第6話
捜索隊の二人との合流が目先の目標になったわけだが、勿論懸念事項はある。
例えば二人が本当に信用できるのか。
例えば僕の事を拘束して来たりしないか。
例えば霞ちゃんの事を殺しに来たりしてないか。
彼女はそんな訳はないと笑って否定したが、僕はどうにもその疑念が拭えなかった。こればっかりは過ごして来た環境の違いとしか言いようがない。僕にとって人間とは信じたいものであり、信じられないものであり、どこかで疑いながら必死に疑念を抑えつけながら信じるものだ。
性善説を信じたい。
でも信じられない。
昨日食料を分け与えた人間が襲い掛かってくるような時代。
そんな情勢下で生きて来たものだから、どうしても最悪を常に考えてしまう。
すぐに変えられるようなものではない。
なので、僕と霞ちゃんでどうにかいい妥協点は無いか相談した結果──折衷案と呼ぶほどでは無いが、中々面白い一手を思いついたのだ。
「よし、と。勇人さん、喋って大丈夫ですよ」
「お、もういいのかい?」
「はい」
「それじゃあ自己紹介でもしておこうか。僕は勇人、ちょっと事情があって配信に参加させてもらっているよ」
:は?
:なんか始まってて草
:えっこれ何? 霞は?
:霞のバイタル情報は見えるな
「はは、面白いねこれ。本当に配信出来てるんだ」
「見えますか? 一応誰でも使える汎用デバイスなんですけど」
「うん、バッチリ見えてる」
僕が危惧していたのは人知れず役立たずとして処理される事だ。
大々的に肉体を研究させてくれと言われれば頷くし、それが役に立てることなら拒む事は無い。
ただ、もしもダンジョン産業やらなんやらがあくどい部分があって、そういった部分が秘匿されていてなおかつ非人道的な行為が行われていた場合、僕はそれを止めなくちゃならない。
あり得ない話だと思うけど、念には念を入れて、だ。
それを防ぐための手段がこれ。
僕という存在が彼女の配信を通して周知されている以上、寧ろ隠遁するのは悪手。
ならいっそのことオープンに構えてればいい。
なんなら配信とかして僕を存在するものだと認知させればいい。
そこから捜索隊と合流すれば、下手なことはできないだろうという判断の元、霞ちゃんのデバイスを利用して配信するに至ったのだ。
……とは言っても、アカウントやらなんやらは持ってないから彼女の配信に勝手に映り込んでるお爺さんなんだが。
「えっと、みんな心配してくれてありがとう。なんとか生きてるよ」
:霞だ!
:霞生きてるの本当にありがとうマジで感謝
:霞〜〜〜!! 生きててよかった!!
:霞が死んでたら俺も死んでた
:滝行した甲斐があったわ ちな今高熱
「いやいや、何してんのさ」
……愛されてるねぇ。
モノクルを一つ借りて配信コメントを見れるようにしてる訳だが、最初に挨拶した僕はすっかり置いてけぼりだ。
戦う姿を応援されるのは少し羨ましい気持ちになる。
僕らもそりゃあ応援はされてたけど、なんていうか、他力本願な人々の願いを背負っていただけだったからね。実際に戦う姿を見た人には恐れられたし、尊敬の念を送られたような事も無い。それが不満だった訳じゃないけど、それでもやっぱり、羨ましく思う。
距離感の近さ、って言うのかな。
まるで友人同士が仲良く話してるような空気。
半ば恐れられたり崇められたりとしていた僕らには程遠い感覚だ。
過去を想起して懐かしんでいる僕を尻目に、配信コメントは霞ちゃんを心配する内容で溢れかえっている。
:霞「でも下層に初めて辿り着いたよ、褒めてみんな(死に掛けながら)」←これマジでトラウマ
:クソわかる
:アッ!
:思い出すから止めて本当に
「あ、ああ~、そんな事もあった、かなぁ……?」
……心配している。
頬を指先で掻きながら目を逸らしている辺り旗色は悪そうだ。
「で、でもホラ。二人の事は守れたわけだし……」
:お前が死んだら意味ないねん
:頼むからもうあんな無茶するな
:お前の守った二人のメンタルがヤバい
「え? 柚と晴に何かあったの?」
:うん……
:詳しくは戻ってから聞け
:とてもコメントで説明できることではない
:ガチで病んでる
「……いや、気になるんだけど」
「ははあ、なるほど」
文脈とさっきの状況から察するに、霞ちゃん、誰かを庇ってあんな風になったな?
実際彼女は賢く優秀で、死ぬ寸前まで追い込まれるほど無茶をするタイプじゃないと思っていた。だからどうして死に掛けた状態であの宝物庫に辿り着いたんだと疑問を抱いていたが……
「霞ちゃん」
「っ、は、はい」
:かかか霞ちゃん!?
:は? 名前呼び?
:か、霞が男を……嫌ってない!?
:霞!! いつものツンとした態度はどこいったんだよ!
