第153話

 晴信ちゃんが倒れ込みポーションを飲ませても動かなくなったことで今日の配信は終了した。


 まあ一応背負って上に戻る道のりも配信したから不安視されることは無かった……と思う。

 彼女のファンからは僕が敵に見えるかもしれないが、彼女自身が望んだことだ。


 御剣くんの元で鍛錬を積む選択を選ばなかったのは正しい。


 なぜなら、彼が平等を心がけて指導したとて二人には才能の差が存在したから。


 柚子ちゃんの方が根本的に向いてるのだ。

 野生じみた勘って言うのかな。

 瘴気に勘付いたのも彼女だ。

 戦う人間としてのセンスは明らかに上。

 しかも、血縁的にも運動能力に優れてることは証明されてる。


 晴信ちゃんと柚子ちゃんを並べて同じ指導をしても、伸びがいいのは柚子ちゃんだった。


 だから、彼の誘いを断ったところまでは良かった。


 そこから晴信ちゃんは悩んでしまった。

 新たな師を得ることよりも、素直にこのまま諦めることを選ぼうとしていた。それはなんだか、あまり好ましくない。

 自分が何をできるか分からない。

 だから諦めて普通の道を行く。

 いいと思うよ。

 決して悪いことじゃない。

 だけど、晴信ちゃんはちょっと自己肯定感が低いだけで、才能に溢れている娘だ。


 そんな子が迷って道から外れようとしていたら、手の一つや二つ差し伸べることくらいはするよ。


「──だからね霞ちゃん。僕は決して浮気なんてしてないし、ふしだらな目線で見ようとなんてしてないんだ」

「ふ〜〜〜〜ん」


 腕を組み膝を組み座ったまま白けた目を向けながら、霞ちゃんは反論した。


「勇人さんが女誑しなのは今更だけどさぁ……」

「そこは僕的に否定したいところなんだけど」

「だまらっしゃい! 香織さん、瀬名さん、直虎さん、これだけの女性を引っ掛けといてなにを言ってんの!」

「香織しか見てないよ」

「お、おおう。こうもストレートに言われると、なかなか恥ずかしいな」


 僕と霞ちゃんのやりとりを苦笑しながら見ていた香織が口元を隠して言った。


 瀬名ちゃんも九十九ちゃんも可愛いけど、そこ止まりだ。


 あのねえ霞ちゃん。

 僕はなんだかんだ言って高齢者なの。

 年齢だけでいえば後期高齢者なんだよ。

 見た目が若いから女誑しだのなんだの言われているけれどね、娘とか孫みたいな感覚で見てる訳だ。


「霞ちゃんだって、僕にそういう目で見られると困るだろ?」

「そ、それは……困る、けど……」


 なんだかもじもじと恥じらいながら答えた。


 ほうら、僕がそう言う目で見られると困るって答えが出ている。


 そもそも欲情出来るかも怪しいんだ。

 食欲睡眠欲が死ぬほど薄いのに性欲だけ強い、なんて都合がいい肉体でもない。将来的には香織や澪と一緒にひっそりと暮らすのが目標なんだから、そこに至るまでに手をつけまくるだとか、そんなことするわけがない。


「こいつもげないかしら」

「澪? それはちょっと僕も傷つくね」

「責任ちゃんと取ってよ、香織」

「…………善処する」


 なぜ僕がダメな側で話が進んでしまうのだろうか。


 どう考えても今は僕を若者の性欲を持ってると勘違いしている霞ちゃんサイドに問題があるのではないだろうか。


 そう思い澪に訊ねてみると、なんと彼女は呆れて大きなため息を吐きながら非常に論理的な説明を始めた。


「はぁ〜〜〜〜〜…………じゃあ聞くけど」

「どんとこい。納得させてくれ」

「香織の見た目で自分は老人だと言ってる女が次から次へと若い美男子から好意を寄せられてたらどう思う?」

「……………………」

「しかも本人は『性的対象として見ていない、孫か息子のようなもの』と言ってて、どう思う?」


 …………。


 どう思うって、そりゃあ……若いなって……。


「語るに落ちたわ」

「すごい……勇人さんを一撃で……」

「い、いや待て。まだ僕は納得していない。例え見た目が若いとしても中身は老婆ってことだろ、その場合。それでもまだ好意を寄せるのか?」

「寄せるでしょ」

「寄せるね」

「寄せるだろうな」


 え、えぇ?

