第50話


 霞ちゃんのマンションから最寄りの駅に乗って、大体15分くらい。


 渋谷まで15分、最寄りまで歩いて3分……

 自ら高給取りを自称するだけあって非常に便利な立地だ。

 くっ……決して羨ましいとは思わない。僕は渋谷原宿にトラウマがあるからね。ねえねえお兄さん、これからどこ行くのと話しかけてきた女性に上手い返しが出来なかったトラウマが。


 あの頃の僕は若く、彼女に出会う前だったので(そもそもダンジョン発生前)、気の利いたことができる訳でもない。


 なんて返したか忘れたが、怯えるような表情でそそくさと走り去ってしまったのでおそらく僕は失敗したということだけ覚えている。


 これをトラウマと言わずになんと呼ぶのか、僕は知らない。


「勇人さん?」

「ん……ああ、ごめんね。何にしようか悩んでてさ」


 思考を切り替えよう。


 覗き込むように僕の顔を横から見つめていた霞ちゃんの声で我に返った僕は、手に持っていたメニューへと目を落とす。


 渋谷に着いて買い物をするのはいいが、荷物が増えた後に食事を摂るのは少し面白くない。


 だから先に腹拵えをしよう、ということになり、ファミレスを訪れた訳だ。


「しかし、混んでるねぇ……」


 今日は平日で特別な一日という訳ではないが、順番待ちをする程度には人が並んでいる。


「こんなもんですよ。この時間は人が集中するから」

「……もしかして、お店の選択肢って少ない?」

「……? はい。基本的に特定の大企業がチェーン店として出してるお店しかないですけど……?」


 おおお……こんなところにも変化があるとは。


「個人経営の町中華とか……」

「個人経営……あんまり馴染みがないかなぁ」


 そうなんだ……

 それもやっぱり、食料事情によるものだったりするんだろうなぁ。

 参考書にはダンジョン発生後に食料自給率が100%を超えたのは10年過ぎた頃で、輸入も輸出も出来ないから産業が軒並みひっくり返ったという記述があった。

 そうなれば結局体力があってギリギリ持ち堪えられる大企業だけが生き延びる。

 個人経営のお店なんて維持できるはずも無い。

 輸入が不可能なんだから食材を仕入れることもできないし、調理するための火すらまともに出せない状態でお店なんか続けられるわけもなく……


「昔はそういうの、多かったんですか?」

「……そうだね。どんな街にも一つは定食屋さんがあって、その地域の特色を生かした料理があって、時折テレビで紹介されてバズってたちまち人気店に──なんてことがよくあった」


 メニューを眺めても、そこにかつてのバリエーションは見られない。


 食料自給率は100を超えて今や200を超える勢いだそうだが、それはあくまでメインとなる穀物の話であって、ブランド品やら何やらは限りなく数を減らしてしまったのだろう。


 シャインマスカットとかあるのかな。

 スイカとか、メロンとか、イチゴとか。

 美味しい果物がまだ世に残ってるのか気になった。


「……あ、順番来ましたね」

「ん? あっ、だからさっき端末かざしたのか」


 霞ちゃんの携帯端末に通知が来たらしい。


 機械にかざすだけで予約可能な上通知まで来るとは、本当に便利になったなぁ……


「さ! ここは私が出すので、何でも食べてくださいね!」


 そして霞ちゃんは大きな声で言った。

 もちろんそれは周囲に聞こえるくらいの音量で、僕らは変装も何もしていないので、見る人が見ればすぐにでも特定出来る状況にある。霞ちゃんは大きな声で僕に食事を奢ることを伝えた。


 それはきっと優しさだったのだろう。

 彼女はダンジョンにかける情熱と人生を捧げると決めた覚悟以外は普通の女の子だから、(見た目は)若い異性と二人で食事に出掛けることにちょっとだけ高揚感を抱いていたのかもしれない。

 そういう部分が魅力的なんだ。


 周囲が一瞬静まり、そして僕らへ注目が集まる。


 ……奢り? 

 ヒモじゃね? 

 てかあれ……あの勇者さまじゃん! 

 デートだろあれ。うらやまし〜。

 雨宮ってあんなに可愛いんだな……

 え!? やっぱりそういう関係!? 

 ……勇人さんって頼光一級と同じくらいの年齢だよね……

 孫に奢られるおじいちゃんってことじゃんw


 そして聞こえてくるいろんな雑談。


 フフッ、心に来るぜ。

 事実を言われているだけなのにまるで僕が悪役のようだ。いや事実悪いことをしている気持ちになっているから何も間違いではない。そしてこれらはおそらく霞ちゃんの耳には届いてないので、リッチ化による身体能力の発達によるものだと推測する。


 暗闇の中で50年過ごしてたからね。

 五感のうち暗闇で役に立つものが発達したのだろう。生物における進化というものがモンスター混じりでも残された余地があったことには驚きを隠せない。

 

 それにしては嗅覚が大したことないのが気になるが……


「ほらっ、早く行こ!」

「ああうん、そうだね……」


 周りの好奇の視線も気にせずに、こういうところで役に立つ図太さを発揮しながら店の中に入った。











「なんかいつもより見られてた気がする……」

「き、気のせいじゃないかな、ウン」

「そうかなぁ……?」


 食事を終えて店の外に出ると、先ほど並んでいた人達はいなくなっていて、ランチタイムを終えてゆっくりお茶を味わっているサラリーマンやマダム達しか店には残っていなかった。


 今頃どんな噂が広がっているのか……


 恐る恐るタブレット端末を起動して、SNSを見る。


 フォローしてる人はごく僅かだから、まあ、検索でもしない限り出てこないと思うんだけど……


【ハルが拡散しました】

桐崎椛@Kirisaki_MomiMomi

ねえ!! 