「…………」
「…………」
奇妙な沈黙が場を包んだ。
これは……僕がミスったか?
いやでも霞ちゃんもそう呼ばれる事を特に拒否しなかったわけだし、コミュニケーションエラーという訳でもない。名前呼びか? 名前呼びが駄目だったか? いやでも、昔の仲間は名前で呼んだ方が絆で繋がってる気がするからそうしろって言って来た事もある。
「あー……呼び方、変えた方がいいかな」
「……っ、い、いえ。そのままで構いませんよ」
「本当に? 無理してない? 本当は僕の事嫌いだったりする?」
「しませんしませんっ! 嫌いじゃないですっ!! ……あっ」
:ファーwwwwwwwwwww さて死ぬか
:霞ガチ恋勢は今日が命日だな
:霞……嘘だよな……?
:本人も死にかけてたのに更にファンを二度も殺そうとは恐ろしい女よ
「いや違っ……!! そういうつもりで言った訳じゃ……」
口を開けば開く程墓穴を掘っていく。
うん、これは人に愛される才能がある。
羨ましいなぁ。
僕は人に愛される才能は一切無かった。
敬われてるんじゃなくて恐れられてただけなんだ。
勇者とは名ばかりで、死ぬかもしれない思いを何度も経験して仲間も失って辛い思いをしているのに戦う事をやめない僕の事を、人々は恐れた。
酷い話だ。
僕は世界を救いたかった訳じゃないのに。ただ人の役に立ちたくて、役に立てる分野がそこにしかなかっただけなのにね。でも僕には仲間が居たからそれでもよかった。彼女にとっての仲間とは、配信を通じて日々の生活を見守る彼らなんだろう。
:バイタルバックバクで草
;心拍数ヤバ 霞の配信でこんな風になったの初めて見る
:そうか? 配信始めた当初はこんなもんだったよ
:かわいい
:オ、オデの霞が……
:オラの霞が……
「~~~っ……! ふ、ふーっ、いや本当に、なんでもないから。そうやって騒ぎ立てるの嫌いだって言ってるでしょ」
「ははは、仲良しだなぁ」
「揶揄われてるだけですよ、もう……」
「いやいや。君達の間に入り込むのを遠慮しようかと思うくらいには仲良しに見えるぜ」
:脳が壊れる^~~~!
:オ、オレ達の霞は……! 男に厳しくて、同世代のイケメンに見向きもしてなくてぇ……ッ!!
:イチャイチャすな
:ひゃだ……!
:ちなここまで一度もさっきの会話について触れられてない
:触れられる訳無いだろ普通に考えて
:とんでもないこと言いまくってたもんなこの兄ちゃん
:流石に冗談やろ あり得ん
:流せ流せ見なかったことにしろ
:冗談じゃないと困るんだが?
:ヤバい同接が増えた
:てかこの人コメント欄見てるよな
:え? そういや確かに反応してる……
:終わった……
「……ふぅん」
どうやらさっきまで霞ちゃんが垂れ流していた配信で暴露しまくっていた内容は冗談や嘘として処理されているらしい。
まあそっちの方が都合はいいか……?
中々難しい問題だ。
でも現代の状況がわからない以上、下手な事は言わない方がいいだろうね。
「霞ちゃん」
「は、はい」
「普段はどんな配信をしてるんだい?」
「普段……えっと、ダンジョンに潜ってます」
「……うん。それだけ?」
「え? はい。それだけです」
モノクルに意識を向けた。
:本当です
:本当なんだな、これが
;ダンジョンに潜る以外の行為を一切見せてこなかった女
:唯一見せたコラボで今回の悲劇に繋がったというね
:時代が違えば修行僧扱いされていてもおかしくなかった
「……よし、わかった。捜索隊の二人が来るまで時間もあるだろうし、ここはどうかな。ちょっとした質問時間を設けないか?」
「質問時間……ですか」
「そう。互いに質問を投げかけて、答える。答えたくない事は答えなくていいし、聞く事は何でもいい。好きな食べ物とかでもいい。僕らは一蓮托生、運命を共にすると誓った訳だけど、まだ互いを何も知らないだろ。どうかな?」
:待って
:一蓮托生? 運命を共に?
:聞き間違いやろな 聞き間違いであってくれ
:憎しみで人が殺せたら
モノクルのコメントは非常に荒れているが、同時接続数も増えているので、目的を達成出来てはいる。
後は霞ちゃんがオーケーを出すかどうかだけど……
「……わかりました」
「おっ、いいんだ。コメント欄荒れちゃってるけど」
「どの道いつか言わなければいけませんから。早いか遅いかの違いでしかないんだから、時間は有効に使いたいんです」
そう言った霞ちゃんの表情は、さっき手を握り合った時と同じ意志の強さを秘めている。
僕はその意志の強さに惚れた。
ああ、全く、美しい。
思わず歪んでしまいそうな口元を無理矢理抑えつけ薄ら笑いを浮かべながら、彼女に何を聞こうか考える事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます