第126話
『全員揃っていたか』
画面の中、一つだけ空いていた椅子に着席しながら鬼月くんが言った。
『申し訳ない。引継ぎに時間がかかった』
『時間はちょうどだ。遅れたとは言わん』
『うむ。むしろ儂からすれば貴様らが時間通りに来たことの方が驚きだぞ』
『それは俺に言っているな? 爺さん』
『お主に言っておる、がきんちょ』
『まあまあお二人とも、そういうのは後からにしてください』
モニターの中には錚々たる面子が映っている。
【関東】統括者鬼月善宜。
【関西】統括者不知火識。
【四国】統括者天ヶ瀬桃香。
【九州】元統括者有馬頼光。
そして僕こと勇人特別探索者。
日本全国ではないけれど、可能な限り集められた面々が揃っていた。
なぜこのようなメンバーを集めたリモート会議が行われることになったのか。
切っ掛けは僕が忠光くんに上げた報告だ。
デュラハンとの戦闘履歴をまとめた内容を提出した所、気になる所があったのか直接連絡が来た。それに関して答えたら、自分だけでは判断できないから直接話し合えるメンバーに話して欲しいと言われた。
簡単に説明するならこういう感じだね。
迷宮省のお偉いさんに挙げる前に探索者達で話し合って纏めてくれ、と言うのが今回の議題である。
『あの、よろしいですか?』
『どうした天ヶ瀬』
『いえ、その……私だけ挨拶してないので、させていただきたいんですが』
画面の中、唯一の女性が控えめにそう言う。
天ヶ瀬……四国統括者の一級探索者。
世代的には毛利くんと同じ世代くらいの筈だが、画面の中の彼女は若々しく見える。魔力を持ってるからそういう感じになるとかないとか、霞ちゃんの持ち込んだ美容雑誌に書いてあった気がする。
『おお、そうだったか。勇人さん、こやつは
「酷い言い方だ……」
『有馬おじさま達の世代と今の世代の認識は少し違いますから』
苦笑する天ヶ瀬くん。
酷い言い方だと僕は言ったが、その実全くそんな事は思ってない。
寧ろ使い勝手のいい人材である事を肯定する言い方をした彼女の評価を少し上げたくらいだ。僕も有馬おじさま側の考えがまだ強く残ってるからね。
使える駒という認識は無くならない。
この考えが無くなるのはきっと、僕がこの世に必要なくなった時だ。
『ええと、ご紹介に与りました。四国統括、天ヶ瀬桃香です。お好きなようにお呼びください』
「天ヶ瀬くん、と。よろしくね」
『はい、よろしくお願いします』
これで会議を進めるのにあたって障害は無くなった。
時間を取るのも難しいメンバーだ。
早々に始めよう。
『俺は暇だが』
「僕の代わりに現地滞在してもらってるんだ。文句は誰にも言わせないよ」
『では、勇者公認の休暇とでも思って満喫しておくとするか』
『不知火くんが戻るのはいつ頃になります?』
「うーん……頼光くん、何か聞いてる?」
『儂も詳しく聞いたわけではないが、後一週間ほどだと聞いております』
一週間か。
そうなると、紫雨くんの対処もそれくらいで落ち着くのかな。
多分九州全体に出てる警戒も解けて、不知火くんは関西に帰る。
僕らの動向もそこら辺で決まるだろう。
意外とこの穏やかな日常もそう長くはないかも。
──もしも、全てが上手く運んだのならば……
その先にある甘ったるい未来を自分勝手に想像し、すぐに消した。
『一週間……それくらいならなんとか調整出来ます』
『その体たらくではいかんな』
『え?』
『考えても見ろ。今回は勇人さんが速攻で片付けたからこんな短期間で済んでいるんだ。もしこれが五十年前と同じ、モンスター共との総力戦だったらどうする? たった半月程度一級が担当地域を離れただけで管理出来なくなってはこの国は保たん』
『それは……その通りですね。浅はかでした』
天ヶ瀬くんのふとした呟きに鬼月くんが指摘する。
実際その備えが全く出来ていなかったから僕らは五十年前何も出来ずに総崩れしたわけで、彼の言う事は間違ってない。
とはいえ、いくら一級でも身は一つしかない。
不知火くんや僕のようにある程度埒外の移動方法を身につけているならともかく、そうでないなら広大な範囲を担当するのは厳しいだろう。
そのために二級が居るってのはごもっともだけれど、実際、二級と一級では天と地ほどの差がある。
例えるなら二級や三級は主力の兵士になる分類。
一級は指揮官クラスで、強さも相応に備えてなくちゃいけない。
エリートくらい倒せる強さを持ってないとこれからの戦いは厳しくなる。
『問題ない。俺や鬼月のおっさんがその分動けばいいだろ』
「……不知火くんって常識なさそうな感じするのにすごい常識的だよね」
『……前も言ったが、俺は戦うのが好きなだけで常識知らずの戦闘狂じゃあない』
どこか拗ねた様子で言う不知火くんに謝りつつ、話を戻す。
こういう部分が可愛いんだよなぁ。
憎めないがきんちょだ。
「さて……場も温まってきただろうし、そろそろ本題に入ろっか」
和気藹々とした話し合いの空気が引き締まる。
わざわざ各地の一級──全員ではないが管理者──の時間を無理やり空けて会議を開くのには相応の価値が必要だ。
例えば以前僕が現れた時。
あれは世界全体規模での案件として処理された。
もしも僕の存在が真であるなら、時代が変わるとすらあの頃言われていた。
事実時代の節目だった。
僕の帰還を皮切りにエリートが動き出し、ダンジョンの謎というものにも少しずつ近付いている。
今回は国家規模での案件と判断された。
理由は単純、「他国に教えるわけにはいかない」と判断したからだ。
エリートという存在は世界全体に共有するべきだった。
おそらく五十年前、世界中に散らばっていたエリートは全て日本に集まった。僕ら四人が担当していた奴らを倒して回ったからだ。結果雄大な他大陸はエリートのいない侵攻に踏み潰され今でも連絡の取れない地域が生まれ、たまたま僕がいた日本が事実上の決戦の場となった。
では今回は?
世界に共有する必要はなく、しかし国家規模で話し合う必要があるとは一体何事なのか。
まだ事前に話を聞いてないであろう四人に対し、率直に、他に含む物がないよう気を配った表現を言い放つ。
「──異世界があるとしたら君らはどう思う?」
資料も何もない完全に秘匿された会議。
新たな時代、いや、
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