 なんでもいいのか?

 だって中身は若くないんだぜ。

 そりゃあ僕だって見た目は若い方がいいけれど、中身だって大事だ。


 そこまで考えてなんとなく察した。


 ──もしかして僕は、創作ファンタジーに出てくる長寿美形ポジションなのか?


「私達は中身を知ってるからそんなことはないけど、まあ、一般的にはそうなんじゃない?」

「なんてことだ……そういう、絡繰だったのか……」


 なんだか妙に受け入れられたなと思ったんだ。


 多分、頼光くんとかは僕と同じ感覚だった。

 でも下の世代からの見られ方がなんかちょっとおかしかった。


 下の世代って言っても一部を除く。

 不知火くん達一級はシンプルに先達って見方をしてくれてた。


 だけど一般人は違った。

 珍獣を見るような感じでもないし、バケモノを見るような目線でもない。かといって同じ人間を見るような感覚でも無かったのに妙に好意的だから測りかねていたんだけど……


 そう考えれば辻褄が合う、ような気がする。


「やっぱり見た目も爺さんにするしか……いやでもせっかく人気が出たのに今更路線変更は……それに皆と並んで一人だけ老人になのはちょっと……」

「あ、見た目はそのままでお願いします」

「あ、うん。そう……」


 目が据わった霞ちゃんに言われたのでそれは取りやめる。


 このままでいいと判断したのは僕だから、まあ、いいけどさ。


 しかし、そっかぁ。

 さっき名前を挙げたのは瀬名ちゃんに九十九ちゃんだが、その、二人はそういうことか? 鈍いとかじゃなくて、僕からすればそう見られることなんてあり得ないって感じなんだけど。


 晴信ちゃんのように互いになんとも思ってないが世間一般的に見て……というパターンですらないので、どうすればいいのか判断できない。


「そうか? 私は嬉しいぞ、お前がたくさん評価されて」

「香織がいいなら僕もそれでいいんだけどさ。香織的にはその、なんだ。嫌じゃない?」

「嫌も何も、お前は誰にも何も言ってないだろう。別に同衾しているわけでもなく、お前らしく日常を過ごしているだけだ。それに対して目くじらを立てるほど狭量じゃないさ」


 フッ、と笑みをこぼしながら香織は言った。


 ううん、器が広い。

 もし香織がそういう立場だったら僕は嫉妬で狂ってしまうかもしれない。霞ちゃんとの関係も前までのビジネスカップル風なのはやめて、師匠と弟子って形に落ち着きつつある。

 それでもまあ、僕らのカップリングで盛り上がる人たちはいるけどね。

 主流じゃなくなりつつあるのは確かだ。


「そもそも私に文句を言う権利は無いしな……」


 寂しそうな顔で続けたその言葉に、どう言葉をかければいいかわからなかった。


 それは、僕との関係をまだ受け取ってないって意味?

 それとも、僕がいろんな女性と関係を持った方が得するって意味?


 それを訊ねるほど愚かではない僕は、口を閉ざした。


 が。


 そんなことはお構いなし、復活してから天下無双の舌を持つ澪がズバリと切り込んだ。


「そりゃ香織に言う権利は無いわよ。当たり前じゃない」

「……澪。いくら仲がよくても、そんな言い方は……」

「いや、だって勇人をそういう男にしたのは香織でしょ。好みの男に育てたのに、その男に文句言うわけなくない?」

「ああ……それか……」


 確かに、それは僕も定期的に釘を刺していることではあった。


 このスタイルでいるようになったのは香織の影響なので、その一点に関してだけは彼女に口出しされる謂れはない。


 むしろ治せるなら治したいくらいだ。


「…………好きな男がぁ、めちゃくちゃ世間にモテてるけどぉ」

「……うっ」

「庇って死んだ自分のことを五十年ずっと引き摺ってる上に今も愛してくれて嬉しいとかぁ、思ってないでしょうね?」

「うぐぐっ……! ぐ、ぐぬっ! 風呂に行ってくる!!」


 ドタバタと音を立てながら香織は颯爽と部屋を飛び出した。


 逆の立場だったらどう思うかって?

