第135話
『準備はよろしいですか?』
「僕はオッケーだ。紫雨くんは?」
「私も問題ありません」
以前関東の迷宮省でデータを取ったのと同じような部屋を貸切し、僕と紫雨くんは相対していた。
今日必要なのは僕のリッチとしての能力を測ること。
以前は探索者としての戦闘能力だけを測定したが、正真正銘本物のリッチが仲間になった事で状況が変わった。
彼女曰く、僕のリッチとしての要素は半分程度らしい。
なんでそれがわかったかと聞けば、「何となく」だそうだ。こればっかりは本物のエリートモンスターにならないとわからないのかもしれない。
だから深掘りはしなかった。
『まず前提として、勇人さんのリッチとしての深度を進めない。もしも勇人さんの身に何かが起きた場合、我々は滅びる可能性があるためです』
「大袈裟だなぁ。今なら不知火くんとかが居るし大丈夫でしょ」
それにモンスターに呑まれて身動きが取れなくなったのなら動かなければいいだけだ。
無意識下でも人類に害を与えないように自分を封じることくらいは出来ると思う。
『念には念を入れて、ですよ。不快なのはわかりますが、耐えていただきたい』
「別に不快だなんて思ってないさ。君らはもう少し自分たちの最高戦力を高く見積もってあげるべきだ」
『……最大限高く見積もっておりますよ』
そんな会話を挟んでから、改めて実験に入る。
「では、まずは魔力から。半分程度出してください」
「ん、わかった」
魔力を半分放出する。
徐々にではなく一気に出したことで周囲に衝撃が飛び散るが、紫雨くんは涼しい顔をして耐えた
。流石にエリートモンスターの一角であっただけはあり、彼女の現時点での強さは並の一級を優に超えている。
バランス的には不知火くんや鬼月くん>紫雨くん>その他一級って感じ。
ああ、宝剣くんが成長すれば彼女にも越されるかも。
とまあ、僕の見立てだけど紫雨くんは人類戦力の中でもトップクラスには強く得難い人材である。
周囲を敵に囲まれた状況で見事に出し抜いて見せた冷静さもあるし、いやあ……本当に素晴らしいよね。
己の意思がモンスターに飲まれそうになっていても、人類として生きている。
人であるが故に己が犠牲になる覚悟もしている。
素晴らしい。
この世界のすべての人間が君をモンスターだと罵っても、僕は君を人間だと言い張ろう。人を人たらしめるのは強固な意思と高潔な精神なのだから。
「っ……!?」
「大丈夫?」
「え、ええ。なんか寒気が……」
む。
ちょっと昂って魔力放出が甘くなっていた。
制御に意識をほんの少しだけ割けば、ちゃんときっちり半分放出出来ている。
『……ダンジョンから取れる素材のみで構成した対魔力耐久に優れた部屋なんですがね。それでもこうなりますか』
部屋の壁が軋んでいる。
魔力との親和性も高く、そして硬い特殊素材を利用しているそうだが、流石にこの程度の技術で封殺されるほど甘くはない。
「はは、今だけさ。どうせ百年もすればダンジョンすら人の手で余すことなく利用できるようになってるよ。──で、次はどうすればいい?」
「リッチの能力一つである、『召喚』を行います」
そう言うと、彼女の身からも魔力が溢れる。
それはダンジョンで見たエリート固有の瘴気であり、人の精神を圧迫する魔の圧。何度も何度もこの身に浴びて、その渦巻きの中に身を投じた日々を思い出す。ザワリと肌を撫でる不愉快さに喉を鳴らしてしまう緊張感。
なるほど、彼女は紛れもない本物の『エリートモンスター』だ。
「来なさい、スケルトン」
そうして、紫雨くんの呟きと共に床がボコボコと波立ち、そこから一体の
本来骨を形作っている物質やエネルギーは関係なし。
彼女の、リッチという特異な能力が物理法則も等価交換も何もかもを無視して、魔力のみで一つの命を作り上げる。
数秒後には、彼女の両隣に佇む2体のスケルトン。
全身が真っ白で、両手には剣と盾が握られている。
「これがリッチの基本能力、『死霊召喚』になります」
「死霊……スケルトンだけど
「厳密に言えば違うのかもしれませんが……死体遊びと表現するよりはマシかと」
「確かに」
床を見れば自慢の特殊素材がベキベキに剥がれている。
こりゃ忠光くんが頭を抱えそうだなぁ。
「色々試しましたが、最も重要なのは私達リッチの保有する魔力であり素材は問いません。どんな素材を使っても一定の性能になるので」
「へぇ、それはまた何とも都合のいい」
「それが上位種族ということなんでしょうね。そして、このように召喚した従僕には支配権を持っているので自由に動かせます」
そこは僕と一緒か。
つまり、霞ちゃんに対する命令権がある事に対する考察はあながち間違えていなかった。あの時余計に魔力を注ぎ込んでいたら、彼女は僕に付き従うだけの存在になっていたかもしれない。危なかった。
と、そこまで考えて疑問が出てくる。
そう、彼女の力で復活した香織の事だ。
今こうやって素材を持たずに復活したスケルトンにはどう見ても自我があるようには見られない。敬礼とかしているのは紫雨くんの趣味で、決して彼らがやりたくてやってるわけじゃ無いはずだ。
で、あるならば。
なぜ香織には自我が存在する?
