第142話
迷宮省に備え付けの多目的試験場にて、僕ら三人と他数名を合わせた十人近い人間が集まっていた。
ごちゃごちゃとした機材も持ち込まれているが、その中でも特に目を引くのは多数の武器が立て掛けられた武器棚だろう。
剣に槍、斧に刀と多種多様な近接武器が並べられている。
「へぇ、ここから選んでいいの?」
「構わんぞ。どうせ使わんしの」
「それじゃ遠慮なく。えー、どれ使おうかな。やっぱり使い慣れた小太刀くらいのがあるといいんだけど」
「本当に遠慮ないな……」
「……すまないな、頼光一級。復活してから少し愉快な性格になったようで」
「暗く塞ぎ込んでるよりかはよろしいでしょう。さ、土御門さんもどうぞ」
「ありがとう、助かる」
遠慮なく武器を物色しに行った澪と、感謝を伝えながら武器を見繕いに行った香織を見送りつつ、隣に立つ頼光くんに話しかけた。
「……君、もしかしてあんまり忙しくないの?」
「なんと失礼な! ……と、言いたいところですが、息子と比べれば無職同然と言えるでしょう」
「ていうか……本当は忠光くんだけで回せるんだろ。でも黙ってても暇だから仕事してた、そんなパターンだったりしない?」
「ハッハッハ」
忠光くんが僕らの対応をしてくれるのはわかるんだよ。
毎日毎日担当してるわけじゃないし、鹿児島ダンジョンの一件で最高責任者クラスの彼が出張ってくるのは当然。
香織の件もそう。
どう考えても彼が出張ってくるべき案件だ。
紫雨くんだってそこら辺の責任者を一人ポンと寄越すだけでは対応出来ないだろう。僕と違いエリートモンスターとして蘇った人間の力を試し、僕の能力を増すための確認実験なんてリスクが高すぎる。
そして澪だって、そうだ。
僕に従い敵意を一切見せなかったのだから危険性は相対的に低いけれど蘇った意志を持つモンスターというのは変わらない。いざって時の命令権は高ければ高いほどいい。
だが今回はどうだろうか。
単に武器の調達とちょっとした手合わせをする、という名目でここを借りている。
僕が何か危険を冒すわけでもなく、むしろ、僕がいるからこれ以上の戦力は必要ないとすら言える。だから忠光くんは来てないし、迷宮省のお偉いさんも来てない。今パーティーを組んでる二人だって来てないんだ。
なぜか頼光くんが来ている。
しかも家からたくさんの武器を持ち込んでいる。
「やってる事が完全に老後を持て余したわんぱくジジイだよ」
「儂ジジイじゃもん」
ずいぶんいい性格になったなホント。
頼光くんはおもろしジジイ。
澪は抜き身の刃見たいな全方位敵対マシーンだったのがすっかり無くなってるし、五十年生きてなんの進歩もしてないのは僕だけだったらしい。
寂しくなるね。
「そういえばさ」
「なんですかな?」
「頼光くんの得物はどんなものなんだい」
昔の頼光くんは棍棒を扱っていた記憶がある。
実際モンスターにただの刃物って全然通らないしね。
魔力を通した攻撃なら通用するが、そうではない武器はすこぶる相性が悪かった。
今になって思えばそれは当然である。
魔力という万能のエネルギーで、魔力を介さない攻撃に対して防御を高めていたんだと思う。魔力の存在しない世界に侵略するならとても合理的な判断だ。魔力技術的にも可能だろうし、現代と比べてもまだ技術面で上回っている可能性はある。
銃弾も効かず、戦車やら砲撃やら重火器クラスでの攻撃でなんとか戦いになる相手に対し僕ら人類は次々と追い詰められていった訳なのだが──頼光くんというイレギュラーがいた。
彼は肉体の強さだけで勝負していた。
多分僕も出来ただろうけど、これに+して魔力があったから僕の方が格上ではあった。けれど他に真似出来る人がほぼいない怪物なのは間違いない。
頼光くんは少し恥ずかしそうに頬を緩めて話し出す。
「あの頃は未熟でした。叩き割ることでしか戦闘を行えませんでしたから」
「倒せてたからいいでしょ。ビルの倒壊に巻き込まれても生きてるモンスターをぶん殴って殺してるのを見た時は驚いたけど」
