第88話

 親睦を深める食事会を終えた翌日。


 僕らは早々にダンジョン特区来ていた。


 特区の入り口、電車を降りてすぐの所で注目を浴びながら入場の手続き中に、なんでもない世間話をしている。


「いやー……九州、暑いねぇ」


 なんてったって日差しが強い。

 なんとなく関東より肌がピリピリする感覚が多いのは間違いじゃないと思う。50年日に当たってなかったのに加えて太陽光が苦手になってるからね。

 あんまり南の地域……オーストラリアとか行くの厳しいかもな。

 赤道直下とか、そういう地域は避けた方がいい。


 ──行くかどうかはさておき、自分の肉体状況がそういうものだと把握しておこう。


「そうですか? あまり気になりませんが」

「そりゃあ瀬名ちゃんは慣れてるだろうさ。北海道とか行ったことある?」

「ありません」

「真夏でも涼しいんだぜ、あっちは。あくまで関東に比べればだけど」


 じめっとした感じが無いから涼しく感じるんだ。


 北海道に行った頃はまだ全員生きてたけど、ロクに観光も出来なかった上に羆に遭遇してヤバかったなあ。モンスター、モンスター、羆、モンスター、モンスター、羆……というペースで出現する敵を切り払いながら必死になった思い出だ。


 ……まあ、50年経った今も尚涼しいかは不明だし、太陽の光が苦手な僕にとってはどこもそう大差ないだろうけど。


「九十九ちゃんは暑くない?」

「全然へっちゃらです!」

「……まあ、その服装なら大丈夫か」


 九十九ちゃんは意外な事に、探索者としての服装の露出が多い。


 露出が多いと言っても別に淫靡だとかそういう意味ではなく、腕や足、お腹など見える部分が多いってだけだ。


 あまり見るのも悪いかと思うが、どちらかと言えば僕より周囲の男達から視線が向けられている。

 だが彼女は特に気にする素振りもなく、不思議そうに見つめ返してきた。


「? 変ですか?」

「ううん、かわいいよ」

「ありがとうございますっ!」


 満面の笑みと共に感謝を大きな声で言う九十九ちゃん。


 うん、元気がいいね。

 それは非常に優れた長所なんだけど、もう少しTPOを考えてくると尚良かったかな。


 僕らのやり取りを見て、周囲にざわめきが広がる。


 フッ……言うなよ。

 僕が年甲斐もなく若い娘に囲まれて軟派で気障な事を言ってる爺だなんてさ。


 その通りだ、何も言い返せない。


 僕だってそれくらいの事はわかってる。

 でも僕と霞ちゃんは「そういう路線」で人気を得ていこうと決めたし、この際名誉は二の次である。エンタメを提供する側はね、己のプライドや名誉というものをいかに消費するかが大事なんだ。


 というか、そもそも女性の容姿は積極的に褒めるべき。


 下心の有無に限らず、素直に良い所を褒められる人間になれとアドバイスをされているからね。


 最初は慣れなかったけど毎朝顔を合わせるたびに褒めるようにしたら平常心で伝えられるようになったし、彼女・・の教育の賜物さ。


「お、おいアレ。噂の特別探索者だろ!」

「うっわ、本当だ! 勇者のサイン貰えないかな〜」

「バッカ、それより周りにいるやつ見ろよ。有馬瀬名、九十九直虎、雨宮霞……」

「うお……」

「美人しかいねえ……」

「……ハーレムじゃん」

「それくらいいいだろ、勇者様だぞ」

「邪魔しちゃ悪い。みんなあんまりジロジロ見ないようにしよう」


 ……無駄に民度が高いな!


 それくらいいいだろじゃないんだが?

 というか僕は心に決めた人が……いたけどもう居ないや。はは。


 おっといけない。

 心の中でもクールに冷静にだぜ、僕。

 一番年上の僕が慌てふためいては他のメンバーも動揺する。


「ん〜、ンンっ。う゛ん゛ッ……」

「?」

「どうしました?」

「…………」

「いや、なんでもない。それより皆、今日の目標は覚えてる?」


 咳払いをして誤魔化しつつ、話を逸らした。

 霞ちゃんだけまたもや僕のことを無表情で見つめているので、おそらく感情を普通に読み取られている。


 どうにかしないと彼女から僕に対する評価がメンヘラクソジジイに……もうなってそうじゃないか?

 それはそれで構わないが、彼女に申し訳ない。

 あの娘の人生を束縛している以上、不快感は極力与えるべきではない。

 感情を……とにかく今は楽しい、嬉しいで固定しよう。

 昔の思い出を想起してなんとか出来ないだろうか。


 薄ら笑いを浮かべたまま熟考する僕を尻目に、背筋をピンと伸ばした瀬名ちゃんが問いに答えた。


「はい。本日は顔合わせの延長ということで、互いの力量をある程度把握するために中層まで赴きます。福岡にある九州第一ダンジョンは九州で二番目に難易度が高いため、平均値の高い我々でも十分肩慣らしになるでしょう」

「うん、完璧だ」


 やはりというか、素の口調からある程度わかってたことだけど彼女は生真面目だ。


 意図や理由を推測し自分で考え行動する、一級に必要な能力も持っている。

 関東で言えば御剣くん何かは政治的嗅覚が鋭かった。

 あれは鍛えたというより天性のものだろう。

 道長くんもいい後継者を選んでるよね。


 瀬名ちゃんの場合は、どうだろうか。


 先天性か、後天性か。


 どちらでも構わないけれど、出来れば先天性のものであると嬉しい。


 僕はそっち方向に対してセンスがないんだ。

 彼女の真似事を続けてなんとか身に付けたレベルだから、なんとなくで答えを探れる子が相手だと安心して成長を促せる。


 逆にそこらのセンスが壊滅的な子が相手ならむしろ教えられるかな?