ご飯食べに行ったら雨宮四級と噂の男の人が居た! 

知らない人向けに誰かってのだけ貼っとく! 

https://dwitter.com/Yuto2008/status/512131g7932113

 ⟳13123 ♡45123

 ⤷本当!!?!? いいな〜! かっこよかった!? 

  ⤷かっこよかったけど雨宮四級の奢りだったらしい笑

   ⤷もしかしてヒモってやつ!? すご! 本物初めて見た!! 

 ⤷現代のご飯食べれるんですかね? 

  ⤷わかんないけど食べてたよ! 

 ⤷霞の奢りって本当ですか? 

  ⤷大声で言ってたから間違いないと思う! 

 ⤷雨宮四級、男嫌いとかじゃなかったんだなぁ

 ⤷雨宮ガチ恋勢、死wwwww

 ⤷勇人さんは何食べてました? 

  ⤷パスタ的なやつだったと思う! 

 ⤷メッセージは削除されました

 ⤷ほんまに毎日話題に尽きん人やな


「…………ふぅ」


 そっと電源を落とした。


 僕は何も見なかったことにしようと思う。


 僕らが仲良しなのが拡散されて悪いことは何もない。そう互いに取り決めたはずだし、この仲のよさを利用していく覚悟は済んでる。ふっ、そうか、ヒモか……ヒモで女を殴りそうな顔をしている男が僕だ。


 終わってるね。

 そしてこれを拡散しているのは何を隠そう晴信ちゃんだ。


 彼女の優しさが沁み渡るよ。

 これを利用しろという彼女の遠回しなアドバイスだ。

 僕は霞ちゃんを誑かすヒモ系女殴りそう誑し男で、彼女はそれに騙される純粋無垢な女性。完璧だ。問題があるとすれば、この実態を霞ちゃんが知れば怒りを露わにすると共に自爆する言動を繰り返し後に引けなくなるのが目に見えるという些細なことだけ。


 因みに食事中は全く関係ない感情で上塗りする事で誤魔化す事に成功した。


 自分の心を誤魔化すのは50年間やって来た事だからね。

 

 動揺してそれどころじゃなかったけど、一度落ち着けたのならそれは容易い事だ。


「……まあいっか。それじゃ、買いに行きましょっか!」

「うん。普通の服でいいからね?」

「ええ、普通の服ですよ?」


 そうして案内されるがままに、僕の記憶より人が減った渋谷の道を歩く。


 象徴だった109はどこにもない。

 ただビルはそれなりに多いしスクランブル交差点も健在。

 電光掲示板も大きなものが追加されていて、復興の象徴としてはこれ以上ないくらいだと思う。


 荒れ果てた首都は復興した。

 完全に元通りとはいかなくても、僕の知る50年前とはまた違う形で発展を始めている。道行く人の服装も霞ちゃん同様綺麗で、そんな中古ぼけた服を着てる僕は少し目立っていた。


「……やっぱり、なんか見られてる?」

「そう感じるかい?」

「うん……」


 少し自信なさげに言った。


「その感覚は正しいよ。さっき僕は誤魔化したけど、それは気のせいで済ませるならそれでいいと思ったから。僕と君は今日本で一番ホットな存在なのに、そんな二人が並んで買い物デートに来てたらそりゃあ注目を浴びるだろうさ」

「う……だから昨日、晴があんなこと言ってたのか……」

「ま、いい練習になるよ。手でも繋ぐかい?」

「繋ぎませんっ」


 初心だねぇ。

 これで怒らなくなったのは大分成長を感じるよ。

 霞ちゃんは真面目だから、意識させれば自ずと変化していくのはわかっていた。ついつい頭を撫でてやりたくなってしまうのは多分、庇護欲的な何かなんだろうなぁ。


「……なんか、勇人さん意地悪」

「僕も覚悟を決めたからね。女誑しの名に相応しい男になるつもりだ」

「さ、最悪……っ!!」

「大丈夫、霞ちゃんにしかやらないから」

「も、もっと最悪っ!」

「君は特別だからね。こんなこと、他の人にはやらないよ。誓ってもいい」

 

 そう言うと、霞ちゃんは大きなため息を吐いて、赤くなった顔を隠すように両手で覆った。


「はああぁぁぁ~~~……」

「幸せが逃げるぜ?」

「もう逃げまくってるよ……」


 喋る余裕があるんだから大丈夫だ。


 こんなシーン見られたらすぐにネットで拡散しちゃうなぁと嘆息する。


 なぜなら、僕らの周りには人が居て、会話を聞かれているのがわかりきってるからだ。


 この後絶対拡散するね、間違いない。

 でもそれが狙いだからここでやめるつもりもない。


 大丈夫。

 僕も一緒だ。


 地獄の底まで付き合ってもらうよ、霞ちゃん…………


「……っっ!!?」

「おや、大丈夫かい?」

「な、なんか寒気が……?」

「気の所為さ、ハハ」


 この後、僕が霞ちゃんの着せ替え人形になってる様を色んな人に見られていたので今日一日の流れはよく世間に広まった事だろう。


 これだけ知名度があって見てる人も多いのに追いかけてくるような人が居ないのは、予想外だったけどね。SNSや配信のコメントもそうだけど、全体的に棘が柔らかくなってるような気がした。




※ギフトをくださった方向けです


近況ノートにてサポーター限定で読みたい話を募集してます。話の流れで書けるものがあれば書くので、もしよろしければコメント下さい。

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