第127話

『異世界? それはつまりアレか、ファンタジー的な概念の異世界か?』

「その認識で間違いないと思う。実態や詳細を知ってる訳じゃないから断言出来ないけどね」


 僕も口頭で聞いただけだし真実とは限らないが、限りなく事実に近いだろうなと考えてる。


 ダンジョンが出現するまでこの世界に魔力なんて概念は無かったしファンタジーな要素は現実に起こり得なかった。ダンジョンと探索配信者の影響もあり現代でもよく見る異世界ファンタジーという概念は、正しく幻想そのものだった訳だ。


 なにせ、モンスターは自由意志を持たない。

 僕が地上に戻りエリートの存在が明らかになるまでそれが通説であり事実であった。

 彼らはそう言う存在として認知され、決してファンタジー的な存在として見られることはない。だって現実に居て資源になってるんだからね。


 脅威だけど、そうだな……巣穴から出てこない危険生物、くらいの認識だったんじゃないか?


 無論、探索者の認識は違うだろう。

 命を奪い合う相手であり、かつて文明を滅ぼしかけた生命体である。

 野生動物の数倍も危うい存在に対して、そんな軽い認識をしてる者はいない。


 でもね、この世界は探索者じゃない人間の方が圧倒的に多いのだ。

 その上探索者は人気な職業であり、養成校の倍率は毎年とんでもないことになっているし無事に卒業したとしても探索者になれない人はたくさんいる。


 夢破れた人がもう一度夢見るための世界。

 それが現代における、異世界というジャンルだった。


「ていうか不知火くん知ってるんだ。僕はそっちの方が意外なんだけど」

『現代を生きていれば一度は目にするものだ。何せ、我々はそんなファンタジーに一度滅ぼされかけているのだから』

「ごもっともだ」


 魔力なんて概念、僕ら老人からしてみればおかしな存在だよ。


 物理現象に囚われない異次元のエネルギー。

 夢も希望もあるフレーズだが、その実とんでもない火種になりうる──いや、もう既に火種になることは確定しているこれは、これから先人類文明が存続する限りファンタジーではなくなっていく。


 幻想は現実になった。

 ならば、異世界という未だ到達できてないファンタジーを彼ら探索者が見ないわけがない。


「僕も正確に、そして断言できるわけじゃない。あくまで交戦した敵の証言を元に推察したに過ぎず、これを元に組み立てていくのはリスクが高すぎる。だから今回は『この証言をどう報告するか』が本題になる」

『……なるほど。交戦した敵というのは例のデュラハンとやらですか』

「頼光くんは聞いてたか。自称魔軍八星将らしいよ」


 魔軍八星将。

 将、なんてついてるんだし幹部級なのは間違いない。

 あいつは侵略に来たのではなく、前回の侵攻部隊を殲滅した人間を見に来たと言った。つまり僕が狙いだったわけだが、それを鵜呑みにするわけにはいかない。

 それが油断させる策だった、なんて可能性もある。

 今はまだ言わなくていい。

 話の流れで触れていこう。


『ふん。次会った時は俺に寄越せ』

『不知火。口を慎め』

『そうですよ。これ以上の戦力が出てこないことの方が望ましいです』

『だが、出てくる可能性が高い。違うか?』

「そうだね。だからこそ今回、僕らはここで話し合うことになったんだ。いいかい? まずは……」


 デュラハンの漏らした情報を並べていく。


 ・異世界からやってきたこと。

 ・異世界にはかつて勇者という存在がいたこと。

 ・前回の侵攻は明確にこの世界を支配するためのものだったこと。

 ・魔軍八星将であること。

 ・それに伴い、魔軍という組織が形成されていること。

 ・魔力技術が異世界にも存在すること。


『……ずいぶん具体的ですな』

「これはあくまで奴が口走った事実を並べたに過ぎない。さ、ここから考えられることは何かな」


 そう聞くと、四人とも思案するために口を閉じる。


 僕個人の感覚だと、デュラハンは嘘を言っていないと思ってる。


 六……いや、七割くらいの確率。

 理由はほぼ勘で、ああいう手合いが嘘をあの場で吐くとは思えなかった。僕との殺し合いで死ぬつもりがなかったとすればますますその感覚は強まる。

 武人肌で、かつて勇者という存在と戦ったことのある個体だ。

 そんな奴がさ、僕と戦う前に死ぬことを覚悟して嘘をばら撒くと思う?


