第74話
全身から血を流す御剣くんを抱えた状態で上まで一気に駆け上がり、脱出した頃にはすでに一時間が経過していた。
数時間の道のりを一時間で踏破したのはともかく、ダンジョン内部でエリート達から妨害は入らなかったのが気になる。
最後の一撃が意外と効いてたのかな?
もしそうなら相手の戦力が思いの外低くて助かるんだけど、そんな甘くはない。黒髪のエリート、おそらく奴の能力は僕と似通ったモノ。最後に殺したリッチと同系統だと思って間違いない。
あの鎧のモンスター、生成する瞬間を見たから確信できた。
奴はスケルトンだ。
最後に倒したあいつもスケルトンを召喚していたし、いろんな種類の骨を掻き集めた謎の巨人を生成してた。
一撃で倒したけど。
つまり何が結論か、リッチと同じ能力を有しているのならばダンジョンを操作する技術も残っている筈。
してこなかったのは『できなかった』のか、『しなかった』だけなのか……
「ちょ……ゆ、勇人さん。降ろしてくれ」
「あ、ごめんごめん」
「ふぅ……いや、助かったぜ。俺一人だったら今頃野垂れ死にだったな」
ゴクゴクと瓶の蓋を開き飲み干していけば、みるみるうちに傷が癒えていく。
ほほう、なるほど……これがポーションか。
いいなあポーション。
昔ゲームやら何やらで出てきた回復薬だけど、それが現実にこうしてあるのは、こう……何ともいえない感覚だ。
「ん? ……ああ、飲んでみるか?」
「いや大丈夫。回復薬要らずだし」
「自己再生なぁ、できれば便利なんだろうが……」
一本瓶を飲み干して、御剣くんの身体から傷は消えた。
フゥン、失った血の分も回復してるっぽい?
顔色も良くなってるし、本当に万能の回復薬だねこれは。
ダンジョン発生以降に完成してるんだからダンジョンに関係する何かを使ってるんだろうけど、原材料が気になってしまう。
もしかしてモンスターの素材飲んでたり?
「……どうだろうな。俺達も原材料は知らねえし、どこで作られてるのかもわからん」
「当然といえば当然だね。こんなの作り方次第でいくらでも悪用出来るし」
日本はちゃんとダンジョンを管理してるから大丈夫そうだけど、もしこれが管理されておらず誰でも入れるような環境になっていたとすれば──うーん、考えたくないね。
戦いが終わってすっかり気を緩めた会話をしていると、数分も経たないうちにスーツの男性がやってきた。
「勇人特別探索者に、御剣一級! ご無事に戻られたようで何よりです」
「君は?」
「第五ダンジョン管理所所長、
そう言いながら、長嶺くんは手を差し出した。
「長嶺くんね、わかった。僕は勇人、好きに呼んでくれ」
「では勇人さんとお呼びしても?」
「構わないよ」
「では勇人さん、並びに御剣一級。申し訳ありませんが、一度事務所まで来ていただいてもよろしいでしょうか? 何せ後二時間もすれば早朝組が来ますので……」
「僕は全く問題ない。御剣くんは?」
「問題ない……と、言いたいところなんだが……服着替えて軽く流してえな」
ああ……それは、そうだね……
御剣くんは怪我は治ったし体力的にも大丈夫そうだが、自分の血と汗にダンジョン内の埃でひどい有様だ。
一級として厳しい戦いに身を投じてきた彼にとっては慣れたものでも、一度落ち着いて腰を据えるには些かよろしくない。
「職員用のシャワールームをお貸ししましょう。少し狭いですが」
「貸してくれるだけありがたい。勇人さんは……」
「僕は大丈夫。老廃物が出ない体質だから。一緒になるかい?
