第62話
僕と霞ちゃんは同じ目標を持っている。
漠然とした大目標は強くなること。
明確な目標は彼女の姉の痕跡を辿ること。
この二つを認識し足並みが揃っている限り、僕らはパートナーとしてこの世に地に足つけていられる。
ただ、これは僕ら二人だけで完結する話ではないのだ。
これが何よりも厄介な点で、僕が強くなるにはひたすら不知火くんや宝剣くんなどのスペシャリストと戦いを重ねていけばいいんだけど、霞ちゃんの場合はそうもいかない。
僕は学習能力という点で他の追随を許さない程に突き抜けている。
彼女はそうではない。
真っ当に養成校を卒業し毎日毎日自分の実力に合った相手と戦いを重ね続け、十分な下地が出来たところに僕というイレギュラーが混ざって今の実力に至っている。
急に増えた魔力に慣れてないし、魔力放出と操作精度が見合ってない。
僕はこれについて教えてあげられることはほとんど無いのだ。
なぜなら、現代における教育知識を一切持ち合わせていないから。
実戦と勘だけで築き上げてきた僕の強さと、先人の知恵と科学的理論で組み立てられた現代で育まれた霞ちゃんの強さは似て非なる物だ。
「だから僕じゃ指導役として不足しているので、一級探索者の桜庭さんに来てもらいました」
「どうも」
「え?」
ピンと背筋を伸ばし綺麗な正座のまま、クールな表情で一言挨拶を告げた桜庭女子。
それと対照的に呆然とした表情で口を開いたまま目をぱちくりさせている霞ちゃん。
「紹介にあずかりました、一級探索者の桜庭緋沙子です。お久しぶりですね」
「あっ、はい。お久しぶりですね……?」
まだ何が起きてるのか把握出来てない彼女を置き去りに、桜庭女子は説明を続けていく。
「一級探索者はただの戦力としてだけではなく、時に講師として養成校に招かれることもあります。ゆえに教員免許の取得も義務付けられており、そういう意味で指導役として最適だと判断されたのでしょう」
「ははぁ」
「四級資格試験の時と、先日測定したデータに変化が見られました。これを論理的に分析し今の貴女いけるところまで伸ばすのが今回の私の仕事です」
早速今の僕では難しいことをサラリと言ってのけた桜庭女史。
この時点で相談して正解だったと思うのと同時に、役に立てることは
「……その、すっごく嬉しいんですけど…………いいんですか?」
「いい、とは?」
「一級探索者が四級探索者一人にマンツーマンなんて、許されるんですか?」
「──本来であれば、あまりよくない行為。ですが貴女には事情がある」
おそらくその事情こそが大事な要素だ。
鬼月くんがわざわざ一級探索者を推薦してくれたのには、相応の理由がある。
「現役最強は誰かと言われれば、誰を思い浮かべますか?」
「えっと、不知火一級です」
「貴女は不知火一級と模擬戦を行い驚かせ、お前は強くなると太鼓判を押されています。その上宝剣一級にも認められている上、そんな不知火一級と対等に戦ってなお余力を残した勇人特別探索者のパートナーとして名を広めている……強くなってもらわねば困るのですよ、我々にとっても」
僕と霞ちゃんの目標が共通だったように、僕らの目標と迷宮省、ひいては一級探索者達の思惑は一致している。
彼らは貴重な戦力として霞ちゃんを求めているし、僕は並び立つ可能性の一つとして彼女を見ている。
win-winってやつだ。
「理解していただけましたか?」
「まあ、はい。でもわざわざ桜庭さんが来る必要はないような気が……」
「二級や三級にも教員免許を持っている者は居ますが、貴女の到達するべき場所を考慮すれば最適ではなかった。一級を目指し、一級の中でも上澄みである不知火一級と互角以上に戦える勇人さんを目指しているのでしょう? ならば一級が教え導くのが最短であり理想です」
ぐうの音も出ない正論で正面からボコボコにされた霞ちゃんは、何も言わず無言で首を縦に振った。
「特別措置だし、贔屓だと言われれば反論は出来ない。それでも鬼月くん、いや、迷宮省はこうするように判断した。なぜかわかる?」
