第121話


「おかえり勇者」

「ただいま後輩。ちゃんと勝ってきてやったぜ」

「ふん。俺に残してくれても良かったんだぞ?」

「いやぁ、これくらい働かせてくれよ。自分の尻拭いは自分でするさ」


 地上に戻ってきて、待っていた不知火くんとグータッチを交わす。


「派手にやったな」

「念の為にね。ここまでやらなくても今回の敵は倒せたと思うけど、手を抜くと面倒事になる気配がしたんだ」


 僕は必ず戻らなくちゃいけない位の情報を今回得ている。

 中途半端に加減した攻撃を耐えられて逃げられるのも嫌だったし、増援がやってきて、その中に僕を超えるレベルの敵が居た場合が最悪だった。

 だから吹っ飛ばした。

 ダンジョン丸ごと全部ね。

 そうすりゃあのデュラハンを捨て石に奇襲を狙ってる奴もわかりやすいし反応できる。


 結果的に追撃も無かったので杞憂だった訳だが、そういう姑息さを相手は持っている。


 備えて損はない。


「備えた結果我々に被害が及んだがな」

「僕がくたばるよりマシだろ?」

「それは人類終焉の日になるだろうよ」


 パッと見た感じ建物が倒壊しているとかそういう様子はない。


 ダンジョンから被害が漏れないようにはしたけど、そっか、地盤に影響があるか。


 地下だからって好き放題やれる訳じゃない。

 そこが少し意識から外れていた。

 気を付けないと。


「霞ちゃん達は?」

「負傷者の治療に同行してる。案内しよう」

「ん、報告優先じゃなくていいの?」

「全員そこに揃ってるんだ」

「ああ、なるほど」


 そのまま不知火くんに着いていく。


 ダンジョンの入り口に数人待機していて、おそらく二級探索者であろう実力者達が警戒を続けてくれるみたいだ。

 流石に出て来るような事は無いと思う。

 魔力は余裕なので、改めて一度魔力波を放っておく。


 ──……ん、無いね。

 ダンジョンは復活中でモンスターも沸いてない。

 エリートらしく反応も無いので、今はまだ何も出てこないだろうけど、突然現れたら嫌なので暫く張ったままにしておく。


「怪我人の様子は?」

「九十九が軽傷、有馬瀬名が重傷だ」

「生死に関わるレベル?」

「俺が発見した時は虫の息だった。ポーションで多少マシになったが、それでもかなり長引くだろう」

「……そっか」


 エリートの攻撃を受けて彼女が吹き飛んでいったのは魔力波で確認している。


 死んでないのはわかってた。

 決して軽くないのは覚悟してたけど、そうか。

 重たいか。


「気に病む必要はない。あれは一級探索者だ」

「それはわかってる。彼女は一人前の戦士だ」

「であるならば、同情や過度の配慮は止せ。侮辱になるし、何より、この国には同じ境遇の奴は数え切れんほど居るんだ。その全員に手を差し伸べる訳にもいくまい」


 ダンジョンに潜る職業を選んだ。

 ダンジョンで戦う職業を選んだ。

 ダンジョンで死ぬ職業を選んだ。

 それは誰かが強制した事では無いし、彼ら彼女らが自分で選んだ道だ。


 わかってる。

 不知火くんの言っている事は正論だ。

 五十年前のように奪われ戦う事を選ぶしか無かった世界とは違う。

 施しを与える必要はない、そう言ってるんだ。


「わかってる、……んだけどねぇ…………」


 この作戦は人類の為にもなるが、それ以上に僕と霞ちゃんにとって都合のいいものだった。


 僕は香織を。

 霞ちゃんは姉を。


 それぞれが大切な人を助けられるかもしれない、そんな可能性のある戦いだった。


 とは言っても、そんな風に思ってたのは僕らだけ。

 九十九ちゃんや瀬名ちゃん、不知火くんは一級としての責務を果たしたに過ぎない。僕らの所為で怪我をした、なんてことはないんだけれど、それでもちょっと負い目を感じてしまうのは傲慢だろうか。


「ああ、傲慢だ」

「手厳しいなぁ」

「奥方にも言われるんじゃないか?」

「香織ならそう言うだろうね……ん、ん、ち、ちょっと待って」

「なんだ動揺などらしくもない……」

「香織は妻でもなんでもないんだけど」

「…………? 妻でもなく何でもない関係? 有馬の爺さんからは奥方みたいなものだと聞いていたが」


 おい、おい、有馬頼光。

 君なんて事を言ってくれてんだよ。

 そりゃあね、僕は彼女の事をその、なんだ。好きだよ?でもその好きはホラ、人間的にって言うか……人生を過ごす上ですごく尊敬してる人でさ、僕なんかがそういう対象として見るのは如何なものかと思うんだ。

 だって彼女は立派な人だから。

 僕みたいな人間が劣情を抱いていい人じゃあないんだ。

 なんかそういうイメージ付けは勘弁して欲しい。

 僕と霞ちゃんなら何を言われたっていいよ。

 霞ちゃんには怒られそうだけどあの娘結構図太いからね。


 でもちょっと、ホラ、香織はその……僕にとって特別な人だから。


 そう言ったことを迂遠に言っていると、不知火くんは笑い声をあげた。


「……ぷっ、ははっ! なんだ爺さん、照れてるのか!?」

「そ、そんなんじゃないさ。なんて説明しようか悩んでただけで、別にっ」

「ははははっ!」

「なに笑ってんだガキんちょめ!」


 周りの職員からの視線もすごく集まってる。


 ああ、くそ、恥ずかしいな。

 でもまあこういう役回りを霞ちゃんにやらせてるわけだから、僕がそれを嫌がる訳にも行かない。

 でもこれはかなり来るね。

 今後控えてやろうという気にはならないが、まあ、逆にこういう気持ち何だなぁとより解像度深く理解できたから教訓にしよう。


 腹を抱えて笑っているガキんちょの背中を押して、注目を浴びながら移動していくのだった。

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