「え、遠慮しとく……」
御剣くんがシャワーを浴び終えて職員服にとりあえず着替えたところで、会議室に案内された。
既にセッティングは終わっている。
待ってる間にやったと言うより、最初から準備してあった感じかな。
「こちらに」
「ありがとう」
座る場所はモニターの真正面。
そして座ったタイミングでモニターに映像が来た。
『良くぞ無事に戻られました』
「稚拙な場面を見せて申し訳ないけれどね。最低限、それ以上の成果を持ち帰れずすまなかった」
『何を仰いますか! 敵の攻勢より早く攻め、敵の情報を取り、そして深手を与えて時間を削った。これだけの働きをしたのに卑下されては困ります』
モニターの向こうにいたのは鬼月くんと、桜庭女史にその他見た事のない特徴的な服装の人が二人。
後は迷宮省の職員が揃っている。
職員の年齢層もそれなりに高そうで、相応の立場の人かな。
『さて、改めまして……勇人特別探索者及び御剣一級探索者に依頼していた依頼は完了されました。協力感謝します』
「必要な情報はある程度集まった?」
『それはもう。色々考えなければいけない事はありますが、一切の犠牲なしにこれだけの情報アドバンテージを得られました。ここからは我々の仕事ですよ』
「そう言ってもらえると助かる。……現状、鬼月くんは連中をどう思う?」
訊ねると、難しい顔をしたまま少し考えて口を開く。
『組織的な活動が可能でありながら、どこか迂闊な点が多い。これは恐らく我々人類の事を下に見ている事の表れ……情報を無数に晒したのも、こう言った形で情報共有をリアルタイムで行っていると考えていなかったのが原因かと』
「僕も同意見だ。人類を学んで力押しだけじゃなく技術を学ぼうとしてるけど、その本質をわかってない。小手先の技術ばかり学んで、肝心な部分は理解してないように見える」
なんというか……チグハグな印象が強い。
前回エリートを悉く打ち破られ「負けた」という意識はありつつ、しかし全力で備えてはいない。どこか絶対的な強者として『自分達が固まれば負けない』という驕りが見える。あのリーダー格はこちらの戦力をそれなりに見れているようだが、獣人型は慢心が見て取れた。
全体の意識がそうなのかは微妙だけど、そういう意識を持つ個体がいるとわかったのは大きい。
「それに、リーダー格のエリートが言った『龍王と同格』って言葉も気になる」
『エリートにも序列がある、と?』
「可能性は高い」
序列があるって事は、力の差が存在するという事。
そして連中で最も気になったのは……
「50年前に既に存在した個体か、それ以降に生まれた個体か……」
僕の事を知っていたのだから、何かしら情報を遺した奴は居たんだろう。
ただそれが生き残ったエリートなのか、ダンジョン内部を観測できるナニカなのかがわからない。
能力が生きた年数に比例するのか?
どうやってエリートは生まれてくるのか?
個体が持つ能力は人類にも再現可能なのか?
そして何より────最後に黒髪が呟いた、『かすみ』という言葉に意味はあるのか?
「…………」
僕がモンスター混じりになった理由は呪いをかけられたから。
リッチの言い方的に呪いをかけることにリスクがある訳ではなさそうだった。
ならばなぜ人間にひたすら呪いをかけて戦力にすることを選ばなかった?
何かしらの条件があり出来なかったのか、していたが上手くいかなかったのか。
かすみ、か、す、み、かすみ…………
……ダメだな。
今の僕だとバイアスがかかってて彼女の事しか思い浮かばない。
これに関しては他の人に任せた方がいいな。
もしこれが全くの勘違いだった場合、あの娘に余計な心労と緊張を与えるだけになる。この情報は扱い要注意だ。
……ただ。
ただ一つ、なんの根拠もない僕の身勝手極まる主観的な見解を述べさせてもらうのなら。
黒髪は霞ちゃんと似ている部分があったと思う。
顔のパーツとかそれくらいが、本当になんとなくだけどね。
これもバイアスがかかってそう感じてるだけの可能性が高い。
だから、まだ口を滑らせるな。
迷宮省の力を借りて科学的に調査するまで待て。
「……鬼月くん、一つだけわがままを言ってもいい?」
『は、一つと言わず何なりと』
「はは、いずれ甘えさせてもらうよ。んっとね、その、言いにくいんだけど……」
これは僕の癖である最悪の想定が導き出した最悪の備えだ。
当たっていることは信じたくないし、出来れば外れていて欲しいと思う。
けれど、そう上手くはいかないんだろう。
いつだって現実はそんなものだった。
「今回交戦したエリートと、ダンジョンで死亡・失踪をした人間を比べてくれないか」
どうか外れていますように。
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