第169話
東京を出発し東海道を経てはるばる中部地方へ。
以前九州へ移動した時は飛行機だったけど、今回は陸路での移動となる。これくらいの距離なら走った方が早い気もするが皆一緒だからね。
迎えに来てくれた車で駅まで行ってそこからは電車、いや、正確には魔力技術で新しくなった新幹線だ。
実の事を言えば新幹線に乗るのは初めてで、少しばかり楽しみな気持ちがある。
だけど僕は特別探索者であってこれから仕事で向かう立場だ。
これが一般人の出張なら楽しんでも良かった。
だけど僕は違う。
浮足立って油断すればそのまま世界の滅びに直結するんだ。油断なんてしちゃいけないし、気を抜くのだってよくない。
他人の目に触れながらの移動になるんだし、SNSを通じて誰かに批判されるような行動は慎まなければと気を引き締めて、数時間後。
「勇人、そっちのお菓子取って」
「はいはい」
「勇人、一口どうだ? あたたかいから不快にはならんだろう」
「いただくよ」
「お姉ちゃん、富士山だよ富士山!」
「久しぶりに見るけど、変わってないわね……」
修学旅行の高校生かな?
貸し切りでもなんでもない一般車両なんだけど、周りのお客さんも結構喋ってるから僕らが話してても別に迷惑にはなってない……と、思いたい。
SNSでエゴサしても騒いでる、という言われ方は一切してない。その代わり新幹線にヤバい人たち居るとすでに呟かれているしなんならバズっている。写真が付いてない辺りコンプラ意識がちゃんとしてるなと感心させられるね。
そんなことを隣に座る澪に言えば、なんとも言えない表情で答えた。
「そりゃあね。下手に私らの写真なんかあげたら、
派手に首を掻っ切るようなサイン。
「えぇ……それだけでそこまでする?」
「潜在的な敵に対してはとことん容赦ないわよ、この国。特に今は時期が悪いし」
当たり前のように検閲だってやれる時点で容赦ないのは言うまでもないが、流石にそこまで厳しくはないのではないだろうか。
しかしやりかねない。
それだけのことをここ五十年で積み上げてきている頼光くんに対する信頼があった。モラルと言っていいのかわからないけど倫理観の高さはやはり素晴らしいものになっている。
「自治作用が高い訳じゃないのよね。単純に一人一人の意識が完全に別物。なんならこっちが何度かアウトを冒してるくらい」
「おいおい、あんまり危険な橋は渡んないでくれよ?」
「大丈夫、ラインは見極めたから」
「本当かなぁ……」
とはいえ、間違いなく現代の感覚に先に適合したのは澪の方。
僕は見様見真似だからね。
他人のやらない行動はしないってだけで、どこまでがアウトでセーフかは割と気にしてない節がある。
「少なくとも霞を公開調教してる時点で結構アウトだから」
「大袈裟だ。あれはトレーニングだよ」
「トレーニングっていうのは生死を賭けた戦場で行うものじゃないの」
「僕が一緒にいて絶対死なないんだから戦場じゃあないだろ?」
「ちっ……よくもこんな男にしてくれたわね、香織」
「むぐっ。ごくっ……聞き捨てならないな。こんなにいい男のどこに不満があると言うんだ」
「開き直ってんじゃないわよ!」
食事を摂る必要がない肉体になったにもかかわらず意気揚々と駅弁を複数個購入し味わい尽くしている香織に飛び火した。
飛び火したけど、彼女は彼女で現代で暮らす数ヶ月で心境も前向きになったみたいで日々を忙しなく、しかし楽しそうに生きている。
開き直ったとも言う。
うんうん、香織はこうだったよな。
復活してからはやっぱりメンタルが不調だったのかどこか追い詰められてる感じだったけど、ようやく僕と二人旅を始めた頃の香織が戻ってきた。それがどうしようもなく喜ばしくて、ついつい甘やかしてしまう。
「顔が良くて、清潔感があって、口調は丁寧で一人称が僕の笑みを浮かべた怪しい男。こんなに理想の男はそうそういない」
「本当隠さなくなったなこいつ……」
「いいだろ? 私の男だ」
呆れる表情の澪に勝利宣言(?)をしてから、彼女はからあげを口に放り込んだ。
こうやって宣言する癖に霞ちゃんに弄られる時はちゃんと弄られ役に専念するんだから器用だよね。
「というか勇人、お前こそ食べなくていいのか?」
「僕はこんな立派なものじゃなくていいよ。それこそそこら辺の雑草とかで十分だし」
生きる上で食事は必要ないけど、緊急時は多用する事になる。
なぜなら僕は、いや、僕らは食事を行うことで魔力の回復が可能だからだ。水を飲んでも回復可能なんだから効率がいいよね。
基本何でもいいっぽいのは実験済み。
泥とか石でも可能。
重要なのは質量と魔力含蓄量で素材はそこまで重要じゃない。
懐にいくつか忍ばせている魔力粒(お菓子のタブレットのようなもの)を放り込めば十分なので、味覚の死んでる僕からすればわざわざ良いものを食べようと言う気持ちにはならない。
もったいないじゃないか。
美味しいものは美味しいと思える人が食べるべきだ。その方が生産者も作り手も報われるってもんだろう。
それに──香織や澪に魔力を供給しても僕の保有魔力は揺らがない。
だから積極的に食事を摂る必要がない。
なんなら睡眠も必要ない。
流石に国の魔力タンクをこなすなら必要になるけど、現状そういう役割は与えられてない。
「必要になったらやるからさ。気持ちだけ受け取っとくよ」
「なら、お前が早く人生を楽しめるように迷宮省の尻を蹴っておこう」
「……やりすぎないでね」
頼光くんも一緒になってやる未来が見えた。
そうやってダラダラ話しながら過ごしていると、やがて目的地へと近づいて行く。
中部地方。
五十年前基準で言えば、中国地方と並んで影の薄い場所だったと思う。北海道、東北、関東、北陸、関西、四国、九州、沖縄……どこも特徴があるのに対しなんだかパッとしない、そんなイメージだった。
何せ実際に住んでた人間がそう思ってるんだ。
久しぶりに戻ってくる土地だけど、何を言えばいいか……。
正直に言ってあまり何も感じてない。
確かにここら辺は僕にとって多少馴染みがある場所だが、すでに過去の人となった、斯波勇人という男を知る人はどこにもいない。
僕の地元はすでに自然に沈んだ。
山間部にある街だった。
ダンジョンから発生したモンスターの襲撃で壊滅的な被害を受けて、スーパーひとつに集まれる程度の人間しか生き残っていなかった。
だからもう、ここをどう呼べば良いのかわからない。
しかしなかなかどうして、まだ出身県ですらないのに、なんとも言えない侘しさが胸のうちに残ったのだった。
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