第113話
炎剣を振る。
宿った業火がダンジョン内を切り裂く。
それは最早炎と呼ぶには苛烈すぎて、炎が触れた部分をバターのように容易く溶かしていく。
「龍王の吐息さながらの魔術、実に見事!」
「魔術じゃないけど、称賛は素直に受け取っておくよ」
龍王の吐息?
直訳でドラゴンブレスだが、そういう意図で言ってる訳じゃないと思う。諺だってならまあ、理解できるけど……
しかし、当たらないか。
音速を超えてる訳でもないしそりゃ当然と言えば当然。
デュラハンの機動力は甘く見積もって不知火くんと対抗できる程度はある、つまり、雷速であっても彼は追随可能だと言う事。
これが全力じゃないだろう。
こいつは何に秀でている?
それを見極めろ。
敵を知らなければ最適な手は打てない。
いつだって、僕はそうして戦って来た。
と、なると……
剣の炎は暫く燃えてるだろうからそのままでいい。
速さはかなりのもの。
接近戦も剣技で上回っている。
魔力量は僕の方が多いが、切れるのを待てるほどではない。
そもそも魔力切れなんてここじゃ狙うだけ無駄だ。
ダンジョンには魔力が充満している。
連中はそこら中から補充できるだろう。
剣を構え直し、突撃の動作を取る。
例え剣技で負けているからって戦いに勝てない訳じゃない。
少なくともさっきの攻防でわかったのは身体能力では僕が上回ってる事。魔力性質の変化による魔力放出……ああ、わかりにくいな。
ここはこいつの言った魔術とやらを使わせてもらおう。
魔術に関しては、多分僕の方が上だ。
出力も小手先の技術もどちらも僕に軍配が上がる。
五十年前戦った連中を思い出しても、僕らみたいに全ての水や炎、雷への変質が行えているのは居なかった。
鯨は魔力を水に変換させてたっけ。
種族によって得手不得手があるのか?
要研究と行きたいが、僕も雨宮紫雨も人としての自覚がある。
謎だな。
話が逸れた。
つまり、魔力量で勝り魔術勝負で勝っている僕は、接近戦の不利をある程度補えると踏んだ。
接近戦ではあるが、それはあくまで形式上。
本質は魔力による一撃の奪い合いになる。
いや、無理矢理そうする。
そして恐らくこいつは、それを理解した上で乗ってくる。
「ふぅー……」
一つ息を吐きだした。
あくまで操れる量で良い。
魔力は惜しまない。
幸い、周りに魔力は腐るほどある。
最悪それらを吸収しよう。
──ゴッッッッ!!!
魔力、そして魔力から変質させた魔力を足元と背後で爆発させる。
急加速。
生み出した爆発の全てが推進力へと変わる。
タイミングを合わせ踏み出した事で加速は爆発的な勢いで上昇し、容易く音の壁を超える。身体強化を施さずともソニックムーブに耐えられるのだから、モンスターの肉体は計り知れない強さをしている。
「接近戦か! いいぞ!」
勢いを殺さないまま乗せた剣を、上段から叩きつけるように振る。
先程のような甘い一撃じゃない。
存分に込めた魔力に炎と化した爆炎、そして音の壁を超える程の速度。
「悪いけど、正攻法じゃあないんだ」
デュラハンの剣とぶつかり合う──刹那。
──ドドドドドッ!!
焔が爆発する。
視界全てが爆炎で埋まる中、怯まず前に踏み込む。
顔面が焼けるが回復しながら無理矢理進む。
肉体の内側まで強化するのは意味が無い。
だから爆炎の影響も、燃え盛る煙を吸って内臓が焼けるのはしょうがない。
「ッ、フゥ……!!」
レーダーを展開する事でデュラハンの位置が変わってないのは把握済み。そして恐らくそれは向こうも同じだ。
互いに炎を突き破り、剣と剣がぶつかり合う。
衝撃で周囲に暴風が生まれるのも気にせず、すぐさま次の動作へと移る。
単純な剣技での戦いでは不利──ならば、剣で左右されない戦いにするだけだ。
剣は右腕一本でいい。
基本的なスペックでは奴に勝ってる。
押せる部分で押して不利を誤魔化す、格上相手の鉄則だ。
ガギィンッ!!
