第69話

 先手は勇人が取った。


 彼の基本的な戦術は見敵必殺。

 最も優れている点は圧倒的な魔力量に裏付けされた耐久力と、魔力を用いた攻撃の法則を見抜きそれらに対応する適応力にある。


 しかし、それだけではない。

 勇人がこれまでの戦いで生き残り敵を屠り続けることが出来たのには、この姿勢があった。相手の攻撃を受けて耐えてそれらを利用して勝利する、それはあくまで最終手段。


 そもそも敵に攻撃させずに初見の一撃で屠る。


 それこそが勇人の最も得意とする戦略であった。


 しかし。


『────フンっ!!』


 敵のエリートはそれをわかっていたかのように、勇人の突撃に対応してみせた。


 振るわれた剣をいつの間にか手にしていたのか、無骨な槍で受け止める。


 そしてその隙を逃さず、傍に控えていた2体のスケルトンが斬撃を放つ。

 四本腕、それら全てに剣を握ったスケルトンは通常の個体とは比べ物にならない能力を有している上に単純に手数が四倍。

 それが二体。

 勇人がどれほど優れていても、物理法則を全て塗り替えられるほど怪物ではない。

 厄介だな、と内心愚痴りつつも一歩後退した。


 追撃は行われない。

 スケルトンは傍に控えるのみで、能動的な攻めは行わなかった。


「来ないのかい?」

『言っただろう。貴様を殺すのは我だと』

「随分嫌われてるね。僕が何かした?」

『とぼけおって。この世界・・・・にやってきた同胞を軒並み殺したのは貴様だろう』


(この世界、ねぇ。しかもやってきたって言い方をしてるのはミスリードか? いくらなんでもこんなに露骨なヒントを残すとは思いにくいけど)


 これほど饒舌に語るエリートはリッチ以外で初めて遭遇する。

 そうなれば、少しでも情報を引き出そうと勇人は目論んだ。

 幸い今回は一級や迷宮省の上層部に向けて配信が行われている。そして、おそらくそれらのことを相手は全く認知していない。

 戦場の情報をリアルタイムで共有出来るという強みを、改めて実感しながら口を開く。


「僕が殺した連中はそっちでも実力者だったのかな?」


 この問いかけには複数の意図が込められている。


 まず、こちらと向こうの時間軸に関して。

 こちらの世界では50年近い歳月が経過したが、向こうも同じとは限らない。そのことを教えたくない。

 そもそもダンジョンはいまだにブラックボックスの塊である。

 人間の常識で語らない方がいい。


 勇人はそのことをしっかり理解していた。


 そしてヘイトを自身に向けながら、かつて戦ったエリート達の戦力分析を行う必要があった。


 今を生きる一級はダンジョンの中を自由に行動できる程度には実力がある。

 しかし、それで十分だとは決して思わなかった。

 繰り返しになるが、エリートとはそれほどに厄介な相手である。

 かつての仲間達も現代に蘇れば一級相当の実力を持つと判断されるだろう。それに己と同様学習を行うことによって更に実力を磨くことも出来る。

 勇人の分析では、不知火や鬼月、そして宝剣はエリートと相対しても勝利をもぎ取れる。

 他の面々は厳しいのではないか、というのが現状の結論だ。


 もちろんそれが全てではない。

 単に直接話をしたのがそれだけの面子でしかないため、他のメンバーのことを詳しく知らないからそう思っているに過ぎない。

 一級全員と手合わせをすればその評価はまた覆ることもあるだろう。


 だからこそ、かつてのエリート達の評価を正当に受け取る必要があった。


『それはお前が知る必要はない』

(そう簡単に漏らしはしないか……)


 かつて戦った連中と比べ、こいつは少し違うと評価を改める。


 50年前のエリート達は人類を見下し殺すのが当たり前で警戒することなどほとんど無かった。


 唯一リッチが勇人のことを脅威だと認め、命懸けでモンスターへと転下させる呪いを放ったが、それ以外にそんなことを考えた者はいない。


(50年の歳月は大きかった? いや、だとすれば辻褄が合わない。僕ですらリッチの呪いを受けただけで身体能力が上昇したんだから、わざわざモンスターが50年も育成に時間をかける必要はないだろ)


 攻める隙を窺う振り・・をしながら、思考を重ねる。


(モンスターの強みはそもそも個体感での能力がほぼ固定されている事にある。どういう経緯で生まれてるのかは知らないけど、あれだけ侵攻が激しかったんだから量産不可能ってことは無い筈だ)