何の情報も持たない素材からかつて生きていた誰かを完璧に再現することなど出来るのか? 紫雨くんが個人的に知っていない限り、それは出来ない筈だ。
その疑問を持って尋ねると、彼女は少し顔を強張らせて答える。
「あの人は特別です」
「特別?」
「はい。……あの人は、本人の
「なるほど。復活させるには条件がいるのか」
「それと、支配権を完全に握っていたので記憶も読みました。そこから貴方への繋がりを見つけ、何とか上に送り出した……というのが、私の手です」
ははぁ、そういうことか。
紫雨くんは、僕と香織を接触させれば何とかなるかもしれないと踏んだ。そしてリスクはあるが地上に送り出し何としてでも接触させるようにした。
結果的には大成功だ。
よくそこでその判断をしてくれた。
抱きしめてあげたいくらいだ。
「そっか、わかった。ただスケルトンを一から作り出す感覚ってのは僕には無いな」
「こればっかりは感覚でやれるので……おそらく染まりきってるか否かの差かと」
「同意見だ。香織の支配権は今君にあるわけじゃ無いんだっけか」
「はい。勇人さんが持っているでしょう」
香織に対する支配権、か。
……………………ふむ。
後で試そう。
「後僕が保有してるのは霞ちゃんに対するちょっとした命令権と、どこからか現れたスケルトンへの支配権かな。前者は確かめてあるけど後者はどうしたものか」
スケルトンくんの強さは一級と戦える程度でエリートとやり切れるほどではない。
戦力として扱うならもう少し強くなって欲しいし、そうでないにしても使い道が限られている。
「……もしかすれば、戦力増強はできるかもしれない」
「え、ほんと?」
「スケルトンに自我を取り戻させれば可能性はあります」
「……ん? 素材から生み出したスケルトンにそれは可能?」
「いえ、無理です。ですが、勇人さんのスケルトンは少し見た目が違うんですよね?」
「うん。真っ黒だ」
「であるならば、あくまで可能性の話になりますが……」
「──あ、わかった。素材から生み出したスケルトンじゃないかもってことか」
「そうです」
素材から生み出すことは出来ないが、何らかの残滓を利用して生み出した可能性がある、と。
むしろそっちの方が可能性は高い。
現状生み出す方法がわからない時点で過去にやったとも思えないし、元となる人の情報が詰まったモノがあってそれからスケルトンを生み出したって方があり得そうだ。
「なるほど……連れてくればよかったな」
待機させているのが裏目に出た。
いくつかある僕の服を見繕って変装してからここまで来るように命令を下しておこう。街中で正体がバレたら大騒ぎだが、真っ黒なスケルトンは僕の仲間だと認知されてる筈なので即座に攻撃されることもない……と、思いたい。
もしバレたら身振り手振りで何とかしろとも命じておく。
「よし、それに関しては到着してからにしよう。忠光くん、悪いんだけど」
『ええ。職員に連絡をしておきます』
「ありがとね。それで、香織に対する支配権ってのはどう扱えばいいんだい?」
そもそも支配権ってのがよくわかってない。
命令する力があるのはわかったが、彼女は自我を持っていて完全に独立した存在だ。わざわざ命令を行う必要もない。
この権利に何の意味が?
「私も詳しくはわかっていませんが……わかりやすく言えば、『眷属』のようなモノではないかと」
「眷属……」
「私の生み出したこのスケルトンはただの手下です。ですが香織さんに感じていたのはもっと違う、えっと、何と言うか……」
『親しみのような何か。違うか?』
「あ、それだ」
へぇ、親しみのような何か。
スケルトンにも確かに親しみのような何かは感じるけど、これは長い年月を一緒に過ごしたから抱いてる愛情のようなものだと考えていた。
違うのか?
でも人に対して親しみを抱くなんて別に支配権があろうがなかろうが有り得ることだ。
支配権を持つ=親しみを抱く……?
……あまり結びつかない気がする。
「魔力の受け渡しで強引に塗り替えれる支配権って、一体何なんだろう」
「…………え? 魔力の受け渡し?」
「うん。香織にやった特別なことってそれくらいだし、多分僕の魔力が君の支配権を上書きしたんだと思ってたけど……」
話がこんがらがってきた。
僕が不完全なリッチだから余計に話が複雑なんだ。
リッチとして完全体だったのなら全く同じ状況が故に話が早く済んだ筈なのに。
「え……魔力の受け渡しだけで……? あり得るの、それ……」
「僕も確証があるわけじゃないぜ。ただ、それくらいの事しかしてないってだけで」
「……ごめんなさい。まだちょっと特定しきれませんが、普通ならそれだけで書き換えられるモノではないと思います」
そこら辺は要検証か。
魔力の強さに左右されるのか。
それともリッチ混じりの僕だからなのか。
単純に香織が偶然出来ただけで本来不可能なのか。
一朝一夕で解決できる事じゃないからしょうがない。
「まあでもそこからわかるのは、普通なら書き換えれる事じゃないってこと。つまり、香織の支配権は僕からそう簡単に動かないってことだ」
「それは、間違いないかと」
「よかったよかった。一安心だ」
『……心配するのはそこか、お前』
『愛されてますね』
『やめろ』
なんだか香織の呆れる声が聞こえてきた気がするが気にしない。
最悪なのは僕の制御下を離れて全て台無しになること。
安心して彼女と一緒に戦いに行ける。
それだけで今日この会話をした価値があるってもんだ。
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