第119話


 ガギィン!!!


 一際大きな金属音が響くのと同時に、後方に跳んで距離を取る。


 ……上は片付いたっぽいね。

 突然、とんでもない速度で突っ込んで来た魔力が瀬名ちゃんを回収してそのまま亜人エリートを瞬殺した。


 あれは不知火くんだ。

 覚えがあったし、何より地上からあんな速度で突っ込んでこれる人は他に居ない。僕が同格だと判断したのは伊達や酔狂ではなく、正真正銘僕に追い縋れる才能があると判断していた。

 だから驚きはない。

 彼ならそれくらい出来る。

 上に退散しようとしてるし、妨害も無さげ。

 作戦はほぼ遂行できたと言える。


 しいて言うなら瀬名ちゃんがダメージを食らった事だが──魔力は途切れてないし、死んじゃいない。

 大丈夫だ。

 彼が来てなかったら間に合っていなかった。


「…………ありがたいなぁ」


 相変わらず僕は一人じゃ何も出来ない。


 散々頼られて、意気込んで、前を向いても結果はこれだ。


 僕は何一つ変わっちゃいない。

 変わったのは僕以外の皆だ。

 五十年で追い付いてくれた。

 僕だけが生き残る世界ではなくなった。

 それどころか戦う事でしか活躍できない僕を、戦いで支えてくれるようになった。


「本当に、ありがたい」


 かつては一人だった。

 仲間は居たけど、途中から皆満足に戦えなくなっていった。


 道を切り開くために命を捨てた香織。

 最後まで幼馴染を見捨てず戦い抜いた綱基。

 全てを無くし唯一残っていた綱基が死んで、絶望の中で死んでいった澪。


 僕は、退くわけにはいかなかった。

 死ぬわけにはいかなかった。

 皆死んだ。

 それを知るのは僕一人だった。

 だから、潰して、斬って、殺して、たくさん殺した。


 白状しよう。


 僕はヤケクソだったのさ。


 それこそ澪みたいに、何もかもが無くなって、僕には戦う事しか残ってなかった。

 死ぬわけにはいかなかった。

 でも死にたかった。

 死ねなかった。

 僕は強かったから。


「ははっ」


 それが、今やどうだ。


 たしかに僕はまだ強い。

 現役を張ってるし、まだまだ人類に遅れは取ってない。

 だが、かつてのように、僕が死ねば全てが終わると悲観するような情勢じゃあない。背負ったものはある。かつてほど重くはない。

 僕以外の尽力で、作戦は成功した。


「はははっ!」


 こんなに嬉しい事があるか?


 しかも、最も心残りであり、後悔であり、ずっと過去を見続けた理由であった仲間の一人が現代に復活した。

 復活させた張本人は人類側に寝返った。

 こんなに、こんなに嬉しい事があるだろうか!


「嬉しい事があったか?」

「うん。嬉しい事ばかりさ」

「そうか。俺もだ」


 チャキ、と金属鎧を鳴らしながら、大剣を構えた。


 問答無用で戦闘を再開しようと思った。

 ただ、作戦の成功がほぼ確定した状況で、昔から生きていると思われるエリートと一対一。一時的に膠着し戦闘再開に至るまで少し時間が取れると判断した僕は、疑問だったことを投げかけた。


 元々人間だった亜人エリートや獣人エリート、そして紫雨くんとこいつは違う。


 だから聞いた。


「──君は、この世界に何をしに来たんだ?」

「かつて、全ての同胞を葬った存在を探しに」

「……つまり、君は僕に会いに来た訳だ。わざわざ向こう側から」

「そうだ。お前を探していた、勇者であるお前を」


 やはり最初の連中……第一次と呼ぼう。


 第一次、つまり僕らが相手をしたエリート共は明確に別の目標があった。この世界を侵攻し、人類を滅ぼす気だった。


 こいつは目標が違う。

 僕に会いに来た、つまり人類全体でもなくこの世界でもなく、僕という一個人に目的があった。


 それなら他の連中は?

 一体何をしに来た?

 目的はなんだ?

 全員僕か?