 じり、じり、と摺り足で音を立てる。

 あくまでブラフ、勇人は今は攻める気がない。

 相手の情報を引き出すにしても、むやみやたらにありとあらゆる情報を際限なく得たいわけではない。どんな情報が欲しいか、それを整理していた。


 勇人が初手で瞬発力を見せ付けたのも役に立っていた。


 エリートからすれば魔力を用いた攻撃をする距離を一瞬で詰められたのだ。受け止めたのは偶然ではないが、その速度で仕掛けられることを知っている。

 ゆえに警戒する。

 その足の動きでどこを狙うか見定めるために。


 勇人からすればそれを見抜かれてもなんの問題もない。

 そもそも時間稼ぎをするのが目的であるし、別にそれ以外にもエリートを倒す手段がある。


 エリート全てを殺してきた経験は生半可なものではない。


(エリートはまた現れる、これは間違いないでしょ。こっちの世界と表現したんだから目的が日本、いや、地球にあることは間違いない。そうじゃなきゃ全世界同時侵攻なんて行為をするわけがないし……ん、待てよ。全世界だよな、そういえば)


「──ふっ!!」


 考えながら、攻撃に転じる。


 先程よりも鋭く素早い踏み込みによりエリートの頭上へと移動し、宙に浮いたまま剣撃を放つ。


『甘いわ!』

「まあ、受け止めるよねッ!!」


 またも槍で防がれる。


 2体のスケルトンが攻撃を加えてくる前に後方に下がり、御剣の下まで後退することに成功した。


「おい、勇人さん。大丈夫か?」

「何も問題はないよ。ただ、考えなくちゃいけないことは増えたかな」

「俺にできる事は?」


 ここで、御剣は無理をしなかった。

 自分が一級としてこの国を支えてきた自覚はあるが、実力という面で見てどう足掻いても勇人に勝てるわけがない。その上、エリートと戦い屠続け50年前の災禍を生き延びた勇人の方が経験も勝る。

 その点を考慮し、素直に聞くことが出来る人格。

 これらもまた一級になる上で求められる素質であった。

 中にはそういう素質全て無視して磨けば化けると判断されてる奴もいるが、御剣はそうではない。


「御剣くんには後ろをお願いしたいかな」

「後ろ?」

「うん。かなりの数のモンスターが近づいて来てる」

「……まあ、それくらいは出来るか。いいのか?」

「問題ない。僕はエリート狩りのエキスパートだぜ?」

「それを言われちゃしょうがねえよ」


 苦笑しつつ、御剣は後ろに振り向く。

 一応エリートを目前にしているのだが、無防備な背中を晒すことに抵抗はなかった。

 エリート狩りのエキスパートと名乗った勇人だが、その功績は自他ともに認めるべきもの。勇人本人は「仲間を犠牲にしてどの口が」と内心考えているが、御剣はそうは思わない。

 かけがえのない仲間だったのはわかっている。

 そんな大切な仲間を犠牲にしなければ勝てない敵だった。

 日本どころか世界を混乱させどん底に追いやった敵を倒すためだったのだから、それは仕方のないことだ。むしろ代償は軽いとすら言える。

 それでも悔やむことが出来る勇人の人間性。

 そしてたった今行われたエリートとの攻防で、引けを取らない実力であることも確認できた。


 ──何より、勇人と対等に渡り合えるエリートに、今の自分では勝ち目がないことも。


(──事前の予想通りか。最低でも不知火、鬼月の旦那クラスじゃないと話にならねえ。そうなると必然的に役に立つのは九十九と、北でずっとドンパチやってる3人くらいになる)


 少なくとも今回の戦いで御剣は勝利に貢献出来ない。


 冷静に判断出来るクレバーな部分は彼の持ち合わせている強みでもあった。

 そうでなければ一級として活動することはできない。

 彼らは日本だけでなく他国での活動もあり得る国を代表する者だからだ。

 ごく一部の実力だけで選ばれた人間とは違った。


「背中は任せな。俺が死んでも守ってやる」

「死なれたら困るんだけどなぁ……」

「言葉の綾さ。それに、勇人さんは勝てるんだろ?」


 モンスターの気配が感じ取れるほど近くなってきた。


 そしてその量はこれまでの戦いでもそう経験がしたことのない数に及んでいる。

 それこそダンジョン警報として一級が呼び出されるような規模であり、それがこの低階級向けのダンジョンで発生しているのが何よりも恐ろしい事実であった。


 エリート一体で戦況が覆る。


 その事実は何よりも重い。

 そしてそのエリートを討伐するために、今御剣が出来ることは限りなく少ない。実力の伴わない人間が出来ることは足を引っ張らないことだ。


「ああ。勝つよ」

今回は・・・任せる。だから頼むぜ」


 御剣は優秀だ。

 実力があり、それでいて政治面でも判断が出来る。

 鬼月の右腕と呼ばれているのは冗談ではなく、彼と同等の役割をこなせるからだ。


 50年前に世界を、日本を救った人間にもう一度日本を救えと命じている。


 情けない。

 今を生きて国を支える人間として、恥ずべきことだ。


「…………強くなるさ」


 いつの間にか肌で感じる距離まで近づいているモンスターの大群を前に、剣をぐっと握りしめた。

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