第77話
「こう何度も来ると、いっそのことここで寝泊まりした方がいいんじゃないかと思えてくるよ」
「申し訳ない……」
鬼月くんのメールには『相談したいことがあるから迷宮省まで来て欲しい』とあった。
一応僕が晴信ちゃんの家に寝泊まりしてることが衆目に晒されるのは避けたいので迷宮省の車が来るまで待って、着いた頃にはもう夜。
「僕は平気だけど、君たち休めてる? 倒れたら元も子もないぜ」
「問題ありません。魔力で誤魔化していますから」
目の下に隈を作った鬼月くんがキリッとした表情で言う。
魔力でどう誤魔化してるんだ?
眠気と疲労を吹き飛ばすのは流石に難しいと思うけど……
「気絶しないように意識を失う前に魔力で意識を覚醒させてます」
「健康に害がありそうだけど」
「問題を先送りしているだけなので害はありませんよ」
ああ、なるほど。
つまり疲労を感じないように無理やり魔力で意識を保ってるだけなのか。それをしなくなった瞬間疲労が押し寄せて倒れるんだろうな……
「苦労させてごめんね?」
「勇人さんが現れなければ、我々は前情報なしに襲撃され50年前の再現をしていたでしょう。この忙しさは誇らしさすらあります」
「そう言ってもらえると助かる」
そのまま廊下を歩くこと30秒程度、ある扉の前で停止した。
コンコンコンと三度ノックする。
「鬼月です。勇人さんをお連れしました」
『入ってくれ』
「失礼します」
中に入ると、そこには藤原副大臣と見覚えのない女性と男性が居た。
たった三人、僕らを合わせても五人。
この副大臣と鬼月くんがいることから考えるに、このお二人も重要な人だと思う。
「夜分遅くに呼び出して申し訳ありません」
「気にしないでくれ。ちょうど暇してたんだ」
鬼月くんが座った隣に僕も座る。
場の空気が整ったのを確認してから、対面の男性が切り出した。
「まずはご挨拶から……初めまして、勇人特別探索者。私は情報部部長の北郷智久と申します。そしてこちらは」
「探索者資格管理部部長の菅沼優です。あまり直接関わることは少ないと思いますが、よろしくお願いします」
「姓は一身上の都合でない、ただの勇人だ。よろしく」
「よろしくお願いします。早速本題に移らせていただきたいのですが、いくつか質問をしても?」
「構わないよ」
北郷くん──くん付けで呼んでいるが、おそらく年齢は五十歳を超えている──は手元に紙をいくつか取り出してから、僕の目を見つめたまま口を開いた。
「まず、第五ダンジョンの一件を解決していただいたこと。そして我々に協力していただいていることに深く感謝いたします」
「いいさ。それが僕の存在意義だからね」
「50年前、あなたに世界は救われた。しかしその事実を認識しているのは我が国のみで、他国はそんなこと考えもしておりません」
「遠い国で誰かが強い個体を倒したお陰で侵略が止まったなんて口で言っても信じてもらえるわけがないよね。不思議なことじゃない」
「……それに、勇人さんは人とモンスターの力を持つ貴重な方だ。歴史の生き証人であり、かつての救世主でもある」
「そんな大層なことをしたつもりはない。ただ敵を殺す、それが他の誰よりも上手かったにすぎない」
「──単刀直入に伺います。不満はありませんか?」
「北郷!?」
「ないよ」
「心の底から、功名心では無かったと」
「そんなもの要らないさ。誰かの救いになるなら欲しいけど、僕らじゃ力不足だったしね」
僕らが勇者として完全無欠に戦えていたのなら、どれだけ良かったか。
僕は足りなかった。
エリートは何倍も何十倍も強かった。
統制の取れた侵略を行うモンスターから守れなくて、目の前にいる人が無惨に殺されていくのを何度も見た。
仲間を犠牲にして戦わなければ敵を殺せなかった僕が勇者なんで烏滸がましい。
──とは言っても、自分が呼ばれるのが嫌なだけで、犠牲になった仲間達は正しく勇者だと思ってるんだけどね。
慌てふためく鬼月くんを目線で抑えて、北郷くんと向かい合う。
「恩着せがましく救世主を名乗ってるんだ。僕は何をすればいい?」
「──雨宮四級を、貴方に匹敵する実力者に仕上げて欲しい」
そう言いながら、数枚の資料を掲げた。
見ろってことかな。
鬼月くんが机に回してくれたので目を通す──……なるほど。
元一級、元二級、元三級。
世代はバラバラだけど、誰も彼もがダンジョンで消息を絶っている。そして何よりも目を引くのは元二級の黒髪型エリート。
元二級雨宮紫雨。
雨宮──そうか……
やっぱり僕の勘は外れなかった。
あの呟きを聞いた瞬間、心のどこかで確信を抱いていた。きっと彼女は雨宮霞の探し求める姉であり、そして人類の大敵であるエリートだと。
「これは確定した情報ではなくあくまで仮説。ですが、仮説だからと言って軽視はできない。彼ら彼女らに意志や記憶があるかはともかく、ダンジョンで消息を絶った人間と同じ姿をしている事実は覆らないからです」
「公表はしないんだろ?」
「まだ出来ません。遺族への対応を決めあぐねています」
「……ああ、なるほど。だからそこに繋がる訳か」
僕を呼び出した理由がわかった。
霞ちゃんを僕と同等の実力者に仕上げて欲しいというのはつまり、彼もあの娘のポテンシャルに気が付いたんだろう。
雨宮霞という少女は現状誰よりも可能性に満ちている。
