね」
晴信ちゃんが寝てる時間、ちょっと寝つきの悪かった霞ちゃんに少し昔話をしてた。
と言っても本当にささやかな思い出話だ。
笑えはしないけど、まだ人に聞かせることの出来る話。
誰かが犠牲になったときの話とかは流石に聞かせてない。そうじゃなくて、四人で協力して倒した敵の事ばっかりだったけど、彼女は楽しそうに話を聞いてくれた。
「それらについての情報が無いかって聞かれた」
「ふぅん……私じゃ役に立てない話だ」
「晴信ちゃんには十分すぎるくらい世話になってるんだけど……」
ま、まだ僕の世話をしたり無いっていうのかこの娘は。
いい加減出ていかないとまずいよなと思い始めてるんだぞ、こっちは。
味覚がないから食事の準備は出来ないし、日中不用意に外に出たら家にいることがバレて速攻で話が広まりそうだから引き篭もってるし、やってる事といえば食器洗いくらいだ。
あとは部屋の中でじっとしながらずっと勉強をしている。
圧倒的役立たずはどちらかといえば僕の方。
「うーん……霞ちゃん、ちょっと」
「なんですか?」
「耳かして。晴信ちゃん、ちょっと一瞬聞かないでくれる?」
「あっ……は、はい」
「うん、聞かない」
晴信ちゃんに聞こえないようにそっと耳打ち。
「(晴信ちゃんって、ずっとこう?)」
「(うーん、自己評価が低いんだと思う。柚子が言ってたから、学生の頃からで間違いない)」
「(そりゃあ厄介だな……)」
「……………………ソウデスネ」
?
なぜか霞ちゃんはジト目で僕のことを見ている。
まるで僕の自己評価が低いタイプだと言いたげだね。
そんな事はない。
僕は自分に出来る事と他人に出来ることを客観的に評価している。
その上で僕が普通に生きていけなかった過去と彼女らに出会ってからの人生が全て変わった事実を加味し自己評価しているに過ぎないのだ。全くブレてない自信がある。
「なるほどなぁ…………」
「む……」
「いや、君は十分すごい奴だって言ってあげたくてね」
霞ちゃんはこれから爆発的に強くなるだろうけど、それは君らが強くなれない事の証明ではない。
追いかけていた背中が遠くなったのはわかる。
僕にエリートに関する話が飛んできたので明確に霞ちゃんが上の層に関わり始める可能性を考えたんだろう。いや、晴信ちゃんちょっと頭の回転早すぎるよね。僕がこうやって色々考えられるようになったのは50年間一人でずっと考え込んでたからなんだけど。
とまあ、逆説的に僕は晴信ちゃん達の未来を保証して上げられるわけだ。
一人で社会に馴染んで生きていくことが出来なかった僕ですら、50年の歳月を経て一人の人間として生きていける知恵と常識を手に入れる事が出来たんだ。
僕の何倍も頭が良い君らなら絶対強くなれるし、生きていける。
そういう意図を込めて言った言葉に、晴信ちゃんはちゃんと受け取ってくれたのだろうか。
んんっと咳払いをしてから、答える。
「……ごめん。ちょっと弱気になってた」
「そういう時に友達を頼るんだぜ。なあ、霞ちゃん」
「うんうん、その通り。私たち友達でしょ?」
「…………うん」
二人の友情はさらに固く結ばれた──間に僕を挟んだまま。
柚子ちゃんは元々霞ちゃんとも晴信ちゃんとも仲が良いから、今回はそのままでいいと思って放置した。聞き耳を立ててるのはわかってるしね。途中から寝息のリズムと呼吸のタイミングが変わったから速攻でわかった。
それに、彼女は御剣くんと仲が良いと聞く。
彼のことを追いかけるのならば、まだまだ強くなる必要がある。
僕が発破をかけるまでもないだろう。
──しかし、エリートか……
あの当時存在した奴らは葬った。
ただ疑問として存在するのは、『リッチが呪いをかけたのが僕だけか否か』ということだ。
人に呪いをかけるだけでモンスターへと転化できるならもっとやっておくべきだろう。敵は減らせて味方は増やせる、嫌らしい外道な手だけどこれ以上ないくらい効率的だ。
なぜやらなかった?
あいつが地上に出て手当たり次第にやればよかったのに、なぜ?
…………。
少し考えてから、再度タブレット端末を起動する。
《鬼月くん》
《リッチの呪いについて一つでもわかったら教えて欲しい》
それから間もおかずにすぐに返信は来た。
《わかりました。勇人さんも何か思い出したらお願いします》
僕に全てを解決出来る都合のいい力があればよかったのに。
せっかく現代に戻ってきたのに、頭に浮かぶのは不安ばかりなのがもの悲しい。僕が愉快な人間なら、こんな気持ちも全て笑い飛ばせたのかなぁ。
──また君らに会いたいよ。
叶うことのない祈りを浮かべつつ、窓の外に広がる風景をじっと眺めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます