第112話


 デュラハン。

 屍の王リッチともまた違うノーライフ・キングの一角として僕らの世界では認知されてる。首無し騎士と書くのが割と一般的だが、このデュラハンと名乗った黒騎士はそれに当てはまらない。


「うおおおおおっ!!」


 猛り声と共に大剣を振り抜いてくる。


 こちらも剣で受け止めるが、重い。


 ──ズガアアッッ!!!


 衝撃が突き抜け砂塵が舞う。

 ダンジョンの壁はビクともしないが、威力は非常に高い。

 少なくとも只人の身で受ければ爆散するだろう、跡形もなく。


「はははっ! 流石は勇者・・! この程度は難なくか!」


 そのまま、目にも止まらぬ連撃──見えてるけど──を立て続けに放ってくる。


 それらを全て刀身で受け、流し、逸らしつつ剣技を学習していく。


 まず基本的な話だが、僕とこのデュラハンでは剣技に圧倒的な差がある。

 少なくとも今の僕では太刀打ちできないくらいの格差だ。


 先程の発言からも察するに、どうやら向こう・・・にはれっきとした技術体系が存在するらしい。


 これは中々、バカに出来ない事だ。

 漏らした情報は非常に大きい。

 元々侵略行為を行っていたから何となく察していたが、奴らには母体となる何かしらの世界が存在する。

 そこで暮らしてる存在がこちらへ来た?

 こんなのがうじゃうじゃいるとか、最悪だろ。

 絶対独裁政治が敷かれてるに違いない。

 王様の名前は魔王だな。


 おおよそ10合ほど重ねたところで、一度後方へと飛び退く。


 接近戦の練度は大体把握した。

 五十年前戦った連中との差も、何となくわかった。

 あまり時間はかけない方がいいんだけど……一瞬で倒せる程甘い相手じゃない。昔みたいに油断してくれてるならまだしも、こいつは僕の事を明確な脅威だと理解している。


 勇者、ね。

 このワードを聞いてこいつはやる気になった。

 ここでも・・・・……

 ふーむ、まだ結びつかないな。


「くくっ、どうした。もう降参か?」

「まさか。色々考えなくちゃいけない事が多くてね、君だけに集中していられないんだ」

「つれない事を言う。強者との手合わせ以上に優先するべきことなど無いだろうに」

「不死を満喫するには若すぎるのさ」


 軽口を叩きながら、今回の方針を定める。


 まず討伐、これは無理。

 無理をすればやれるかもしれないけど、今回の本命は雨宮紫雨の回収だ。上に行ったメンバーのうち一人が残って戦闘中だが、恐らくこれは瀬名ちゃんかな。

 守り粘るという点で彼女は卓越した技術を持つ。

 九十九ちゃんが増援として行き来する程度の時間は屁でもない。

 勝利条件は雨宮紫雨を確保した上で全員生還する事。

 この際討伐の有無はどうでもいい。

 とにかく生き残る事だ。


 敗北条件は雨宮紫雨の確保失敗、そして一級探索者達の死亡。

 霞ちゃんの魔力が上に逃亡したのは確認済みだ。

 ンン~~……


「…………よし、決めた」

「……む」


 無理はしない。

 やれるラインを狙っていく。

 まだ昔のように滅茶苦茶やるには早い。何より、考えなくちゃいけない事が多すぎるんだ。あの頃みたいな戦い方をすれば皆に迷惑がかかる。

 安全に、リスクは取らない。

 削れるだけ削ってやろうじゃないか。


 魔力を右手に籠める。

 剣は左手に移した。

 右手の魔力を、全て炎に変換。

 圧縮して圧縮して詰め込んで、あの日空に放った魔力球のように、爆裂するように細工を施していく。


「──ッ、貴様、魔術師・・・・だったのか!?」

「魔術? へぇ、君達はこれをそう呼ぶのか」


 嘲れば、デュラハンは思わず言ってしまったという様子を見せる。


 ……ダンジョンが現れた理由。

 その一角はこの発言にあると確信した。


 そしてふと思う。

 かつて存在したであろうエリートは全て僕達が屠った。

 デュラハンという存在が居たかは知らないが、もっと多種多様なモンスターが居たのは覚えている。


 なぜあの時襲い掛かってこなかった?

 どうして未熟な状態の僕にトドメを刺しに来なかった?

 やらなかっただけ?

 それとも、やれなかった?

 そもそも──この世界に居なかったんじゃないか?


 何か……そう、何かだ。

 あと一つ何か揃えば、僕はこいつらの真実に近付ける。

 あの戦いがなぜ起きたのか。

 どうして僕らが戦わなくちゃいけなかったのか。

 なぜ皆苦しみ死んでいったのか。


 心の奥底に潜んでいた、燻る不快感が喉元までせり上がる。


 天秤にかけたリスクは────覆った。


 手に集めた爆炎を剣に纏わせる。

 最早それは焔というには眩すぎる光を放っており、目で捉えるのが困難なほど。所有者の僕が嫌だと感じるんだから、純粋なモンスターであるデュラハンにはもっと効くだろう。


「気が変わった。君はここで始末する」


 こいつは逃すべきじゃない。

 この戦いを見ている奴がいるかもしれないが、そこも飲み込もう。

 介入してきて邪魔されるならそれはそれでいい。

 必要なのは、上から意識を逸らす事だ。

 逸らしてこちらに戦力を集中させて、全部叩き潰す。


「────そうだ、それでいい! 異世界・・・の勇者よ! 全くその通り! 勇者とは、そうであらねばならん!!」


 一体何が面白いのか、デュラハンは心の底から楽しそうな声で叫ぶ。


「やり合おう! 不倶戴天の存在である我々が死ぬか、天に愛されたお前が死ぬか! 命尽きるまで、存分に!!」


 その刹那、視界が漆黒に染まった。

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