第114話

 すごい難産だったので後から修正するかもしれません。










 勇人とデュラハンがぶつかり合う前、まだ剣技の応酬を繰り広げている頃まで時刻は遡る。


 ビュンビュンと風を切りながら、大穴から人影が跳ね上がってくる。


 地面に着地し蹴り、また天井の大穴目掛けて跳ぶ。


 そんなことを幾度と繰り返しながら、足を蹴り宙を跳ぶ張本人──九十九直虎は、肩に抱えた人間に対しなんて事のない様子で尋ねた。


「乗り心地はどうですか?」

「か、かなり最悪ね……」

「あはは、ごめんなさい! でも全力でいかないとやばい感じがするので、急ぎますね!」


 雨宮姉妹(妹は失神中)を抱えた九十九はダンジョン中腹あたりまで到着していた。

 勇人が空けた穴はものの見事に最下層付近まで続いており、来た道を折り返しているだけなのだが、それでも倍以上の時間がかかっていた。

 落下するだけだった行きと登っていかなければならない帰り。

 如何に身体能力に長けた九十九とはいえ、人を二人抱えて不自由な状態での跳躍になるため少し消耗していた。


「っ、ふぅ──」


 一呼吸入れて、跳ぶ。

 いくら低難易度のダンジョンと言えど、その深さは侮れない。

 失神中の霞に被害が及ばぬように苦手な手加減を加えているが、すでに一分は上に向かって跳び続けている。

 足に疲労が溜まる。

 抱えた両腕も疲れてきた。

 勿論一級試験には極限状態での活動も含まれていたので多少の心得はある。

 それでも疲労は誤魔化せない。

 それに加えて、今回はダンジョンの中を逃走しているのだ。

 いつ背中を狙われるかわからないため常に警戒した状態でいるため感じる疲労も倍。嫌な感覚を背筋で感じ取りながら、九十九は思案する。


(来る。絶対に来る。取り戻しにくる、来ない訳がない。獣人型、亜人型、どっちかわからないけど確実に襲いかかってくる)


 そう考える表情は険しい。

 普段見せる快活な様子は形を潜め、戦士の姿がそこにはあった。


 九十九直虎一級探索者。

 明るく実直でやや幼さが強く、周囲に愛されている女性。


 そう思われるように、彼女は振る舞ってきた。


 ──幼い頃から力が強かった。


 うっかり物を壊した。

 それはかつての動乱で亡くなった祖父の形見だった。

 その後、私達では育てられないと嘆いた両親の元を離れ施設に入ることになった。


 うっかり人を傷つけた。

 公園でボール遊びをしている最中、本気で投げた球が施設の子供の首を捻り危うく人殺しになるところだった。

 それ以来子供に混じって遊ぶことを禁じられた。

 それどころか一日中勉強をしていなさいと言われた。

 不満はなかった。

 自分のやったことがダメなことだったと、漠然と理解したから。


 それから努力をした。

 子供ながらに自分の身体と向き合うことを選んだ。

 近寄ってはいけない子供だと施設で指さされていたから一人で頑張った。苦しかった。けど恨みはなかった。何かの弾みに痛みを与えてくる人なんて願い下げだと、自分でもわかっていたから。


