第72話
「がぁっ!?」
リーダー格の腕を斬り飛ばす。
鮮血が舞い顔に血痕がこびり付くが、こいつを殺せば消えるし何の問題にもならない。空間転移の理屈も
最善は捕獲、次点で討伐、最悪なのは取り逃がす事。
ようやく捉えた一撃だ、無駄にはしない。
空間転移で逃げるより先に、膨大な魔力でゴリ押しして跳ね上げた身体強化を肉体に施して前進する。
こいつの空間転移は厄介だ。
僕のように疑似的なレーダーを張れる奴じゃなきゃ初見で対応するのは不可能に等しい。
だが逆説的に捉えれば、圧倒的な火力で轢き殺す恐ろしさは持ち合わせていない、という事。敵を確実に倒すのならば最も有効なのは初見、初手の一撃による圧殺。それはどんな状況でも変わらない。それがやれないと言う事は、こいつは絡め手や小手先の技術でなんとかするタイプ。
一番やりやすい。
「っと……」
そのまま連撃で押し切ろうとしていたのを止めて、一歩後退。
すると、先程まで居た地点に複数の斬撃が飛んでくる。
「まったく、どういう勘してるのかしら……」
不満げな顔で獣人型が呟く。
押し切れなかったか。
モンスター同士だってのによくもまあ連携してくるもんだね。一対一なら間違いなくやれてたけど、そこは仕方ない。
リーダー格はおおよそ測れた。
問題となるのは残った二体だが、獣人型の方は大体掴めてる。
狐のような尾に耳、まあファンタジーでよく見る姿だけど、残念ながらモンスター。物理的な遠距離攻撃型でノーモーションの斬撃を撃ってくるかなり厄介なタイプ。
指の一つすら動かない完全無動作から出てくるこれは非常にやりにくい。
なにより、一撃で張った魔力が乱されるのがね。
リーダー格の対策をするのに必須である魔力の膜を簡単に引き剥がされるから面倒なコンビだ。
視線をもう一体の黒髪へと向ける。
相変わらず動く気配がない。
現時点の判断材料で考えられるのは僕の動きや出方を観察しているくらいだけど、そんなことをするくらいなら三人がかりで全力で殺しに来た方がよほどマシだ。
本当に、一切の攻撃を加えてこない。
直接戦闘に向いてないエリート、なんて筈もないか。
魔力量だけで人間を殺せるのに今更躊躇うとは思えない。
それに、こいつらは命をあまり惜しんでいなかった。
……思考ルーチンが変わっている。
それは間違いない。
能力でゴリ押して侵略を決行した50年前と、準備に時間を費やし人を確実に殺す為の作戦すら立てている今。
雲泥の差だ。
相手は明確に人類の対策をしている。
仮に、仮にの話だが……
肉塊と化した鎧のモンスターの不死性を保っていた理由が黒髪にあるのなら、最優先で討伐するべき対象になる。
斬撃を見せた獣人型、空間転移のリーダー格。
唯一能力を見せておらず、なおかつこの空間にて僕らの戦いの様子を探っていた一体。狙いがさっぱりわからない。
なぜ動かないのか。
なぜ攻めてこないのか。
なぜここまで中途半端な流れなのか。
どう動くのが最適解だ……?
ここで倒し切りたい。
だがそれ以上にあの鎧を纏っていたモンスターの秘密を知りたい。
あれは良くない。
僕だから対応出来たけど、他の人が対応できるかと言われると微妙だ。どういう仕組みで不死性を維持していたのか、なぜわざわざ後方で三体待っていたのか、疑問は尽きない。
それら全てをこの一戦で解決するのは無理、か。
妙な緊張感が漂う。
張り詰めた空気、四人分の呼吸音。
ざり、と足を動かせば、高く積み上げられた集中が向けられる。
薄暗く、明かりの無い空洞。
視界は良好。
人間離れした事を改めて実感する。
一対三。
状況は五分、寧ろ優位的。
わかった情報、エリートの存在、戦い方の変化に伴う思考の変化、三個体分の能力、現状の一級達と比べた戦力比。
「…………十分か」
「あん?」
「独り言さ。それより、そっちも作戦会議は終わった?」
そう言うと、リーダー格はピタリと動きを止めた。
実を言えばほぼ山勘だったんだけど図星だったかな。
僕が長考している間、連中に動きは無かったんだ。不自然すぎる程に。
彼ら二人の能力から考えて待つより仕掛けた方が強いからね。絶え間ない空間転移によるかく乱と隙を縫う斬撃、この二つは攻勢向きだ。
僕が持っていたら試したい使い道が幾つも思い浮かぶ。
まあ、空間転移はともかく飛ぶ斬撃は真似るからいいとして。
「……ちっ、なんなんだよお前、マジで」
「ただの混じりものさ。50年前に勇者って名乗ったことがあるだけの」
剣に魔力を巡らせる。
狙いは決めた。
ここまで情報を取れれば上で対策を練る事も出来る。