「はは、それを貴方が言いますか。素手で屍の山を作った貴方が」
「大袈裟だなぁ。山なんてもんじゃないって」
香織とあった時のアレか。
まあ、インパクトはあったからね。
街を襲ってきたモンスターを殺し続けてたらいつの間にか一戸建てを優に超えるくらいの死骸を積み上げていた事があった。
やりたくてやった訳じゃないんだよ。
死体が残ってもいい事ないし、その中に生きてるのが混ざってたら危険だしさ。
でもあの時は孤軍奮闘っていうか、戦えるのが僕しかいなかったから……戦闘が半日くらい続いたせいで捨てに行くことも出来なかったのが原因だ。
その後香織と出会ったので僕にとっても印象深い。
「流石に全盛期はとうに過ぎているがゆえ、今はこんな小手先の武器に頼っております」
そう言いながら腰から抜き取ったのは、刃を潰した剣だった。
ただし、柄も全て金属で出来ている。
「叩き潰すには不便ですが、ぶん殴って突き破る分には困りません。それに……」
「それに?」
「デカブツは
拳をぐっ、と握り締める。
浮き出る筋肉は凄まじく、とても老人とは思えない頑強さが窺えた。
「流石は頼光くんだ」
「まあ、エリート共には通用せんでしょうが」
「そうかな? 弱めの相手なら殴り殺せるんじゃないかな」
「強い奴は?」
「甘く見積もっても一撃入れた後に殺されるね」
僕の中での強いやつとはあの鯨が位置している。
頼光くんが相対したとすれば、容赦ない砲撃で即死だろう。
あれだけの巨体にあれだけの魔力、よくもまあ殺し切れたもんだと昔の自分に言ってあげたいくらいだ。
「時間稼ぎもままなりませんか?」
「難しいかな。概念に手を出してない限り魔力の暴力による蹂躙が一番強いから、僕の全力に耐えれるなら可能性はあるよ」
「それは無理ですなぁ」
「そういう相手は僕に任せてくれればいいのさ。そのうち僕よりも強い子がポンポン現れるって」
「それは……どうじゃろか……」
ジジイ言葉に戻った頼光くんの呆れる目線を受け流しつつ武器を選んでる二人に目を向ければ、ちょうど選定が終わったのか、二人ともこちらへと戻ってきている最中だった。
「香織はやっぱり槍か」
「ああ。やはりこれが一番手に馴染む」
手慣れた手つきで槍を振り回す姿に不安はない。
なんでもまだ令嬢だった頃に趣味で教わっていたそうだ。なんか特別すごい技を持っているとか、流派の奥義を知っているとかそんなことはないけれど、最低限槍の使い方は知っていたらしい。
「非力な女でも槍ならば戦いやすいからな」
「合理的だね。それで澪は……変えるのか」
「そりゃそうよ。五十年間ずっと剣と盾だったのに、今更二刀流なんて使わないって」
彼女は左手に籠手を嵌め右手に剣を握るスタイルだ。
僕が五十年間スケルトンに強要していた戦闘スタイルと一緒で、違うのは盾の有無のみ。
「ま、見ときなさい。勇人以外に負けるつもりはないから」
「大きく出たな。不知火くんに勝てる?」
「んー……微妙。でも勝負になるとは思う」
澪が虚勢を張っている、というわけでもない。
つまり本人的には勝負を成立させる自信があるんだろう。
……あっ。
そうか、それか。
スケルトン時代の戦闘方法を思い出して、確かに対抗出来るなと思い直す。
ていうか……もしかしなくても、今の澪ってかなり強いんじゃないか?
「大丈夫。もう試したから」
「ああ……出来たんだ」
「そゆこと。暫くは優位取らせてもらうわ」
ふふんと気分良さげに剣をブンブン振り回す澪を見ていると、隣にいる頼光くんがこそっと話しかけてくる。
「勇人さんや」
「ん?」
「それくらいなら儂は応援するからの」
「……? ああ、うん。ありがとう……?」
え、なんの話?
視線の先には澪がいる。
別に変な様子はないので、よくわからない話を勝手に応援されているなぁと疑問を抱いた。
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