 頑張って、頑張って努力して……何も実らないまま成長した。


 施設で親代わりを務めてくれた人が、探索者の道をおすすめしてくれた。


 自分のように強い人がなる仕事だって。

 そこなら貴女のことを見てくれる人がいるかもしれないって。

 恐怖や不安があるのは瞳からわかったけど、しっかり自分のことを育ててくれた良い人だったと彼女は思った。


 そして養成校に入学した。

 実技試験にて、過去最高の数値を叩き出し世間をざわつかせた。


 それでも彼女は天狗にならなかった。

 自分よりすごい人がたくさんいる世界だと思っていたから。


『私くらい簡単に抑えれる人がたくさんいる』。


 そう、思っていた。


 ──教員を再起不能にしてしまった。

 養成校の担任が全力を出していいと言ったから本気で練習用の武器を振ったら、教員は下半身付随の大怪我を負った。

 元四級探索者で実力のある人だった。

 良い人だった。

 親身になってくれた人だった。

 授業が終わって居残り練習をする九十九に気にかけてくれて、現役時代の人脈を使って現役の三級や二級の探索者からアドバイスを募ってくれた。


 そんな人を壊してしまって──彼女は折れた。


 心が耐えきれなくなった。

 優しくしてくれる人ばかり不幸になる。

 全て自分のせいで。

 自分が力を制御出来ないせいで。

 その事実が、九十九直虎という女性の人格を捻じ曲げていく。


 つらい。

 悲しい。

 切ない。

 申し訳ない。

 自分のせいで。

 怒り。

 情けない。

 嫌い。

 自分が。

 役に立たない無能が。

 頭の悪い自分が憎い。

 自分のことすらわからない自分が。


 だから彼女は自分に蓋をした。


 九十九直虎はバカで明るくて実直で、力を制御出来なくても愛すべき愚か者だと思い込むことにした。


 元来の己は奥に閉じ込めた。

 そうでなければ壊れてしまうから。

 折れて、もうあとひと押しあれば自分は人ではいられなくなる気がした。

 現実から目を逸らすために、己を欺くために人格を自分で捻じ曲げた。


 そうして出来上がったのが九十九直虎だ。


 気負わず、明るく、前向きで純粋無垢の子供みたいな女。


 それが、それこそが、九十九直虎だと。


 考えないようにしていた。

 これ以上現実を見れば耐えられないから。

 自分はバカだと思い込むことで、わからなくてもしょうがない、出来なくてもしょうがないと自己正当化した。

 その間も努力は欠かさなかった。

 武器を握らなかった日はない。

 そうすることが習慣だったから。

 実ることのない努力を直向きに重ねてきた。

 ずっとずっと、愚かな自分が憎かった。

 不器用で、まともに自分のことも理解できない自分のことが。 


 そんな時、出会った。


 勇者と呼ばれた男性。

 五十年前、顔も見たことがない祖父が没した戦いで世界を救う活躍をした人。余裕たっぷりに、軽口まで混ぜて見たこともない敵と戦う、圧倒的な人物。


『流石は勇人さんだな……九十九、お前たち若い世代はこの人に負けないように喰らい付いていけ。俺たちも踏み台にしてな』

『……………………』

『……九十九?』


 毛利上司の声も気にせず、思わず映像に見入った。


 敵と思われる三人の人型モンスター。

 空間転移や斬撃の集中砲火を浴びながら、彼は余裕で勝ち逃げした。

 その姿に打ち震えた。

 思わず蓋をしていた元の自分が溢れ出すほどに。


 会いたかった。

 この人なら、きっと何かわかるんじゃないかと期待した。

 だってこんなに凄い人なんだから。

 身体能力も、魔力も、戦う能力も九十九直虎では足元にも及ばない。

 それがわかったからこそ、かつて願いそして封印した筈の思いがこぼれてしまった。


『きっと、私くらい簡単に抑えてくれて、どうすればいいかも教えてくれる』と。


(──我ながら、なんて身勝手な願いなんでしょうか)


 思わず想起してしまい、彼女は自嘲する。


 浅はかな願いだ。

 他力本願で自分でどうにかできると思ってない、情けなさに溢れている。


 こんな力欲しくなかったと嘆いた回数は数えきれない。

 石を粉砕する自分の手を眺め、吐いた息はどんな感情が籠っていたのか。

 きっと誰にも気が付かれてないと思う。

 気が付かれないように努力したから。


 普通になりたかった。

 友達とショッピングなんかを楽しみたかった。

 ダンジョンに潜って殺し合いなんかせず、両親の元で成長して、学校で出会った男の子と付き合って、甘酸っぱい青春を過ごしたかった。

 叶わなかった。

 何も……何一つ。 


『生まれ持ったものは変えられないんだ、良くも悪くもね』。


 出会った勇者はそう言った。

 まるで身に覚えがあるような言い方だった。

 少しだけ引っかかって、こっそり霞に話を聞いた。


『え、勇人さんですか? あの人かなりめんどくさいですよ』

『め……え?』

『上っ面はめちゃくちゃ取り繕ってますけど、あの人心の中で凄い卑下して自分を罵ってますからね。……その理由もわかりますけども』


 衝撃だった。


 いつも笑みを浮かべていて、余裕たっぷりで、なんでも出来るって態度のあの人が?


 自分を罵っている?


 あの態度は取り繕ったもの?

 上っ面を取り繕って、心の中で自分を罵っている────まるで、九十九直虎みたいだと思った。

 思ってしまった。


(斬撃が飛んで来たら避ける。転移してきたら距離をとっても意味がない。戦うしかない。逃げは選べない)


 世界を救った勇者にすら悩みがあって、後悔がある。


 大切な人が見つかった彼はひどく浮き足立っていて、それでも決して冷静さを失っていなかった。

 きっと最悪の想定もしている。

 自分で手を汚すことも覚悟している。

 それがわかったから、九十九は蓋をしていた自分を使うことにした。


 未熟で、役立たずで、無能な自分。

 そんな自分でも頼りにされている。

 否、ここには九十九しかいなかった。

 ならばやるしかない。

 未熟で役に立たない自分が役に立たなければならないのだから。


「──っ!?」


 目の前に突然拳が飛んでくる。

 それを避ける事もできず正面から殴打をくらい、彼女は数十メートル吹き飛んだ。

 だが肩に抱えた二人は決して離さず、身体能力のみで身体を捻りなんとかダンジョン中腹へと滑り込む。


「チッ、落ちなかったか」


 滑り込んだ先で聞こえた声。

 空間転移の能力──間違いなく以前見たあのエリート個体だと確信し、大穴付近へと即座に跳んだ。


「やるじゃねえかお嬢ちゃん。殺す気で殴ったんだが……」


 映像で見た通りの男だった。

 軽薄なニヤけ面に人並外れた体躯。

 空間転移の能力を持つ、高宮を素体としたエリート個体。


「悪ぃが、そいつは返してもらう。俺たちの計画には必要不可欠なんでな」


 雨宮紫雨は無言を貫いた。

 雨宮霞は衝撃で目を覚ましたが状況把握が終わってない。

 

(ここで足止めをしたところで、空間転移によってすぐに追いつかれるのがオチだ。となれば残された手は…………)


「なるほど。それは残念でしたね!」


 二人を抱えたまま、九十九は声を張る。


 殴打を浴びて鼻から血が流れる。

 だがそれだけだ。

 大したダメージではない。

 やれる。

 両腕が使えない。

 やるしかない。

 二人を抱えたまま、空間転移の使い手からなんとかして逃げる。

 やれなければ、ここにいる意味がない。


 頼むと言われた。

 未熟で役に立たない自分に。

 力の制御もおぼつかない自分を信じてくれた。

 命を張る理由はそれだけで十分満ち足りた。


「私は強いので、貴方程度片手間に対処出来ますから奪えませんよ!」

「ははっ、言うじゃねえか」


 実力不足。

 格の違いは感じている。

 まともに戦っても勝てない相手が、ハンデを負った状態で全力で殺しにくる。


 それでも彼女は虚勢を張ることを選んだ。


 決して実っていなくても、ここまで積み上げた何かがあるから。


 その何か・・に突き動かされるように九十九直虎は不敵に笑った。


 気負わず、明るく、前向きに。

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