 僕は思えなかった。


 そんなことを考えてるうちに思考が終わったのか、不知火くんが一番最初に口を開いた。


『まだまだ敵は居る。そういうことか』

『それに加えてエリートクラスも掃いて捨てるほどには溢れてそうですね』

「あのデュラハンが最強格じゃあない。あと1段階……いや、2段階くらいピラミッドの上位層がいるよ」

『それは……少し、いや、かなり刺激的な情報ですな。根拠は?』

「実体験さ」


 五十年前の鯨を思い出す。

 あいつは明らかに攻めてきた奴らの中で一番強かった。

 デュラハンと比べたって天と地ほどの差があっただろう。

 そんな怪物を屠れたのは間違いなく運が良かったからで、もう一度やれと言われても出来ませんと答えるね。


『なるほど……それに勝る証拠はありませんな』


 険しい表情で呟く頼光くん。

 彼は昔の軍隊じみたモンスターの侵攻の当事者だから、統率をとれる個体が大量にいる事実は面白くないだろう。

 僕もそうだ。

 もしこれで異世界とやらが実在し、かつ本気でこの世界を落とすために本腰を入れて侵略してくればどうなるか?


 答えは明白、一瞬で世界は滅びる。


 瞬く間にね。

 考える暇すら与えられない。

 そして世界はモンスターのものになりました、そうなるわけだ。


『…………つまり、この地下にはまだ複数のエリートモンスターが残っており、尚且つ人間をエリートに改造する術も持っていて、そして本気で侵略する気になればもっと大量のエリートを動員できると言うことですか』 