「……それだけ私に期待してるってことですよね」
「それだけじゃない。君がモデルケースとして成功することを願ってるんだ」
現状は、僕の力を受け継いだのは彼女だけだ。
でもこれから先、僕の目の前で死にかけた探索者がいた時。きっと僕は同じように延命させるだろうし、恐らく迷宮省もそれを狙っている。
戦力はいくらあってもいいからね。
感情やモラルに倫理を挟まらないのなら、誰だってそうすることを願うだろう。
言っている意味を理解したのか、霞ちゃんは顔を強張らせた。
「僕は自分に自信が無かったし、迷宮省は失敗したく無かった。わかりやすいだろ」
「私は、勇人さんが失敗するとは思わないよ」
「ありがとう。僕も全力を尽くすつもりだったけど、現代の知識がまだまだ追い付いてなくてねぇ……」
それこそ彼女が一級の枠組みを超えるような怪物になり始めた時こそが僕の出番だろう。
それまではいろんな知識を蓄えて、己の常識をアップデートしなくちゃいけない。
その旨を告げたところ、納得したようなしていないような表情で、コクリと頷いた。
「……納得していただけましたか?」
桜庭女史が言う。
巻き込んでしまって申し訳ないと思うけれど、鬼月くんがわざわざ推薦してくれたのだからそれを断る理由もない。
ありがたく頼らせてもらうさ。
今の時代じゃ僕は一人きりじゃないみたいだから。
あんまり独りよがりなことをしていたら、空の向こうから呆れた声で怒られてしまいそうだし。
「……納得というか、いきなりすぎてビックリしたんですけど……わかりました。寧ろ、私からもお願いします」
「僕からも改めて、お願いします。霞ちゃんが強くなるために、力を貸してください」
ある程度育ってからじゃないと、僕の出番はない。
悔しいさ。
歯噛みしたくなるくらいには。
それでもこの悔しさは、贅沢なものだと理解している。
だから口にすることはないし、態度に出すようなこともしない。
「……頭を上げてください。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言いながら、桜庭女史は頭を下げた。
これで霞ちゃん最強計画(今勝手に名付けた)の第一段階クリアってところだ。
いずれ僕と並ぶ、いや、僕を超えるくらい強くなってくれる予定の彼女の旅路はまだまだ長いけれど、その始まりを見れたのは我ながら幸運だと言わざるを得ない。
未来でまだ僕が存命だったなら、田舎で昔から住み着いてる正体不明の爺さんとしてポジションを確立し子供に物語を語る役割を担うのも悪くないねぇ。
「…………ところで、勇人さん。一つ聞きたかったんですけれど」
「うん? なんだい」
「その、ですね……」
そんな風に未来を想起していた僕に対し、非常に歯切れ悪い感じに桜庭女史は切り出した。
「ここは……立花五級の家、なんですよね」
「…………ウン、ソウダヨ」
この時点で何を聞かれるのか察した僕は、すごく気の抜けた声で返事をしてしまった。
「その…………うら若き女性の住む家に男が住み着くのは、些か外聞が……」
うん。
その通りなんだ。
でも、残念なことに、非常に残念なことなんだけど、今の僕にはそれ以外の選択肢が無かったんだ。公園暮らしはなぜかみんな許してくれないし、お金はないし、かといって国に頼り切るつもりもない。
これはね、どうしようもなかったんだ。
「…………どうかな。ここは一つ、僕が君の言うことを一つだけ聞くという条件で口を閉じてくれないか?」
「えっ……」
「色々問題があるのはわかってるんだけど、僕には選択肢がなくてね……」
い、一ヶ月後。
一ヶ月後に給料が出たらまた変わるから。
やっと生活基盤変えられるから、それだけは信じて欲しい。
そんな願いを込めて伝えた言葉に、桜庭女史は頬を引き攣らせながら頷いた。
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