 自分がいいなと思った女性がどんどん自分好みに成長していって、挙げ句の果てに庇って死んだら五十年も自分のことを想い続けて復活したら愛を告げられたって思うと?


 嬉しいねぇ。


「嬉しいねぇじゃないから。惚気てんじゃないわよ」

「あはは、ごめんごめん。メンヘラジジイの鬱よりマシだろ?」

「恋愛脳になっても面倒。付き合いたてのカップルじゃあるまいし……」

「まあみんなに伝わるからね。出来るだけ誤魔化すつもりだし、現に前より伝わりにくいでしょ」

「それは認めるけど……あんまり、派手にやらないように」

「……? 香織と僕がイチャコラすると問題が?」

「そうね。若干一名、問題があるかも」


 ?


 疑問に思いつつ、ジト目になった澪の視線を追ってみる。


 そのさきにいたのは、無言のまま僕らのやり取りを笑いながら見ていた雨宮紫雨と、なんかすごく不機嫌そうに眉を顰めて膨れっ面をしている霞ちゃんだった。


「…………えっと……霞ちゃんのことも好きだよ?」

「そうじゃないし!! そうじゃないけど、なんか、んがあああ!!」 

「不憫ね……」


 霞ちゃんから僕に対する恋愛感情はないでしょ。


「それはそれ、これはこれなの!!」

「えぇ……」

「もういい! お風呂! お姉ちゃん!!」

「はいはい。お二人とも、先にお湯頂きますね」


 雨宮姉妹が部屋を出ていって、僕と澪の二人だけになる。


 急に部屋の中が静かになった。

 だけどこの静寂は嫌いじゃない。

 僕と澪が二人で旅している時は、互いにずっと無言だったから。


「……はいこれ。家、決めたから」

「ん、ありがとう。納得したかい?」

「郊外だけど豪邸。私達三人と、雨宮姉妹を放り込むくらいの余裕はある」

「結局そうなったわけか。まあ、それが一番だよなぁ」


 初めは僕ら三人だけの予定だったんだけどね。


 晴信ちゃんとダンジョンに潜ってる間に合流したらしく、二人も一緒に暮らすことが決まっていた。

 理由は色々ある。

 僕らはパーティーを組むのに別居をするのは面倒くさい、とか。

 紫雨くんを目的にエリートが地上に攻勢を仕掛けてきた場合不利だ、とか。

 どう考えても僕が手を出すわけがないから同居した方が効率がいいという身も蓋もない意見があったりとかね。


 僕と香織の二人だけで暮らすならまだしも、澪を交えた三人での生活は確定していた。

 そこに二人足したところで何も不便はない、と言う考えの元物件探し真っ最中の雨宮姉妹も一緒に生活することになったのだ。


「明後日から入居出来るから、買い物付き合ってよ」

「任せてくれ。今はお金もあるからヒモじゃないぜ」

「ヒモやってた男はいうことが違うわね」

「晴信ちゃんはそういうのじゃないって言ってるじゃないか」

「勇人はそう思ってても、向こうはどうかな」

「いやあ、彼女に限ってないと思うんだけど……」


 どっちかというと恨まれてるような気もする。


 かなりスパルタやったからね。

 それに遠慮のない言葉もザクザク言った。


 嫌われててもおかしくないよ。


「それはない」

「そうかなぁ……」


 ちょうどこのタイミングで、端末に連絡があった。


 送り主は晴信ちゃん。

 内容は、近いうちにまたお願いします、というものだった。


 根性あるね。

 やっぱり僕好みの子だ。

 霞ちゃんのように人生をダンジョンに捧げるほどではないけれど、これと決めたことに人生を捧げる意志の強さはあると思う。


 これからどういう方向に育てていこうか、悩みどころだ。


「……ま、私もお風呂行ってくる。物件、確認しといてね」

「うん。色々面倒やらせてごめん。助かる」

「五十年間助けてもらったし、いいよ」


 そう言って澪も部屋から出ていった。


 短期間滞在するホテルだが、珍しいことに大浴場が付いている。


 僕も行こう。

 一人のんびりお湯に浸かるのも悪くない。


 晴信ちゃんに落ち着いたらと返信をして、風呂道具を抱えて部屋を出た。

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