第75話
任務を終え帰路の車で、太陽が昇り始めた空を眺めながら考える。
敵エリートの正体。
モンスターがダンジョンから出現する事はわかっているが、エリートがどういう条件で発生してるのかは不明だった。
それに目途がつくかもしれない──嬉しい事ではあるが、喜んでいい事では無かった。
モンスターはダンジョンから現れる。
これは50年前において信じられていたことで、現代では常識とすら呼べる知識だ。ダンジョンの壁や特殊な部屋等、ある程度の法則性をもって生まれてくる。僕らが検証した時点である程度わかっていた事だからこれに関して驚きはない。
ではエリートとはどのような存在なのか?
通常のモンスターとは違い指揮能力を持ち固有の特殊能力も持つユニークな個体で、人語も介するため会話をすることも可能。
意志を持って人類を滅ぼそうとしていて、侵略行為であることの自覚がある。
更にこれまでの検証でダンジョンからエリートが生まれた事はないそうだ。
つまり、奴らは普通のモンスターとは明確に違う存在である。
そして、それは僕にも当て嵌まる条件だ。
他のモンスターとは違い呪いを受けた存在である。
スケルトンや魔力を分け与えた生命体への指揮権を持っている。
自分の肉体を再生できるくらいに魔力の扱いが巧く、そして人間離れした莫大な魔力量を持つ。唯一エリート共と違う点があるとすれば人類と敵対してない事くらいだ。
そうだ。
僕の存在こそがこの仮説を確たるものにしている。
リッチの呪いを受けリッチの能力が見に宿った僕がいるからこそ証明できる、できてしまう。
仮説――――エリートとは、”呪い”とやらに適合した人類の成れの果てである。
「…………」
あり得ないとは言えない。
前述したように僕が居るんだ、同じように呪いをかけられて完全にモンスターに堕ちた人間が居てもおかしくない。
この依頼を受けた後、僅かに思考が変化した瞬間があった。
『世界を手中に』、なんて訳の分からない願望が唐突に頭の中に浮かんで、モンスター同然の思考回路に切り替わる。
僕は自覚できたから良かった。
ただこれからも気を付けなくちゃいけないくらい唐突だった。
もしあれがもっとスムーズに、そしてナチュラルに頭を支配して来たのなら疑問を抱く暇もなく墜ちてる。
脳裏に、黒髪の言葉がこびり付いていた。
『かすみ』。
確かに奴はそう呟いた。
かすみという単語に最近馴染み深い僕には、とある少女の事を指しているとしか思えなかった。
雨宮霞。
僕と唯一同類の少女。
彼女の姉はダンジョンで消息を絶ったそうだ。
そして何があったのかを知る者は誰も居ない……死んだ姿を誰かが見た訳でもなく、ただ未帰還だったからそう判断された。
よくある話だ。
僕は仲間達の死を目の前で見届けて来たから死を確信してるし受け入れている。ただ、これを目の前で見れなかったとしたら果たしてどう感じるだろうか。
死んだと思う事は出来る。
ただ、どことなく不満というか……燻った感情を抱くのは想像に難くない。
それこそ霞ちゃんのような目的を掲げるかもね。
そして、そんな行方不明だった誰かが実は生きていて、しかも敵になっていたとすれば……
一度思考を止めてから、ガリガリ頭を掻く。
……どちらにせよ、当面の目標は変わらない。
霞ちゃんを強くして僕と一緒に潜れるように成長させる。
それも緩やかなペースではなくかなり速い勢いで、だ。一ヵ月で一級相当になれる程度には仕込む。彼女の目的とも合致してるから合理的だ。
戦力的な面で考えてもあの娘に強くなってもらわないと困る。
一級がエリートと対面するのが厳しい現状底上げするまでの時間はなんとか稼ぐつもりだが、間に合う保証もない。
関東には鬼月くん。
関西には不知火くん。
九州には有馬くんと有力な人材は揃っているが、あともう少し伸びれば……という人もいる。宝剣くんとかね。
スペック上急速に強くなれる筆頭が霞ちゃんなんだ。
本人には申し訳ないが……
大丈夫、未来は明るい。
心配する必要はどこにもない。
それなのに、どこか胸の内に巣食う不安がいつまでも離れなかった。
「あ、勇人さんおかえり~」
「おかえりなさい」
「……うん、ただいま」
家に帰って来たらリビングでくつろぐ少女のお出迎えがあった。
霞ちゃんはソファに寝転がっておやつを食べながらのんびりタブレット端末を眺めていて、晴信ちゃんは皿を洗ってる。
居候してる僕らが洗うべきでは?
それとなく晴信ちゃんに視線を向けるが、特に気にしてないっぽい。
「……? どうしたの」
「ううん。変わろうか?」
「大丈夫。終わったらお茶出すから休んでて」
流石に一仕事終わらせて帰って来たのは悟ってるのか、僕を労おうって態度が前面に出てる。
これは素直に受け取らざるを得ない。
一度部屋に戻り最低限持ち込んだ荷物を置いて、相変わらず揺らぎなく部屋の隅で待機するスケルトンの頭を一撫でしてからリビングに戻った。
「おつかれさま」
「あ、うん。どうもね」
すでに食器を洗い終わった晴信ちゃんもソファで寛いでおり、なぜか霞ちゃんと晴信ちゃんの間が空けられていたのでそこに腰掛ける。
ネットにアップしたら批判を浴びそうな光景になってしまった。
ついさっきまでエリートやら未来やらの事で色々考えていたのに、すっかり気が抜ける。
「勇人さん」
「うん?」
「どんな内容だったの?」
タブレット端末から目を離し、おかしを食べながら霞ちゃんが聞いて来た。
うーん……どこまで話したものか。
エリート関連はまだ秘密、そうなるとダンジョンに行ったことも隠した方がいい。後でカバーストーリーを作ってもらうとして、ここは適当に誤魔化すか。
「迷宮省の施設でちょっとした確認をしてた。大したことはしてないよ」
嘘は言ってない。
迷宮省の施設(ダンジョン)で確認(エリートの有無と討伐)だからね。迷いなく言った言葉に特に疑問を抱くことなくそうなんだと納得してくれたので一安心だ。
霞ちゃんに急いで話を通そうかと思ったけど、やめておく。
気が抜けたと言うのもあるし、急ぎ過ぎず慌て過ぎるなと言ったのは僕だ。
彼らに言ったのは自分に言い聞かせているのもあった。
いや……
違うな。
どちらかといえば、僕は自分に言い聞かせる為に言ったんだ。いつまでも昔を引き摺るんじゃなく、現代の彼らを信じたいと思ったから。
それなのにずっとそのことばかり考えている。
これは引き摺っていると言っても過言ではない。
切り替えていこう。
そう意気込んで肩の力を抜こうとしたタイミングで、端末が通知してきた。
メッセージの送り主は……鬼月くんか。
正直嫌な予感がする。
でも見ない訳にはいかないので、二人に見られないように確認した。
「…………」
「それでさ、勇人さん。明日ダンジョンに行かな――……どうしたの?」
「ん、……なんでもない。モチベ高いね」
「そりゃね。強くならなきゃいけないし!」
彼女のモチベーションが高いのは良い事だ。
なぜならば――きっとこれから先、受け入れがたい推測を通告されることが確定したからだ。
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