 まあでも、そんな娘は一級には居ないでしょ。

 何せ国が認めた最高戦力だからね。

 時には単独で動かすこともある。

 故に個人で判断できる様な有能でなければならない。つまり、僕の出番はそっち方向ではないってワケだ。


「へぇ、そうなんですね!」

「……そうなんですね?」

「はいっ、初めて知りました!」

「え?」

「え?」


 キョトンとした表情の九十九ちゃん。


 疑問が表情に浮かんでいる霞ちゃん。


 思わず声が出た僕。


 そして、完全な無表情で九十九ちゃんを横から見る瀬名ちゃん。


 あー…………これ、先に九十九ちゃんの資料を貰っておくべきだったか。カタログスペックだけでも目を通しておくべきだった。

 明確な失敗だな、これは。


「…………、……」


 何かを言おうとして、しかし瀬名ちゃんは何も言わずに口を閉じる。


 あまり場の空気は良くない。

 僕と霞ちゃんはともかく、一級として……というより、国を守護する人間として英才教育を受けてきた瀬名ちゃんとの相性はあんまりか。


「はは、これから学んでけばいいよ。君はこれから成長する側だから」

「う……ご、ごめんなさい。考えるのが苦手で……」

「人間得手不得手は誰にでもある。僕だって昔は何も出来なかったけど、70年も生きれば大抵のことは出来るようになるんだ。あんまり気負わずにね?」

「……はいっ!」


 ……んん、そっか、うん。


 そうなると最初の進行はやっぱり、瀬名ちゃんを引率側に回そっか。


 今現在一番完成度が高いのが彼女だし、霞ちゃんは時間がかかる上に、九十九ちゃんは未知数。


 彼女には悪いけど少し時間をもらおう。


 ダンジョン入場の手続きを終えて入口へと向かう間、こそっと霞ちゃんに耳打ちする。


「(霞ちゃん)」

「ピッ……!」

「……」

「……な、なに?」

「いや、ちょっとの間でいいから九十九ちゃんの相手してもらおうと思って。瀬名ちゃんと話がしたいんだ」

「あ、あぁ。うん、わかった」

「ごめんね、よろしく頼むよ」


 びっくりさせちゃったか。

 一方的に感情やらなんやらが伝わるのにテレパシーが出来ないのはやや不便に思う一方、それが出来るようになる頃には僕は完全にリッチになってるんじゃないだろうかと漠然とした感想が浮かんでくる。


 それを試すのは、僕が死んでも問題ない状況になってからだな。


「九十九さん!」

「はい! なんですか雨宮さん!」

「戦い方に関しての質問なんですけど、私は……」


 霞ちゃんが九十九ちゃんに話しかけたのを確認してから、今度は瀬名ちゃんの隣に行く。


「瀬名ちゃん」

「はい? どうされました」

「悪いんだけど、しばらく僕と一緒に引率側に回ってくれる? 想像してるよりしっかり教えないとダメそうだから」

「……え、……」

「本当は君にも教えたいことはあるんだけど、一番完成度が高いのが瀬名ちゃんなんだ。ダメかな?」

「あ、え、…………い、いえ。むしろ、光栄です……」

「そっか! ありがと、受けてくれて」

「いや。それくらいなら、全然、大丈夫……」


 これでひとまず何とかなる、かな?

 瀬名ちゃんには霞ちゃんをお願いして、九十九ちゃんは僕が指導する。エリート連中が仕掛けて来たらやばいけど、それはどんな状況でも一緒だ。


 瀬名ちゃんも色々背負ってそうだけど、まだ余裕がある。


「──なので、私としてはここでこうバーンっと!」

「ば、バーンっと……」

「ええ! ズバンバーンって感じです」

「ズバンバーン」


 理解を諦めた霞ちゃんがこっちを見た。


 うん、大丈夫。

 時間はかかるかもしれないが何とかしよう。


 そのためにここに来たんだ。











 鹿児島県。

 九州第四ダンジョンの存在する特区から僅かに外れた郊外の森で、地面を突き破り、何者かが這い出た。


 服装は現代風。

 顔色は真っ白でまるで血が通っていないかのよう。有り体に言ってしまえば死人のようだった。


 周囲をわずかに警戒し、何も起きないことを確認してから服や髪に付着した土を払い落とす。

 そうして落ち着いてから、一度空を見上げた。

 木々の隙間から垣間見える空は晴天で、雲ひとつない青空。


 そんな珍しくもない景色を、じっと見つめていた。

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