素で将来有望と言われていたセンスと一年の半分近い時をダンジョンに費やす執念、そして何より僕の力を受け継ぎ人らしさを失わず強さだけを手に入れた事実。
誰だって彼女を育てるべきだと思い当たる筈だ。
「これは私の根拠なき推測ですが、雨宮四級は姉について何か思う事があるのでは?」
「さあ、それはどうだろう。ただ少なくとも、強くなることに躊躇いはないとだけ言っておくよ」
「なるほど、十分です。貴方が傍で育ててくれることほど安心できる事実は無い」
「そうかい」
「彼女に足りない物はなんだと思いますか?」
「霞ちゃんに足りない物? ……全体的に足りないとか言っちゃダメかな」
「こちらも全く協力せず貴方に押し付ける気はありませんから、手助け出来るように具体的に言ってもらえれば」
薄く笑みを浮かべて北郷くんは言った。
霞ちゃんに足りない物。
強さという面で言うのならば、物理的にも魔力的にもまだまだ足りてない。一級に縋れる程度の実力でエリートを相手にすれば秒殺だ。だけどこれはもう少し時間をかければクリア出来ると見ている。
意志という面では満点と言える。強くなりたいって渇望があって、そして目的を達成するまで死ねないと言い切った土壇場での胆力もある。
自己犠牲がやや強いかもしれないけど、それは矯正していけばいい。圧倒的格上を相手にしても怯まず全力以上を出し切れるのはセンスや才能では語れない天性のものだ。
そうなると足りないものは……
「経験かな」
総じて彼女に足りてないのは時間と経験だ。
基礎はこれまで現代基準でみっちり磨き積み上げたものがあるから焦る必要は無いが、リッチとしての能力に関しては全くの素人と言っていい。
どこまで扱っていいかもわからない。
僕だから吞まれてないのか、呪いの影響が薄いから呑まれないのか……判断が難しい。
そこは調子を見極めて僕自身で実験していくしかない。
「あの娘に必要なのはとにかく経験だと思う。自分より強い相手の指導を受けて、取り込む経験が足りない。それさえ出来れば……」
「勇人さんに出来ますか?」
「僕が相手は難しいね。実力が離れすぎてる」
指標にするならもっと身近な実力から徐々にステップアップしていくのが望ましい。
わけわかんない戦闘の才能があるならともかく、あの娘はどちらかと言えば執念で食らいつくタイプだからね。わかりやすい目標を一つ一つ踏み越えていく方が合っている。
「エリートもまだ相手に出来ない。人間相手、一級を目標に暫くやっていけば可能性はある」
どの道、彼女の目標が敵になっているんだ。
本人かどうかというのは関係がない。たとえ骸だけが利用されていたとしても、その事実を決して許しはしないし逃しはしないだろう。
姉の肉体が敵に弄ばれエリートに転じたと知れば、必ず彼女は立ち上がる。
「──であれば、ちょうどいい。勇人さんの肩書はなんでしたかな」
「うん? 特別探索者って聞いてるけど……」
「そう、特別です。本来であれば資格保有者は原則として所属する地域から離れる事を許可されないのですが、貴方にはそれが無い」
つまり、各地方の代表者が集まっていた先日はかなりの異常事態だったって事か。
そしてそれをわざわざ言ってくるって事は、僕にここから離れて動けと言っている。
「待て北郷。確かに勇人さんの所属はあくまで迷宮省そのもので部署は固定されていないが……」
鬼月くんが口を挟む。
懸念点としては今関東から離れる事が良いか悪いかって話だろ?
エリートが三体いる事が確認されている関東を離れ、その間に襲撃されては元も子もない。他地域にエリートが居るかどうかは定かじゃないから、今は動くべきではないと。
しかしその懸念に対して北郷くんは首を振り、寧ろ今動くべきだと言う。
「逆です。関東地域にいる仮想敵に対し打撃与えている今こそがチャンス、ここを逃せば最低限の備えのまま戦いに突入する事になる。勇人さんが呼称エリートの怪物と対等以上に戦えても、彼一人では完全無欠に守る事は出来ない。彼に匹敵するポテンシャルを秘めた雨宮四級を早急に仕上げる事こそが唯一の対抗策だと愚考しました」
「むう……」
「雨宮四級を一級に引き合わせ成長を促しながら、全国にエリートが潜伏している可能性を考慮しダンジョンを勇人さんに回っていただく。関東で待ち続けるよりはいい方向に転がるでしょう」
「……悪くないように思える。勇人さんには負担だが」
「それは気にしなくていいよ。僕も霞ちゃんを育てるやり方をどうしたものかって悩んでたところだし、渡りに船だ」
それに、どの道役目が無くなったら全国見て回るつもりだった。
それが早まっただけさ。
「では、勇人特別探索者及び雨宮四級探索者には後日新たな指令を下します。それがあるまで待機という事で」
「ん、わかった」
他に用件がなさそうなので立ち上がり、部屋から出る。
またもう一度エリートを探して全国か。
戦う事しか能がないのは自覚してる。
結局僕のやる事は変わらない。
ダンジョンの中で朽ちた人間の身体を持つエリートを倒す。
50年前と違うのは、相手が人型かそうじゃないかって点だけだ。
「…………ま、いない事を祈るしかないか」
淡い期待を込めて言い聞かせるように呟いた。
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