第73話

 斬る。

 斬る、斬る、斬る。

 とにかく我武者羅に、手の届く範囲から次々と切り結ぶ。


 果たしてどれだけのモンスターを斬っているのか。

 斬り伏せ命を失った死体は消え失せるから正確な数はわからないが、それでも、既に百は優に超すモンスターを斬っているのは間違いない。

 任されたはここの防衛戦の死守。

 これ以上先の道に鼠一匹すら通さない覚悟、強くなるという意思。

 ただその二点のみで立ち尽くし、ひたすら剣を振り続ける。


「っ、ふぅっ、ふー……!」


 呼吸を整える隙は無い。

 斬撃の途中で無理矢理息を吸って、吐く。

 足を止めれば圧倒的な数で押し寄せるモンスターに捕まりなすすべもなく嬲り殺されるのは目に見えている。

 だから止まらない。


(まだだ……っ! もっと、もっと速く! 長く!)


 臓腑に溜め込んだ魔力を全身に張り巡らせる。

 魔力という万能のエネルギーを手にしても、人類が一気に飛躍する事は出来なかった。


 第一世代と呼ばれる立花道長らは魔力を放出しモンスターを倒す事を可能にした。

 第二世代と呼ばれる鬼月善宜らは魔力を利用し人々に新技術を齎す事に成功した。

 そして、御剣ら若い第三世代は──新たな技術を幾つも開拓し黄金期と呼ぶにふさわしい功績を幾つも挙げた。 


 肉体に通う魔力を稲妻へと変化させ、従来の人類とかけ離れた強さを手にした不知火識。

 魔力の扱いが機械よりも巧く七色の変化を可能とし、五感強化すら可能にした宝剣甲斐。


 この二人を筆頭に、他にも次期最強を期待される九十九や埼玉にある関東第一ダンジョンを一人で担当する樋口等、実力者が揃っている。


 御剣は。

 御剣は、良くも悪くも普通だった。

 かつての関東のボス、立花道長に師事を受けその中では最強と呼ばれる実力がある。

 一級の中では上位に位置するし、人類全体で見れば上澄みと断言できる。本人もそう呼ばれるだけの努力は今も重ねている上に、その努力が無駄だと思った事は無い。


 ただ──どこか、その現状に満足していた。


 責任感もあり、既に関西を纏める役職を担う不知火。

 不知火と共に次期幹部候補として中部を担当する宝剣。

 そんな若者を見守る関東の鬼月や北陸の前田等上の世代が居て、下には有馬三代目の直系や北で日々戦いに明け暮れる金髪碧眼の麒麟児。

 なんとなく、自分はこのままで良いと、満足していた。


 ────頂点を見た。


 半世紀前、滅びかけの人類を瀬戸際で救った勇者。

 文字通りの救世主であり、己の全てを費やしてモンスターの侵攻を押しとどめた偉大な人物。

 現代に戻り気を休める訳でもなく、新たな脅威があれば真っ先に動き協力できるのならばなんだってすると言ってのけてしまう精神。


 御剣ら若い第三世代にとって、その象徴とも呼べるのは有馬頼光その人だった。


 だが、真実は違った。

 功績も何もかも隠し、人類の為だけに戦った。

 自分が褒め称えられることなど求めておらず、モンスターによって引き起こされた未曽有の災害をどうにか乗り越えることのみを考えて。


 強烈だった。


 これまで自分達の世代で最も強いと思っていた不知火が、明確に頂点だと認めて。


 歴代で最も魔力の扱いが巧いと言われていた宝剣が、自分より巧いかもしれないと言って。


 そして思った。

 なぜ自分は、人並みの努力と人並みの成長で満足しているのか、と。


「うおおおおおっ!!!」


 壁を蹴りモンスターを足蹴に三次元立体的な戦いを維持しながら、通路を塞き止める。


 魔力は減ってきた。

 疲労も重なっている。

 身に染み付いた剣の振りは衰えない。


 足りない。

 足りてない。

 こんなもんじゃ、ただの一級じゃ、あの勇者の足元にも及ばない。

 50年もの歳月を一瞬で縮め現代を追い越そうとしている存在に、ただの努力で追い付ける訳もない。死に物狂い、血反吐を吐いて身体を痛めつけ技術を身に付けてやっとその速度に並べる。


 そこから先、最終到達点は重ならないとしても……追いかける事を諦めるつもりは毛頭ない!


