第165話

「やっぱり僕としてはさ、月並みな表現だけど両手の範囲にあるものくらいは守りたいわけだ。それくらいのことを願っても許されるくらいの強さはあると思ってるし、そのくらいの贅沢はしてもいいと思ってる。──まあ、何一つ守れなかったんだけど」


 困った話だ。


 何よりも守りたいと思ったものは全てすり抜けて行った。いや、最初からこの両手には何もなかったのかもしれない。


 守れると思い上がっていただけだった。

 仲間達は守られることなんか望んでなかった。

 そんなことはわかっていたけれど、それでも守りたいものがあった。全ては過去の話、過ぎ去って思い出の中に残る話だ。


 だけど、その事実は僕の心根を穿つには十分すぎる鋭さを持っている。


「次は守れるようになりたいんだ。先日の戦いで実感したけど、どうにも僕はそういう感覚が鈍いらしくてね。なんか届かないんだよなぁ」


 幸い今は仲間がいるから大丈夫なんだけど、それでもやっぱり自分の手で守りたいと思ってしまうのが男の性だ。


 僕に男らしさというものが残ってるかどうかはさておき、是非視聴者の集合知をお借りしたい。


 きっとまだある筈なんだ。

 僕が思いついていない、僕でも出来るより良い方法が。


 :…………

 :えっと

 :う〜ん

 :すまん、霞行くわ

 :ごめんなさい

 :俺たちが悪かったです


「えぇ……」


 が、しかし。

 先程まで和気藹々とネタコメントをしていた視聴者達は皆降参していた。それどころか霞ちゃんの配信に逃げる人まで居た。


 由々しき事態だ。

 そんなにダメな相談だっただろうか。

 だってほら、他の配信を見ると結構気軽に気安く日常の雑談相談までしてるんだぜ? それなのに僕が相談しちゃいけないってことある?


 そも、僕のプライベートをひけらかせばおそらくは「くたばれハーレム野郎」だの「エロジジイ」だの「ロリコン」だの散々言われることになる。


 そんな行為は一切行ってないのに、だ。


 世間一般的に考えて女性四人と同じ屋根の下で男一人が暮らすのはもうそういう意味合いを持つからね。そこはしょうがない。全員そう言われることを覚悟している。


 そんなわけで日常生活を曝け出して相談するのは流石にリスクが高く、そうなると僕が話せるのは自分自身の事くらい。


 だから悩みを相談したのに……


 :またやらかしたのか?

 :おっ不知火

 :うおおおお不知火きた!

 :助けて! 空気が地獄!

 :割と来るよなこの一位

 :配信常連になりつつある


「あっ、ちょうどいいところに……」


 不知火くんは忙しいはずなんだけど、何故か普通の連絡先を通さず配信で顔を出すんだよね。霞ちゃんの配信にもよく顔を出す。僕らが出てくる以前の不知火一級と今の彼のイメージはかなり違うらしい。


 ちなみにサブスクはしてあった。


 :今度は何をやらかした


「いや、やらかしてないよ。ちょっと相談しただけで……なあ皆」


 :嘘は言ってない

 :やらかしてはいるだろ

 :あんな内容相談されても我々に出来ることなど何もなく

 :今日の晩御飯どうしようとかにしてください


「うーん、僕三大欲求がほぼ無くて味覚も薄いからその手の話が苦手なんだよね。あ、困ってるって話じゃないよ? 決めることがないから出してもしょうがないってだけだから」


 :…………

 :あのさぁ……

 :なぜ半年近く配信活動を行っているのに今更地雷を踏み抜いてしまうのか

 :味覚なし 性欲なし 睡眠欲なし 戦う覚悟あり

 :俺生きていけないよおおおおおお

 :このコメントは削除されました

 :悪いことは言わん、もう余計なことは言うな


「えぇ〜、そんなぁ……」


 横をすり抜けて霞ちゃんめがけて走って行ったモンスターを尻目に、落胆の息を吐く。


 せっかく現代で学んだ配信者ライフを過ごそうと思ったのに……。


「なんてこった。これじゃあ僕は真の人気配信者になれないじゃないか……」


 :このお方は何を目指していらっしゃる?

 :配信者の王に俺はなる! 