断続して鳴り響く金属音。
問題なく敵の剣速に着いていけている。
その実技術の欠片も無い力押しだが、素の身体能力+魔力強化でゴリ押してるのだから追随出来ねば困るというもの。
あとは僕の火力が通用するかだが──これが中々どうして、渋いね。
空いた左手で火を叩きこんでるが、全くデュラハンに堪えた様子がない。
……ふむ。
少しばかり気になる事がある。
今僕はそれなり以上の魔力を込めた爆発をさせたんだが、デュラハンにダメージが入ってる様子はない。
避ける動作すらなかった。
つまり全く意味がない攻撃だったということ。
しかし先程の炎剣による斬撃は回避したので、そこに答えがある気がする。
「考え事か?」
余計な事はするな考えるな、そう言いたげな声色と共に至近距離で放たれる漆黒の魔力。
これは──あ、受けちゃダメな奴だな。
急いで全身を魔力で覆うが、僅かに影響が残ったかもしれない。
デバフ系って言うのかな。
エリートの出してる瘴気と同じ類だ。
そんでもって、その間にも剣による攻撃が飛んでくる。
これは受ける。
剣技に変化はなく、特別な奥義とかはまだ切ってこない?
出し惜しみしてる訳ではない……いや、どうだろう。
こっちの実力次第で出すタイプだと思う。
「はあっ!!」
漆黒の魔力を打ち消す為に強引に魔力波を放つ。
物理的な破壊力も相まって周囲の大気を蹴散らしていくが、デュラハンは変わらずそこに居た。怯む様子もない。
この攻撃は効かないだろう。
ならこれはどうだ?
炎剣を燃え滾らせ、感知しにくいように左腕に魔力を集中させる。
こいつは恐らく──
「っ……!」
勘付いたのか、かなり有利な接近戦だったのにデュラハンは距離を取った。
ああ、なるほど。
やっぱりこれが正解か。
地味に与えられた傷を回復しつつ、僕は一歩歩み寄る。
「君は多分、デュラハンとしての特性を活かしながら接近戦でゴリ押してくタイプだ。硬い・不死性・弱体を齎す瘴気……持久戦が好みだろ?」
「……さて、どうかな?」
「おいおい、さっきと声が全然違うじゃないか。もっと楽しそうにしなきゃ」
全然追い詰めてはいないがハッタリは重要だ。
五十年前のエリート共と違ってこのデュラハンは会話を好んでいる。
あいつら、見下してばかりで全然会話にならなかったもん。
こいつは違う。
僕の事を敵だと認識している。
そして、『勇者』という存在を知っている。
これまでの敵と同じでありながら、明確に違う。
「持久戦が好きなのは、実はこっちもでね。というか、僕に苦手な戦いは無いんだ」
火力勝負も技術勝負もなんでもござれ。
戦いにしか才能が無い僕は、戦う事に関してはこの世界で五十年のブランクがあったにも関わらず未だ最上位に座っている。
だからわかる。
こいつもそうだ。
同類だ。
この首無し騎士は、戦う事にしか興味が無いんだと。
人類への殺意だとか、侵略だとか、きっとそんなのはどうでもいい。
こいつは正真正銘不知火くん以上に振り切った戦闘狂だ。
「そして君は耐久力に関してある程度の制約がある。爆発を受けたのは失敗だった。受けて良い攻撃と、受けてはいけない攻撃があることをハッキリ漏らしちゃったんだから」
このデュラハンの性能は分かりやすく言えば、そこそこ硬くデバフを撒き散らす不死の騎士。
中途半端な攻撃じゃ通用しないし、大振りの攻撃はいなす技術がある。
じゃあどうするべきか?
目一杯の火力を込めた通常攻撃で粉砕すればいい。
どうすればいいのかわかる相手なら僕の敵じゃない。
だって、戦ってればそのうち勝てるんだから。
「僕は勇者だ。この名にふさわしくなかったとしても、そう名乗ると決めた。気に入らないかい?」
「…………いいや」
カタ……と僅かに鎧の擦れる金属音を鳴らし、一瞬身震いしてから、デュラハンは答えた。
「それでこそ勇者だ」
「そっか。なら良かった」
その言葉を皮切りに、僕らは再度激突した。
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