「っっっ!!!」


 過負荷とすら言えるほどの身体強化。

 両手脚に限界ギリギリまで注ぎ込み、骨を金属以上の硬さへと変貌させることで無理やり動かすことを可能とした。

 通常ならば悪手もいいところ。

 仮に宝剣が見れば「もっと繊細にやりなさい」と文句の一つでも言ったかもしれないが──今の御剣には、これで良かった。


 強すぎる負荷に筋肉が悲鳴を挙げ、毛細血管が千切れる。

 痛みはアドレナリンで感じない。

 そして筋肉が断裂し物理的に動けなくなるのを、骨を動かすことによってそれらのリスクを無視。


「こ、れくらい──ッ、出来なきゃなぁっ!!」


 一太刀で三体。

 剣先を魔力で伸ばし、魔力で構成されているが故に絶大な切れ味を誇る剣を振り続ける。戦い始めて5分程しか経過してないが、それでも御剣の肉体には徐々に限界が近づいていた。


 ダラリと溢れる血。

 鼻血が溢れ、喉元にも血が迫り上がる。

 魔力を精密に制御出来ない人間が無茶をすればこうなるという典型的な症例。養成校に通い始めた学生のような状態を笑い飛ばしながら、駆ける。


 剣を振る。

 空いた手で殴打する。

 足踏みついでに織り交ぜた蹴りが、モンスターの頭部を粉砕する。

 やがて押し寄せるモンスターは少しずつ数を減らし、彼の肉体が限界を迎えその場に倒れ込む頃には、周囲に脅威は存在しなかった。


 仰向けに寝転がり、ゴクリと血を飲み呼吸を整える。


 呼吸は荒い。

 今の興奮状態が収まれば痛みに苦しむ事になる。


 だが、御剣は一切後悔していなかった。


 寧ろこれでいいと思った。


「──や、お疲れさま」

「……おう、勇人さんか」

「満身創痍だねぇ」

「一撃も貰っちゃいねーよ。これは自滅したの」

「えっと、喜ぶべき?」

「半々だ」

「……いいねぇ、若者は」


 勇人はそう言いながら御剣の腕を掴みひょいと拾い上げ肩に担ぐ。


「あだだっ! も、もうちょい優しく頼むってマジで!」

「若いんだから平気だよ。こっちは80歳くらいの爺さんだぜ? 労わるべきは僕の方だと思うんだけど」

「アンタのような老人が……なんか一杯いるんだよなぁ」


 先程も頭に思い浮かべた師や九州の雄を思い出し溜息を吐きながら、御剣は続ける。


「エリートはどうだった?」

「んー……色々気になる部分はあるけど何とか出来ると思う」

「マジかよ……」

「そりゃあね。あれだけ自信満々だったのにやれませんなんてカッコ悪いだろ」

「……ま、後で見させてもらうわ」

「そうしてくれ。今はここを離脱するのを優先する」

「んん? エリートはどうしたんだ」

「倒してないんだな、これが。ただ被害は与えられたから退いて来た」


(つまり小手調べのついでに損害与えてきたと。マジでこの人いなかったらまたヤバい事になってたんじゃねえかこれ……)


 恐らく一級各位に情報共有するためにやれるだけの事をやった結果何だろうと推測し、溜息を吐きかけて、止める。


 情けなさばかりが胸にある。

 それでも強くなると誓った。

 自分に失望するのは死んでからでも遅くは無い。


 しかし。

 どうしても今、聞いておきたい事があった。


「…………なぁ、勇人さん」

「なんだい?」

「アンタから見て、人類はエリートに勝てると思うか?」

「うん」

「それは……アンタが居るからか?」

「え、違うけど」


 キョトンとした表情になりながら、勇人は答える。


「どう考えても50年前より有利だし、あの頃でさえ少人数の奮闘でどうにか出来たんだぜ」


 至極当然と言った表情で語った。

 勇人からしてみれば、不穏な要素はあれど負ける理由の方が少ない。

 不意打ち同然の奇襲、混乱し連携の取れない軍隊、魔力という人間界に存在しない概念で一方的に攻撃され国は分断された。

 それでも後世に繋げる事が出来た。

 なら、奇襲を事前に察知し先手を打ち、一級と呼ばれる上澄みの戦力が居て、なおかつ全国民が協力体制にある今ならば――――……


「どうかな。勝てそうじゃない?」

「――……あ、ああ。いや、その通りだと思う」

「だろ?」


 決して楽観的な訳ではなく、あくまで過去の記憶と経験から推測したに過ぎない。


 だからこそどこか不安を抱いていた御剣には――否。

 

 画面を通して見ていた者達にも、その言葉は浸透していく。


(心の底から”勇者”だな、この人は)


「……そりゃ、あの爺さんが憧れるわけだ」

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