 :探索者の王なんだよなぁ

 :現在進行形で人類最強なんですがそれは


「僕なりに色々考えたんだ。僕は戦って君ら人間が心安らかに人生を過ごせるようにするのが仕事な訳だけど、それだけだと物足りないんじゃないかって」


 例えば香織や澪は迷宮省とコンタクトを取る窓口的な役割もやってくれている。

 少しでも仕事をこちらに寄越せと言われたのでお言葉に甘えて任せたら、僕よりやりやすいということで迷宮省が彼女らに連絡をするようになった。


 悲しいね。


 霞ちゃんは見ての通り全力で生きてるだけなのに配信で大ウケしている。素晴らしい才能と言わざるを得ない。羨ましいと思った。


 紫雨くんだけはまだあまり活躍していないように見えるが、リッチとしての能力が僕より上の時点で迷宮省から大量の仕事が投げられている。実はかなり忙しい。


 なので、あの家に住むメンバーの中で最もやることがない暇人は誰だと言われれば、残念なことに僕が選ばれてしまうのだ。


 勉強はした。

 各探索者試験の過去問題10年分を解いてすべて合格店を取れたからそっちの方面は問題ない。魔力技術関連は流石にセキュリティの観点から迂闊に触れれないのでどうしようもなく、出来ることといえば無駄に上手い魔力操作で人形を作って遊ぶ事くらい。


 街中でやったら人だかりが出来てしまってこれは禁止されたので、僕の得意分野が悉く封じられてしまったのだ。


 もう残された道は戦う様子を配信するくらいのもので、それでも見に来てくれる人には頭が上がらない。面白みが無いだろうと常々反省してる。


「技術的な面でコーチングみたいなことしようにも最終的に行き着く場所はアレ・・だしさ。需要あると思う?」


 そう言いながら霞ちゃん(がいるであろう)場所に指さした。


 今もなおモンスターの群れが群がっている最中であり、そして、次々と骸となって消えていく戦場だった。中心では台風の目となった霞ちゃんが必死に身体を動かして生を掴もうとしている。たまに思いっきり攻撃を浴びて悲鳴を上げてるけど、それもいつか慣れるだろう。

 痛みってのは慣れが大事だ。

 身構えていればなんとでもなるものだよ。


 :無いです

 :わ、私は聞きたいかも

 :無理すんなやめとけ、死ぬぞ

 :あれは常人がやれることじゃ無い

 :霞と同じ人を作ればワンチャンあるよ

 :やめとけ


「ああ、それはね。考えはしたんだけど積極的にやるべきことじゃないと思ったから」


 代わりと言ってはなんだが、魔力を利用した肉体回復に関する技術提供は行っている。研究は進んでいるそうで、自己再生の何倍もの魔力が必要になるが指の1、2本程度なら再生出来るようになってきたそうだ。


 だけどこれはまだ口外する許可が出てないので触れれない。


「もし僕に染められたいって人がいたら遠慮なく言ってくれ。必要になったら頼るかもしれない」


 :ヒョッ

 :あ、逝く

 :じゃあ染めてもらおうかな、なーんちゃって……あはは。

 :あっまた一級

 :九十九……嘘だよな……?


 香織直伝の決め言葉はうまく決まった。


 これであとは僕に面白い部分があれば良かったのになぁ。霞ちゃんみたいに愛される才能が欲しい。どうすれば彼ら彼女らを喜ばせてあげられるだろうか。


 わからない。

 研究した結果、僕の配信が人気なのは色んな要素が絡み合った結果だ。

 一概にこれがとても影響を及ぼしているってのは無いけれど、何か一つ欠けていたら然程持続性はなかったんじゃ無いかと思ってる。


 ファーストコンタクトで答えを出してしまったこと。直後に配信を行ったこと。迷宮省と協力する体制をとれたこと。関東でしばらく活動したのち、九州にて配信と育成を同時に行なっていたこと。香織や澪が復活したこと。


 ありすぎるんだ。


 どれもこれも僕の独力で成し遂げられたことじゃあない。


 ──僕の、個人的な考えだけど。


 おそらくこれからのエリートとの戦いは配信を付けて行うことになる。


 そっちの方が脅威度を伝えやすい上にわかりやすい。

 何より僕がくたばった時、即座に迷宮省および他一級探索者に動いてもらわなくちゃいけないからね。その場合香織や澪は紫雨くんが引き継ぐしやる事は多い。


 僕が死んだ時、次に戦うのは君らだ。


 それを決定的に知らしめる必要がある。

 誰も守ってくれない、自分達で団結して戦わなくちゃいけない。今の時代の人達ならその程度の覚悟はしてそうだけど……


 ま、一番大事なのは僕が負けないことだ。

 今更急激なレベルアップをするのは難しいけど、それでもまだまだやれることはあるはず。集合知で見つからなくても探す意味がなくなるわけではない。


 精進していこう。

 今度こそ、守りたいものを守るためにさ。

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