第168話
「中部地方に出張?」
「ああ。宝剣一級直々の要請だ」
「へえ、宝剣くんが。何も言ってなかったけどなぁ」
朝一番、霞ちゃんと一緒にダンジョンに行くために準備をしていたら香織に呼び止められた。
なんでも中部地方のダンジョンで不可解な事例が起きているらしく、調査をするためらしい。以前香織が報告を受けたダンジョンの産出量が減少するって事例とも別となれば、確かに僕らの仕事になる。
「気を遣ったんだろう。私達は睡眠も食事も必要としてないが見てくれは人と変わらない。わかってても夜通し移動してこいとは言い難いさ」
「まあ、そういうところはあるよね。気にしなくていいんだけど」
「気にしてくれないと私が死んじゃう……」
霞ちゃんが死んだ目で言った。
彼女が拷問じみた特訓を初めて既にそれなりの日数が経過している。伸び代も実力も晴信ちゃんよりある以上適合するのは早いと思っていたけど僕の想定よりもずっと早く霞ちゃんは順応して見せた。
分析実践反復分析、この繰り返しが彼女は上手い。
初見でなんでもこなす器用さはないけど時間をかけて自分なりに咀嚼するのが早いから教え甲斐がある。悪くいえば僕の下位互換だが、そのうち僕を追い越す予定なので問題なし。
既に潜るダンジョンも二級が潜る難易度の場所に変えてるし、いやあ、いよいよ一級の足元が見えてきたかな。
「ふふ、霞ちゃんも僕らと同じになるかい? 歓迎するよ」
「い、いやだ……まだたくさん寝たいもん!」
そこなんだ……。
人間を辞めることが怖いとかじゃないのがなんだか霞ちゃんらしい。僕からの命令権がある時点でぶっちゃけ純粋な人であるとは言い難いから、そこら辺は吹っ切れてるのかな。
「寝なくていい、というのも中々便利だぞ? 肩こりもしない。睡眠不足で肌荒れも気にしなくていいんだ」
「それは……魅力ある……」
香織が言うセールスポイントが効いて彼女は揺らいだ。
やっぱり女性からするとそこら辺はかなり重要なんだなぁ。
確かに香織も蘇ってからはよく鏡の前で自分の顔を眺めてたりするし、澪も手を眺めては一人で微笑んだりしていた。
真剣な表情で悩む霞ちゃんに苦笑しながら、僕は口を開く。
「ま、冗談だ。それに君はまだ伸び盛りで時を止めるには早すぎる。もっと大人になってからでいいと思うよ」
「…………私、子供っぽい?」
「僕から見れば子供だねぇ」
娘みたいなもんだしね。
「大人……香織さん、私も大人の女性になりたい」
「なぜそこで私に聞くんだ……」
「だって勇人さんの好みってまんまかお」
「よし。ここは手作りケーキ一つで手を打たないか?」
「もがが」
香織が霞ちゃんのことを捕まえて口を塞いだ。
仲が良くなって何よりだ。
でもなんか僕より距離感近くない?
いや、そりゃあさ、親子以上の年齢差があるとはいえ男と女だから僕と霞ちゃんがベタベタしてるのはちょっとよくないとは言え、なんか……格差を感じる。
けど香織が良い人で親しみやすい女性なのは僕もわかっている。だからちょっとだけ複雑な気分だ。
「もが、もがが」
「うんうん良い子だ。勇人、ちょっと借りるぞ」
「ああうん。お手柔らかにね」
「も……!?」
中部地方に出張が決まった時点で今日の霞ちゃんスパルタ特訓は無くなっている。移動するための手段やらなんやらは僕がやりとりすればいい。
「ねえ勇人、なんか今香織が霞ちゃん持ってったんだけど……」
「あれね。香織のこと揶揄おうとして連行されたよ」
「へえぇ、度胸あるわねあの娘。流石あんたの弟子」
「よせやい、照れるだろ」
「褒めてないから」
霞ちゃんを持ち上げてあっという間にリビングから退出した香織と入れ替わりで澪がやってきた。
脇にノートパソコンを抱えてそのまま僕の隣に座り、パソコンを開いた。
「出張の件、聞いた?」
「ついさっき。不可解な現象って聞いたけど……エリート関連じゃないの?」
「なんとも言えない、って感じみたい。ダンジョンから発生してる魔力量に変化はないんだけど……」
「だけど?」
「モンスターの量が極端に減ってるみたいなのよね」
これまたなんとも……判断に困る。
「対象ダンジョンは中部にあるダンジョンで最も難易度の高い場所。二級以上の探索者しか入ることが許可されてない場所で、それがわかったのは昨日だそうよ」
「数日誰も入ってないとかは?」
「それも問題なし。毎日一人は潜って中層くらいまでは行ってたみたい。一週間に一回は一級が最下層まで降りてる記録がある」
となると、突発的に発生したんだな。
「北海道で前例があったりしない? あそこは毎日一度は警報が鳴ってるって聞くよ」
「強いて言えばエリートが出てきた時くらいのものだけど……ほら、勇人が戻ってきて初めて接触した時のやつ」
「ああ、御剣くんと一緒にやった時か……でもあの時は下層に集められてただけだもんなぁ」
「うん。だから関連性があるって断言出来ないのよ」
となれば、エリート関係全てに対応する僕らの出番か。
もしダンジョンの地下で陰謀が蠢いているのなら踏み潰すし、何も無いならそれはそれでダンジョン研究に貢献できる。
それに宝剣くんのいる場所だ。
彼女と顔を合わせて技術交換も期待出来る。
文面や電話でのやり取りはしてるけど実際に目の前でやった方が色々身に入りやすいからね。霞ちゃんの細かいレベルアップも望める。
最悪の事態が引き起こらなければ、良いことづくめだ。
「メンバーは?」
「全員。当該ダンジョン以外でも同様の事例が発見された時は区切りのいいところで調査を終えてそっちに派遣される手筈よ」
「ん、わかった。準備しようか」
ようやく正式な仕事の始まりだ。
いや、本当は僕らが活動することがない方が望ましい。だからこれまでのほほんと霞ちゃんの育成にリソースを割けたわけだ。僕らが忙しくなるってことはつまり、何かが起きてるって事だから。
むず痒い気持ちを抱いた。
「……どうなってるわけ?」
単身ダンジョンの下層まで潜った宝剣は、その場で呆然と立ち尽くす。
普段であればあり得ない。
一級まで上り詰めた彼女に油断の文字はない。特にダンジョンの内部で隙を晒すようなことは到底あり得ない事だった。
だが、彼女ですら呆然と立ち尽くしてしまうような出来事が、目の前で起きていた。
「……ダンジョンが、
ここはただの通路だった。
地図上でもそうだし、以前来た際もそうだった記憶がある。それが、目の前にあるものが、巨大な空洞になっていれば、驚くのも無理はなかった。
「…………何が起きたのよ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます