第167話
「……やはり、そうなるか」
「はい。人数に限りがありますからこれ以上拡大するのは難しいですが、確定と見ていいかと」
「まったく、勘弁してほしいものだ。なぜ俺の時にそんな問題が起きる?」
「運でしょうか」
「運の悪さ……そんなものに左右されて世界の存亡を賭けた計画を練らざるを得んとは」
「人生そんなものですよ。世界を救ったあの人達だってそうなるとは思ってなかったのでは?」
「道理だな」
迷宮省関東本部所属になってはいるが、その実国どころか世界中の情報を集める機関に勤める北郷はため息交じりに部下と会話を交わす。
「初めは欧州の片田舎。今ではアジアの大型ダンジョン……隠さなくなってきたのは準備が順調だというメッセージか?」
「それ以外に考えられません。エリート達が軍略を含む高度な知性を持ち合わせている事が判明している以上、何らかの狙いを持ってやっていると見るべきです」
「問題はその狙いとやらが何かさっぱりわからん、という点だ」
次々とダンジョンの産出量が減少する事例が発生しており、これが一体なにに起因した現象なのかは解明されていない。
最初は日本の一部だけで共有されていた話だったが、今や探索者達の間でまことしやかに囁かれる噂話と化している。日本で同様の事例は見られていないが、少なくとも、他国でそういった事が発生していると知られているのだ。
それ自体は悪いことではない。
こちらもそれが何らかの悪い前兆だと思っているし把握している。それが何なのかわからない、という点に目を瞑れば迷宮省側も出来る限りの解決策を見出そうとしていた。
「都合のいい天才科学者でも出てこないか?」
「残念ながら、そう言った人材を生み出す土壌は我が国にはございません」
「自由の国は?」
「居たとして、世界を救った勇者を国内で独占している我が国に協力するでしょうか」
「……当該事例に陥ったダンジョンの合計産出量はどれほどだ?」
「は、モンスター量で言えば列島を埋め尽くせる程度で、魔力で表せば我が国を半年は持たせられるかと」
「つまり、爆発すればひとたまりも無いと言うことか」
「ひとたまりもないどころか地球がヤバいですね」
その報告を聞いてこめかみを顰めた。
「ふー……考えたくもないな。だが奴らがそんな手法を取ると思うか?」
「正直五分かと。侵略行為にはなにかしら理由が存在しますが、この世界の全てを奪おうにも奪う余地すら残さないレベルで破壊するとは思えないんですよね」
「そこだな。五十年前の被害は惨いものだったが、それでも大陸そのものを滅ぼそうとする破滅的な破壊は行われていなかった」
人類文明を滅ぼそうという意志は感じたが、星を壊そうという意志は読み取れなかった。
かつての大戦には間違いなくこの世界を手中に収めよう、先史文明を滅ぼそう、と言う目論見があったと迷宮省は睨んでいる。
それに比べて今回の流れはどうにもおかしく感じる。
総力戦の準備にしては露骨すぎる。これでは備えてくれと言っているようなものだ。備えたところを一網打尽にする作戦ならわからなくもないが、相手に悟らせない方がいいのは当たり前のこと。不意打ちできるならするに越したことはない。
逆説的に言えば不意打ちしたくても出来ない状況にある、と言うこと。
「ダンジョンから本来生み出されている筈の魔力がどこに向かっているか、だな」
「研究させてはいますが、ブラックボックスが多過ぎて到底短期間じゃ無理ですよ。半世紀は欲しい」
「……対策は?」
「地下から砲撃されたら詰みます」
「ならば先手を取るしかない」
「場所はわかりません。人類が活動出来る圏内ならばいいのですが」
「そうだよなぁ……」
徐々に大戦の気配が近づいて来ている。
それなのに向こう側の作戦はまったく読めないし、人類側が取れる手段も増えてない。
切り札はあるがそれを使わせるのが向こうの目的だったらどうする?
最大の矛であり最大の盾なのだ。
使うところは見極めなければならない。
「…………エリート個体もピンキリだ。勇人さんを相手に完封できる化け物が出てこないかもしれん」
「理想はエリートは実は全滅していてダンジョンは老朽化による自然現象だった、というオチなんですが」
「そこまでは望めん。生き残った奴がダンジョンで悪巧みしてると考えた方が丸い」
そうだ、生き残りだ。
雨宮紫雨曰く、この目で見たエリート個体はそう多くはないとのこと。
エリートを生み出せる力を持っていた個体は討伐され、これ以上の量産はされないのではないだろうかと推測している。
少なくとも日本の地下で活動していた個体は指で数えるほどだそうだ。
こんな狭い島国を担当する数がそれなのだから、世界規模で考えたら気が遠くなる数になってしまうが……
(……一先ず報告を上げねばな。緩やかに、しかし物事は進んでいる)
まだ起きる気配はない。
だが、起きてもおかしくはない。
まさに一触即発、戦前の緊張感が漂い始めていた。
計画は順調に進んでいる。
まだ始める時ではないが、表で観測されることも厭わないペースで魔力回収を行っている。いずれ人類側も我々が動いていることを悟るだろう。
そうなったとしてもなにも問題はない。
この場所は人類が耐えられる環境ではないし、もし耐えられたとしても観測することが出来ないのだ。
ティターンもウルピスもそれぞれ力を蓄えている。
特にティターン。
彼の力はデュラハンには劣るものの、広域殲滅力と言う点では勝っている。地表にある都市部を破壊撹乱するにはうってつけだ。
それに加えて不可視の攻撃を放つウルピス。
この二人のタッグならば、相手がよほどの規格外でない限り簡単に負けはしない。己は八星将では最弱に近いが、最低限の戦力にはカウントできる。
そして相手の規格外に関しては、万全の態勢を整えた龍王に任せる。
【大将級】。
魔王の下に位置する種族の王。
同じ幹部という括りにはいるが、雲泥の差がある。
仮に相対すれば一撃で飲み込まれて終わる。それか消し炭にされておしまいだ。
魔力量に関しては同格。
実際の戦闘力に関しては双方未知数という他ない。
なんとか龍王に全力を出してもらうため休眠させたのだ。世界各地のダンジョンから生み出される魔力を動かし、彼の眠る海底ダンジョンへと送り続けている。
余剰分で異世界とのゲート構築へ回しているが、そちらも十分な量が確保できつつあった。
「奇襲が出来れば一番ですが……まあ、無理ですね」
これだけダンジョンを大っぴらに動かしている以上、自分達の動きは悟られるものだと考えている。
で、あるならば。
正面からぶつかり合うことを前提に準備をすればいい。躊躇いなく行動したおかげで今のところアドバンテージを取れている、そう思うしかなかった。
すでに起こした行動は取りやめられないのだから。
捻れ角の男は、瞑目した。
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