第67話


「よっ、数日ぶりだな」


 そう言いながら、フランクな態度で御剣くんは右手を挙げた。


「うん、久しぶり。調子はどうだい?」

「絶好調──そう言いたいが、あんまりよろしくない。これで三徹目だ」

「それは……ご苦労様だ」

「まあ、こういう時のために普段から何一つ不自由ない生活をさせてもらってる。しょうがねえよ」


 流石は一級と言うべきか、得られる特権階級分の働きはすると意気込む御剣くんは目の下に濃い隈を作りながらも笑って見せた。


 もっとその手伝いをやれれば良かったんだけど、残念なことにまだ一般常識が欠如しているため迷宮省の仕事を手伝うには至らない。いっそのこと割り切って兵器として運用して欲しいのにそれは拒否されるし、手厳しい世の中だ。


 一歩ずつでもいいから現代に根付いていかなければならないらしい。


「ま、それに加えて今回は勇人さんが一緒だ。何も心配はねえよ」

「評価してもらえるのは嬉しいけど、油断禁物だ」

「わかってるさ。前代未聞、50年前に消えた筈の指揮官クラス──呼称『エリート』。いると思うか?」

「いるよ」


 御剣くんの問いかけに即答する。


 そもそも流れ的に考慮すれば、僕が最初の尖兵だった可能性がある。


 最も初めに解放された、制御の効かない指揮官クラス。

 自由に暴れまわり、地上までの突破口を最初に作る切り込み隊長。

 スケルトンを意のままに操ることが出来るのだから、エリートと同等の力を有しているのは間違いない。それが僕だ。


 ダンジョンを操る力はないけど、受け入れない方がいい気もするしね。

 何せ僕の勘がそう言っている。

 これ以上リッチとしての力は受け入れるべきではない。


 少なくとも解析が終わるまでは。


「いる、か…………じゃあ、倒せるか?」

「倒すさ。僕はいつだって敵を殺すことしか考えてない人でなしだぜ」


 これまでの人生の八割以上をモンスター討伐に費やしてきた。


 今更エリートの一人や二人に負けるつもりはない。


「それに、今なら僕が死んだところでどうとでもなりそうだしなぁ」


 不知火くんや鬼月くんの存在は大きい。

 この二人は明確に昔の仲間を超える力を持っている。

 あの時代に今の実力を有する二人がいれば、日本が壊滅的な被害を受けるのは抑えられたんじゃないかと思うほどだ。


 何せエリート共は地上に出てこなかったからね。

 たった一度も巣穴から出てくることはなかった。

 その理由がなんなのかは知らないけど……


 恐らく彼ら二人と一級が数人サポートすれば、僕が苦戦した奴ともいい勝負が出来るんじゃないかな。


「……随分と高評価だな」

「鬼月くんは魔力で補助出来る身体能力が大きすぎるし、不知火くんは戦いの天才だ。彼がこのまま何度か死線を潜り抜けて強くなり続けば、僕の喉元に届くのもあり得ない話じゃない」


 今の彼には負けないけどね。


 模擬戦ならともかく殺し合いは僕がリードしてる。


 ただこれが10年20年と濃い経験を積み続けた場合、彼は恐らく他に比肩する者がいない次元に引き上げられる。それくらい破格のセンスと才能を持ち合わせてると、あの数分のやりとりで理解できた。


「でも、アンタの本命は違うだろ?」

「む、…………そう見える?」

「バレバレだぞ」

「うーん、やっぱり隠し事は上手く出来ないね」


 苦笑して誤魔化そうとするも、御剣くんはそれより先に口を開いた。


「雨宮霞。あいつはどれくらい強くなる見積もりなんだ?」

「そりゃあ決まってる。僕を殺せるくらいだ」


 霞ちゃん。

 この世界で唯一僕と同じ力を持つモンスター混じりの少女。

 そして僕と同じく、この地底で敵を殺し強さを追い求める生活を送ってきた少女。


「そりゃあ、随分と…………」

「期待しすぎだって?」

「……そうだ」

「フフ、勿論わかってる。僕が彼女に向けるこの期待が過度なものだって事はさ」


 それでも、想わずにはいられないんだ。


 僕は彼女に過酷な運命を強制している。

 これから先、エリートの存在が明るみになった今、彼女は戦いに否応なく巻き込まれるだろう。彼女の目的はダンジョンの中で消息を絶った姉の痕跡を探ることであり、それ即ち、ダンジョンにこれからも潜り続ける事を意味している。


 あの日、あそこで命を落とす筈だった彼女は生き永らえた。


 半ば不老の肉体を得て、僕と同じく人類を見守る立場へならざるを得なくなった。


 強くならなければならない。

 後世、仮に僕がいなくなっても、彼女がその身体を捧げる必要がないくらいに。

 今の人類は信用しているけれど、平和になった後の世界で僕らがどういう扱いを受けるのかなんて理解している。だから強くなってもらいたいんだ、彼女自身を守るためにも。


「幸か不幸か、あの娘は強くなりたいって意思がある。それもそこそこじゃなく、一級になるのがスタートラインと捉えてる」


 今はまだダンジョンが主戦場だ。

 だけれども、エリートを駆逐し、ダンジョンが危機ではなくなったあと。


 待ち受けるのは────


「──そこまでにしとこうぜ」

「……そうだね」


 足を止めた。


 ダンジョンの入り口からは不気味な空気が漂っている。


 人によっては悪寒を感じるであろうそれは薄い瘴気のような性質に変貌しており、とても初心者が潜るダンジョンに適しているとは思えなかった。


 エリート。

 モンスターの指揮官クラス。

 意志を持ち、言語を介する怪物。


 かつての戦いで何度も相対したその気配が、地底から漂っていた。


「……なんだこれ、気持ち悪ぃ」

「エリートが出してる謎の瘴気だ。効果は僕も知らないし、わかることは気持ちが悪いってことくらい」

「これ、調査必須だな」


 確かに。

 50年前は僕にとって特になんの効果もなかったし、仲間達も気持ち悪いと言うくらいでそれほど直接的なダメージを受けている印象はなかった。


 だから放置してたけど、冷静に考えれば危険性を伴うものかもしれない。


「ま、大丈夫だろ。とりあえず行こう」

「ああ、うん。大丈夫かい?」

「これでも国に二十ちょっとしかいない一級の一人だぜ? そうヤワな鍛え方はしてないさ」

「頼もしい限りだ」


 御剣くんもやる気十分、か。

 それに僕自身、50年前と比べて格段に強くなってる。


 呼吸を二度挟んでから、一歩先に踏み込んだ。


「────行くぞ。エリートを討つ」

「おう。勇者の強さ、特等席で見させてもらうぜ」

「こちらこそ、現代の一級を堪能させてもらうよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る