特にリーダー格と獣人型、これら二つは最悪出会い頭に狩ればいい。ここで逃してはいけないのは──もう一体、黒髪だ。
ここまで頑なに能力を見せない時点で怪しい。
リーダー格が主体となって立ち回り、獣人型がサポートをする。この動きはわかる、わかるが、あまりにも黒髪に動きが無さ過ぎる。
情報が取れてない以上ここで逃すわけにはいかない。
右手に剣を、左手に魔力を。
周囲に奔る稲妻と合わせて幾重にもカモフラージュを施す。
「あらぁ、やる気満々ね」
「バカ、備えろ」
「あなたならフォローできるでしょ?」
「そういう次元じゃねえ。龍王と同格だぞ、あれは」
────へぇ。
わざわざ目の前で話してくれるのはありがたいけど、本当に連中は情報に対する考え方が甘いな。
面白い話だし続きは聞きたいけど──それよりも。
足に籠めた魔力を爆発させ一気に加速。
それと同時に剣を薙ぎ、高速で跳びながら
「はぁ!?」
獣人型が驚きの声を上げると共に、先程までのノーモーションではなく、引っ搔くような指の動きを見せた。
ヒュゴッ!!と突風が吹く。
動作ありの方が威力は高い、と。
斬撃より早く動けば避けられるし別に怖くない。獣人型に対しそのまま左手に溜めた魔力を使って、今度は炎を放つ。
爆炎と表現して差し支えない量。
暗闇に閉ざされていたここではよく光る。
一瞬視界を潰せた事を利用し、本命へと方向転換。
走る中で張り巡らせた薄い膜に一瞬の乱れ。
「うおおっ!?」
勇ましい雄叫びと共にリーダー格が空間転移で割り込んでくるが、それは感知済み。
剣の無い左側に出て来たのはいい判断だけど、それも予想出来てる。
さっき斬り飛ばされたんだ、嫌なイメージがあったろ?
左手に露骨な魔力の集め方をしてそれを一発で放ったのはブラフ。
使い切ってチャージするためにワンテンポ置く、そう思ったな?
そもそも魔力を溜める必要なんて無いんだよ。
そっちがノーモーションで攻撃出来るのに、こっちが出来ない道理はない。
リーダー格の顔面に、左手から放たれた炎が直撃する。
追撃はしない。
どうせ空間転移なんて便利なものが使えるんだから戦線復帰は容易だ。獣人型の視界は炎で遮り、リーダー格は顔を炎で包まれて視界が見えない。
取れる。
黒髪に一歩近寄る。
表情には驚きと、諦観があった。
よく見れば足元から白い骨のようなものが生えてきている。
──関係ない。
何かされる前に終わらせる。
剣を振り翳す。狙いは首、次点で心臓、最後に縦に割ればいくらエリートと言えど肉体の維持は出来ない。
動きに注視する。
魔力で強化した視覚が時を引き延ばす。
緩やかに流れる中で、黒髪が口を動かす。
か。
剣が首に向かっていく。
後方の二体が妨害を差し込んでくる様子もない。
このまま行けば間違いなく首を取れる。
す。
──足元の土から、白い骨だった何かが、鎧のようなものを纏いながら生まれてくる。
やはり黒髪が鍵だったか?
まだわからないが、これから先出会う事が無ければこいつが鍵だったと確信を持てる。判断は間違ってない。
祈るように手を胸の前で合わせ、目を瞑り受け入れるような姿になって黒髪は──口を動かした。
み。
────か、す、み。
瀬戸際で出て来た言葉。
最近、妙に耳にする、そして口に出して呼ぶ名前。
霞、この単語を声に出す理由がない。
一瞬、困惑で思考が埋まった。
謎だ。
わからない。
ただ、僅かな隙を生み出すには十分すぎる一言だった。
剣の振り下ろしが甘くなり、黒髪の喉を割く。
首を断つには至らず、半身まで鎧のスケルトンは出現していた。
殺れない。
情報も十分、上で耐えてる御剣くんの事もある。
……潮時か。
中途半端に現れ、黒髪を守るように動く鎧のスケルトンを蹴り飛び退く。
リーダー格と獣人、どちらも今の攻防は見ていない。
あの発言の真意、そしてスケルトンを生み出す能力。
一体の首も取れないのは惜しいが……
「置き土産だ」
開けてきた穴に飛び込みながら、空洞へ大炎球を放つ。
傷の一つでもつけられてれば丸儲け。
僕の戦闘能力をある程度晒してしまったが、致命的なものは何一つ出してない。情報は抜け出せたし十分すぎる戦果だ。
しかし、疑問は増えた。
これらに関しては鬼月くんらと話し合って探る必要がある。
ただ一つ言えるのは──50年振りの戦いは、こちらの勝利と言えること。
誰も死なず。
何も失わず。
次は確実に殺る。
だから今は、対策をすることが出来るという事実に喜ぼう。
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