 そんなわけはない。

 だが、少なくともこいつとの会話でいくつか分かったことがある。


 異世界の存在。

 エリートの目的。

 これらは決して五十年前と同じではない。


 状況は目まぐるしく変わっているんだ。

 こちらも、向こうも。


「僕はそっちで名が知れてるのかな」

「いいや。寧ろ隠されている」

「……? 隠されてる?」

「ああ。理由まで知りたいか?」

「知りたいね。教えてくれるのなら」

「別に構わんが、条件がある」

「聞くだけ聞いておこう」

「この場で俺とお前、どちらかが命尽きるまで戦うと誓え」

「いいよ」

「なに、どの道ここから生きて帰らねばこれまでの話は……なに?」

「いいよ、乗った」


 たぶん紫雨くんは異世界とやらの情報はあまり知らないだろう。


 もしもダンジョンの根源を解明する、という事になれば向こう側の話は知っておいた方がいい。このまま時代が進めば、必ず向こうに僕らは到達する。


 その時に何の情報もなく手探りでいくより、ここで話を少しでも分かっておくほうが確かだ。


「誓おう。僕はここで君を殺す」


 ここにきて、上で不知火くんが全て何とかしてくれたのがとても役に立った。


 急いで上に戻る必要はない。

 僕はデュラハンを相手にやれること全てをやれる。


「────……く、くははっ! そうか! 相手をしてくれるのか!?」

「はるばる異世界から僕に会いに来てくれたんだ。少しはサービスしてやらなくちゃ申し訳ないだろ?」


 それに、僕はあまりこいつの事が嫌いじゃない。


 理由は単純だ。

 僕の仲間を復活する要因を作った上に、地球侵略が目的じゃないから。


 僕はこの社会を維持してくれた人類の全てを愛しているし、この身の全てを捧げて守りたいと思っている。

 僕みたいな人間が活躍出来てしまう世界にした奴らは憎い。

 ただまあ、そいつらは全員この手で叩き斬ったからね。

 後は異世界でこちらを攻めようと決めたお偉いさんくらいで、こいつは自分で違うと言った。そんなくだらない嘘は吐かないと思う。


 もし嘘でも、これから斬るんだから関係ないし。


「お前の名が隠されている理由はただ一つ。この世界に侵攻した戦力が全滅した等と、とても公表出来んからだ」

「面子的な話か」

「『魔力のない人類が支配する世界』で、魔力を持った我らが敗北した──そんな事言えるわけもない」

「ふぅん……」


 少し、情報が足りない。

 ただなんとなくの事情は把握できる。


 魔力のある現代だからこそ思うけど、魔力がない時代の僕らがあの侵略を退けられたのは本当に運が良かった。

 数人の魔力覚醒者。

 なんとか粘った人類の善性。

 エリート個体の討伐を完遂し、地球侵略を指揮していた連中を排除できた。


 そんな奇跡を誰でも信じられるわけじゃあない。

 邪推されたり、隙を見せる要因になりかねない。

 だから黙っている……そういう感じかな。


「そしてなぜその隠されていた事実を俺が知っているのかと言うと──俺が偉い立場だからだ」


 魔力が高まる。

 漆黒の瘴気が漂う。


 ……ここまでかな。

 大分、欲しい情報は得られた。

 ていうか、異世界の存在が爆弾すぎる。

 これからまた毛利くんとか鬼月くんと話さなくちゃなあ。


 ──切り替えよう。


 デュラハンの魔力に対抗するように、こちらの魔力も可視化されていく。


 漆黒の魔力と紫がかった僕の魔力がぶつかりあった。


 互いの力量を測るようにゴリゴリと押し合うタイミングで、デュラハンは剣を握り締めた。


「改めて名乗ろう。魔王軍八星将が一角、黒騎士デュラハンだ……!」


 僕に名乗り返す肩書も名もない。

 だから無言で剣を握り締めた。

 それこそがこの騎士の求めるものだろうから。


「わかった。じゃあ死んでくれ」


 そして────敵の返答を待たず、デュラハンの腹部を一瞬で蹴り抜いた。


 ゴッ──!!!


 飛んでいく姿を追いかけ、追い付くのと同時に兜ではなく鎧の胸元を掴み地面に叩きつける。ただの物理攻撃ではダメージが浅い。

 ぶん投げて、更にそこに追撃の魔力球を幾つか放った。


 ドゴゴゴゴゴッ!!


 ダンジョン全体が揺れる爆撃。

 それでも追撃の手は緩めない。

 爆炎の中に突撃し、魔力球を浴びてなんとか立ち上がろうとしているデュラハンの顔面を蹴り抜き、大地と縫うように剣を背から突き立てた。


「がぁっ……!?」


 恐らくこのレベルの敵なら再生くらいは出来るだろう。


 それでも多少阻害できるなら御の字だ。

 両手足を手刀で切り落とし入念に潰す。

 傷口も潰した。

 少しでも形成が遅くなればいい。


 情報は得た。

 本音を言えばもう少し取りたい。

 だが、他のエリート連中の動きが読めない。

 情報は得たい。

 だがここで奪われたくはない。

 戦力の補充をされても面倒だ。

 異世界とやらから増援が来る可能性はあまり高くないと判断し、ここは一度戦力を削り取る方がいいなと考える。


「ぐ……そ、れでこそォッ!!」


 吼えたデュラハンの手足が即座に再生し、魔力波を放ってくる。


 漆黒の魔力に包まれて、視界を阻まれ、なすすべなく──やられる訳が無い。


「ごあっ!!?」


 瘴気をぶっ飛ばしながら再度蹴りを入れると、耐えられなかったのか鎧が砕け肉体が弾ける。


「お、れの身体に傷を……っ!?」


 動揺した。

 畳みかける。

 殴打の連打。

 十分に殺意と魔力を込めた打撃を食らい続け、デュラハンの肉体はもはやほっそりとしたシルエットのみを残すものになった。

 鎧も肉体も砕いた。

 魔力は残っている。

 まだ油断は出来ない。


 だから、油断はしない。


 五十年前と一緒だ。


「っ、ま、まだ、まだだっ!」

「いや、終わりだよ」


 操れる魔力の最大出力を解き放つ。

 しっかり情報共有しておけば僕が最大出力を放つのに予備動作が無い事くらいわかっただろうに。


 右手で薙ぎ払うように放った魔力波は、爆発と呼ぶにふさわしい衝撃波を引き起こしながらダンジョンを伝播する。

 ダンジョンの半分は焼き払った。

 文字通り、天井も床も壁も全て巻き込んで。

 事前に誰も居ないのは確認済みだ。


 開けた大きな空間は、先程まで戦っていたデュラハンも跡形もなく消失し、僕だけが佇んでいた。

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