第161話

「──……とまあ、こんな感じで勇人には好きにやってもらってる。少女を誑かしてるようで悪く思ってるよ」

『ははは! それくらいなら誰も文句は言いませんな。むしろもっとやれと言ってやりたいくらいだ』

「おいおい、勘弁してくれ」


 勇人が出掛けている日中、土御門香織は家のリビングでビデオ通話を行っていた。


 ノートパソコン──携帯型タブレットが普及してる現代でもパソコンは健在──を利用し、リモート会議に参加している真っ最中。


 平日の昼間である事を考慮すれば、極めて真っ当な職務に励んでいた。


『なに、部屋に余裕はあるでしょう?』

「……あいつが無自覚に他人を引き寄せてる内は、まあ、いいだろう。しかし、意図して女を侍らせるようになったらどうする。手が付けられなくなるぞ?」


 ただでさえ一度世界を救った生きる伝説として現代で認知された上、すでに現代に復活したエリートを討伐したという事実も知られている。


 その人気は当人が、というより、香織や澪が想定していたものを圧倒的に超えている。


 一度の配信で見る人数は常に十五万を下回ることがなく、上振れた際は五十万を超えることすらあった。


 本人にハーレム願望や性欲が無いから現状この程度で済んでいるが、もしもこれで本人にそういう願望があったのなら……あまり考えたくないと香織は思った。


 そんな彼女の胸中を悟ったのか、参加者の一人である関西統括者の不知火識は笑みを浮かべながら言う。


『無いよりはマシだ。もっとも、あの人が欲深い俗物に成り果てる姿など俺には想像も出来んが』

『全くその通りですね。人間魔力タンクになってもいいよと言える人間が、そこまで堕ちるとは到底思えない』

「だがなぁ……あいつも男だ。ふとした拍子にそうなる可能性も、無くはない」

『それはそれでいいんじゃないか? 少なくとも、俺は歓迎する。人らしさの一つを取り戻したとな』


(──まったく、男にすら愛されていることを喜べばいいのか呆れればいいのか……)


 全幅の信頼を置かれる想い人に複雑な感情を込めた苦笑を溢した。


 女に飽き足らず男まで篭絡している。

 いや、と言うか寧ろ、男の方が比率が高いような気がする。


 不知火、鬼月、頼光、忠光、毛利、その他数人……一級探索者として最前線を走る人物から主に好かれているのはその強さからか、それとも精神性か。


(おそらく両方だろうな)


『さて。場の空気も温まったところですし──そろそろ本題に入りましょうか』


 一旦会話が区切られた所で関東統括者の鬼月が告げる。


 ずらりと並んだ統括者達。

 北海道、東北、関東、中部、北陸、関西、四国、九州。

 そして特別探索者として香織に、迷宮省側の人間として関東情報部部長北郷が参加していた。


 その中で最も実力がある不知火がまず口を開く。


『特別探索者遊撃組への情報支援……だったか?』

『正確にはダンジョン情報の共有ね。エリートを直接観測するのはまだ技術的に不可能だから、せめてダンジョンのデータからそれらしい兆候を得られないか……ってこと。当然これまでもやってきてるけど、未だに成果はなし。今になって会議を始めたって事は、成果があったって認識で良いの?』

『それに関しては私から』


 北郷が会話に参加する。

 一級探索者、特に統括者の持つ情報はかなりのもので、その内容は迷宮省の部長クラスとも遜色ない。


 しかし彼らよりも先に情報を得て諸々の精査を行うのが情報部だ。


『まず結論から申し上げますが、ダンジョン関連の情報に関して新たにわかったことはありません』

『……あ、そうなんだ』

『はい。ご期待に沿えず申し訳ありませんが、まだまだ我々も手探り状態です。今の所最重要だと考えているのはモンスター発生量、魔力発生量の二つ。しかし雨宮紫雨特別探索者が現れた際はモンスターが大量発生し、彼女の救出作戦時はモンスターがほとんど現れなかった。共通性がなくダンジョン情報から察するのは非常に難しい、というのが我々の現在地です』


 ダンジョンは未だブラックボックス。


 外部から観測できる情報はともかく、一体なぜダンジョンそのものが回復するのか、そして魔力を纏っているのか、モンスターが生まれる理由は、それら全てが何一つ解明されていない。


 そんな状況で現れたエリートという存在。

 ダンジョンを操る力を持ち、モンスターを指揮する力を持ち、それぞれ固有の戦闘能力を備えていて序列すら存在する。紫雨の齎した情報によって彼女の見た事のあるエリートは登録されているが、それ以外の存在に関してはどれほどいるのかすらわかっていない。


 攻めようにも正面からエリートを打倒出来るのは極わずかな人間のみでその戦力をダンジョンの更に地下深くにやみくもに放り込むわけにもいかず、こちらから打って出ることは難しい。


 状況は依然として人類側が不利だ。

 しかし、だからといって、ただ待ち構えるだけの人類では無かった。


『実際、北海道で変化は見られない。前と同じでいつも警報が鳴ってるしイレギュラーは起きてるが、エリートの存在はない』

『こっちも特別何かが起きてる、という事は無い。というか、エリート発生の日も特別何かが観測できたわけではないのぉ』

「…………というか、九州に関してはどちらかと言えば勇人の大規模破壊の影響が大きかったからな」

『それは……まあ……』


 誰もが沈黙し肯定した。

 そう、あの日に関しては勇人が一番滅茶苦茶やったからまともなデータが取れていない。そもそもサンプル数が少なすぎるから参考にならないのが、もっと参考にならなくなっていた。


 一同が何とも言えない空気を出した時、その空気を破るように北郷がまたも口を開いた。


『そうですね。少なくとも国内では、なんの異常も起きていません』

『……国内?』

『まるで外では何かあった、みたいな言い方だけれど』


 緩んだ空気が引き締まる。

 緊張感が生まれ、視線を一身に受けた北郷は笑みを浮かべて言った。


『はい。国外──欧州にて小さな情報をキャッチしました。なんでも、あるダンジョンのモンスター生成量と魔力生成量が激減した、とか……』

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