列島激震
第149話
「……どうしたものか」
捻れ角の男は呟く。
光の差し込まないダンジョンの奥底、未だ人類に観測されてない一部屋で彼は思案する。
「こちら側の最高戦力は残っているとはいえ、我々が自発的に動かせるような方ではない。自由に動かせる中での最高戦力は勝手にくたばった上に、残されたメンバーも残りわずか……万事休すと言ったところですか」
言葉とは裏腹に、彼の顔は無表情のままだ。
瞳も閉じているが特に戸惑うこともなく、まるで見えているかのように部屋の中を歩く。
(やはり、今回の遠征は
懸念していたことではあった。
第一陣、そして今回の第二陣。
どちらもある程度大きな領地を有する武闘派で占められている。
すでに世界統一を果たし、戦うことのない世界に退屈した強者も含めて送り込まれていた。
(武闘派を駆逐したかったとでも? まあ……統治としては間違えていない。太平の世に武官は必要ない、道理です)
第一陣は、本格的な侵略戦争だったから誰も疑問に思わなかった。
選ばれたのは人類侵略軍として活躍した武官ばかり。
軍を率いる者、単独での戦闘力に優れた者、知略に優れた者。
それぞれの分野において勲功を得たメンバーが集まりこの世界に向かった。それも魔力文明のないことがわかっている世界に対する侵略で、こんなのはすぐにでも終わるだろうと皆が思っていた。
──結果は違った。
【門】は開くのに莫大なエネルギーが必要になる。
一度開くのに必要な魔力はあまりにも膨大で、幹部級全員の魔力を合わせても足りない。それこそ異世界にて存在する魔力生成機が動かねば魔力を抽出するのは難しい。故に侵略中の地球側から開くことは出来ず、開くことの出来た異世界側では魔王が開くことを禁止した。
魔力は世界を動かすためのエネルギーである。
十分な戦力は送り込んだが故に、向こう側が安定し再度開くまでこちら側から開くことを禁ずる、と。
言っていることに筋は通っていた。
むしろ魔力文明のない世界にあれほどの戦力を送り込んで失敗すると思う方がおかしい。よほどの臆病者かおかしな妄想を抱えている者しかそんな想像すらしない。
だから救援を送らなかった。
全滅したことにも気が付かなかった。
何十年と経過しておかしいと勘ぐった者が魔王に訴えかけ、調査も含め念のためにと多数の武闘派が送り込まれたのだ。
それこそが第二陣。
つまるところ捻れ角の男やデュラハン、龍王らを含んだ数名のエリート達の事だった。他は現地で調達した死体ばかりで、異世界出身者で言えば限られている。
魔力が発見されてから半世紀しか経過してない世界が、自分達八星将は愚か大将級すらも屠る戦力を有している事実に頭が痛くなった。
(いくら魔王様といえどもこれを想定出来なかったのは仕方ないと言える。言えますが、こうも追い込まれると狙ってやったと勘ぐってしまいたくもなる)
すでに自分達の敗北は決まっている。
唯一人類に勝てるのは寿命くらいのものだが、それだって人類側に寿命関係なしの勇者がいるのだからどうしようもない。
もはや悪夢そのものだ。
(そう、勇者。またもや勇者だ。魔王様ですら肉を斬る選択をしなければ対処出来ない怪物が再来した。──もしも魔王様がこれをわかっていたと考慮すれば、辻褄があう)
かつての勇者は、魔王の魔術によってその場から姿を消した。
誰の攻撃も通らなかったのだ。
鯨王の砲撃も、龍王のブレスも、こちらには来ていない四天王の斬撃や殴打も何一つ通じなかった。全て弾かれ避けられ受け止められ、逆に一撃で行動不能にさせられた。
男にも苦い思い出がある。
目の前まで迫った勇者の一太刀を避けそこね、上半身と下半身が二つになるところだった。かろうじて命は取り留めたが、魔王が負ければそのまま人類の時代が訪れていただろう。
(世界征服が終わって我々は対立していた。武官と文官のいざこざは絶えず、僻地では領地の奪い合いも発生していたと聞く。もしも、もしも魔王様がそれらを解決するために、勇者を観測した世界を見つけ送り込んだとすれば……)
【門】を作ったのは魔王。
魔術という概念を鍛え上げたのも魔王。
魔王という名にはモンスターの王という意味の他にも、魔術を究めた魔導王という意味もある。
(世界を渡る大魔術を作れるのならば、別世界を視る魔術だって作れるのではないか?)
むしろ無ければおかしい。
観測もできない世界にどうやって移動する手段を作るのか。
魔王当人が発見し、そこに合わせた門を作成する。
おそらくそうして作られているのだ。
そうでなければおかしい。
そうだ。
初めから魔王はこちら側の邪魔者を処分するためだけに【門】を作ったのではないか?
戦いを求め統治のあり方をいつまでも変えない邪魔な武官を排除するために。
(世界一つを侵略するためという名目で送り込んだ武官は全滅した。第一陣だけならともかく、第二陣も含めれば被害は相当なものだ。これ以上送り込むリスクとリターンを考慮して撤退、門の撤去を選べばこの世界との繋がりは消える……)
そうなれば新たな世の統治は楽になる。
粛清という形で物事を解決したわけでもなく、あくまで勲功を求めた武官達が作戦に失敗したというだけだ。
新たな領地には文官として優れた者を送り込み改めて次の時代へと踏み出す。
半ば陰謀染みた思考ではあるが、あながち間違いではないと男は思った。
(…………確かめる必要がありますね)
最早この世界を侵略するという気力はない。
殺されないようにどう立ち回るかを考えているくらいだ、そこはどうでもいい。だが、自分の生まれた世界に対する執着はまだ残っていた。
(口に出せば最悪魔王様が見ているかもしれない。これからは最悪を想定して動くべきだ)
魔力をかき集める手段はある。
どうにか悟られないようにするためには注目を己ではない別方向に寄せる必要があり、そのための最終手段がまだ残っていた。
(龍王バナダクト。あなたにも協力してもらわねばなりません)
男は立ち止まる。
目の前には、大きな扉があった。
禍々しい装飾のなされたそれは、彼らが門と呼ぶ異世界へと繋がるゲートである。
(
「……援軍はやはり、望めませんね」
もしも魔王が覗き見をしていた場合に備えそれらしいことを口ずさみながら彼はその場を後にする。
ダンジョンの闇はまだ晴れない。
「な、な、な…………!!」
王城の中、煌びやかな王宮の一室で男は打ちひしがれていた。
その手の中には一枚の手紙がある。
机の上にポツンと残されていたそれは、彼が共に戦場を駆け抜けた一人の女性が残したものだった。
『旅に出ます、探さないでください。エストレーヤ』
「な、なああああああ!!?」
思わず、男──将軍は絶叫した。
魔王軍を排除し統治していた幹部も屠った彼女は、これから王宮にて勲功を与えられる手筈だった。
領地か金銭かは分からずとも、与えられる限り何もかもを与えようと彼らは画作していた。
その条件として王子の一人と婚姻を結び王族として迎え入れる、そんな計画だったのだ。力はあれど所詮は平民出身、たいした教育がなされてないのは普段の荒々しい言動からわかりきっている。
小娘一人の籠絡など簡単。
そう判断していた彼らの目論見は、容易く排除された。
将軍はその策に共謀していない。
単純に彼女を友として見ているし、そもそも妻子がいるので興味がないので。
それでもなお絶叫したのは、王族に使える一人の将としての立場があるからだ。
「だ、誰か! 誰かあるか! 勇者が、エストレーヤ殿が乱心だ!!」
この日、姫勇者と呼ばれた女性は王国から姿を消した。
ご丁寧に王国より支給された武器や防具は置いて行ったため足取りを追うのも難しく、王は姫勇者の不在をどうやって誤魔化すか頭を悩ませることになる。
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