「最悪の想定では、そうだ」


 静かな沈黙が広がる。


 彼我の戦力差、これが現実だ。


 そしてこういう時の最悪の想定ってのは大概当て嵌まってしまうもので、ため息を吐きたくなる。


「──とは言っても、これはあくまで最悪の最悪。明るい情報もあるよ」

『これに比べれば何でも良く聞こえるでしょうな』

「まあね。これは雨宮紫雨からの情報だけど、人間をモンスターに仕立てていたのは僕が討伐したデュラハンだそうだ。それに次ぐ人材が、彼女だった」

『それは朗報だ……。少なくともこれ以降人類出身のエリートは増えない、と言うことですね』


 もちろん彼女に知らされてないところで用意されてる可能性はあるが、そこはあまり考慮しなくていいだろう。


 だって関係ないもの。

 人類出身のエリートが増えようが増えなかろうが、モンスター側の戦力が圧倒的な事実に変わりはない。


『そうなると、いくつか疑問が残ります』


 天ヶ瀬くんがそう言う。


『それだけの戦力があるのにわざわざ現地で戦力を補充する訳と、本腰を入れて侵略してこない理由がわかりません』

『今はこの世界が魅力的ではないか、戦力がないかの二択か』

『前者ならばわざわざ攻めては来ない筈です。また後者ならば、魔軍八星将という肩書を持った幹部級がこの世界にやってきたのも納得出来ない』


 ……ふむ。

 こうやって順序立てて考えていくと、益々あのデュラハンの言ったことが正しく思えてくる。


 ただこうやって「正しいんじゃないか」と考えていくのは危険でもある。


 香織に昔教わったけど、人は追い詰められているときほど信じたい情報を信じてしまうらしい。 

 正常性バイアスって奴だ。

 僕は自分が優秀ではなく無能な方だと理解している。


 だから自分の考えは常に疑う必要があるのだ。


『……案外、その両方なのかもな』


 不知火くんが呟いた声が耳に入る。


 両方。

 つまり、この世界が魅力的ではなく、尚且つ戦力が足りていない。


 辻褄は合うね。

 これが正しいと信じるのはとても危険だけど。


『だが今回大層な肩書を持っている幹部を一体葬った。今後別の対応をしてくる可能性は高い』

『と、なると……やる事は変わらないですね』

「これまで通り戦力を強化し、魔力技術を発展させ、エリートを倒していく。これに尽きるかぁ」


 攻められる側ってのは手札が少なくて困っちゃうね。


 いつまでもやられっぱなしなのも癪だし、いい加減エリートどもに一泡吹かせてやりたいんだけども。


『異世界の存在は迷宮省上層部に共有してもいいかと。それに、我々は一つ、ある可能性を見落としています』

「何かな?」

『ダンジョンを通ってくるのが、モンスター以外である可能性です』

「……異世界人が来る可能性か」

『ありえないとは言えません』


 言う通りだ。

 モンスターしか来てないだけで、この先人間が来る可能性もある。

 そのとき喋るモンスターしか居ないと迷宮省が判断していたら、その時遭遇した探索者と戦闘になる可能性がある。


 ……やっぱり僕はこう言うのが苦手だな。


 一人じゃ想定し切れない。

 政治的に強い味方がたくさんいるのは非常に心強いが、その分長く生きてるくせに考えるのが苦手な自分が際立つ。


 やれやれだ。


『落とし所としては、異世界という存在そのものは認知しておく。しかし対策をするほどではない……こんなところでしょうね』


 鬼月くんがそう締め括った。


 異論はない。

 まずは目先の問題をどうにかしなくちゃいけないってのは共通認識だ。

 取らぬ狸の皮算用と言うように、異世界のことを考えてエリートに負けるようでは話にならない。


 まだこの世界にエリートは潜んでいるのだから。


『……しかし、異世界か。年甲斐もなく心躍る単語だ』

「まだこの世界に君の力は必要なんだ。ふらりといなくならないでくれよ?」

『当たり前だろう、俺は一級探索者だぞ』


 何を言ってるんだと呆れた顔で言う不知火くんに、相変わらず妙に常識があるなと苦笑した。












 草木の生えない死んだ荒野にて、ある一団が睨み合っていた。


 方や異形の軍勢、方や統一された鎧を身に纏った人型の軍勢。


 旗を掲げた軍勢の戦闘に立つ一人の人間が、対面する異形共を眺めながら呟いた。


「……随分遠いところまで来ちまったなぁ」

「は、勇者殿・・・? 何か申されましたか」

「いんや、何も言ってないぜ将軍。ここを勝ったら少しは休めるかなって思っただけだ」

「それは無論。この戦いに勝利を収めれば、この丸ごと人類圏になりますからその立役者となった勇者殿には褒美が与えられるでしょう」

「……内ゲバにならなきゃいいんだが」


 勇者と呼ばれた人間は聞こえぬように兜の中で呟く。


 身に纏う鎧は傷だらけで、ここまでどれだけの激戦を戦い抜いてきたのかを如実に表している。兜の縅毛に至るまでボロボロで、最早傷のついていない箇所の方が少ない程だ。

 モンスターとの激戦にこれで一旦ケリがつく。

 それがわかっていてもどこか安心できないのは、勇者の出自が関係していた。


(平民出身の勇者なんて、絶っっ対面倒ごとになるよなぁ……どうすっかなぁ……)


 自分がいなければ人類の好転は無かった。


 それは間違いない。

 間違いないからこそ、この戦いを終えた後を憂いた。


(勇者ねぇ。俺が勇者か。俺なんかが・・・・・? 笑わせる。本物の勇者は、こんな程度じゃあない)


 脳裏に浮かぶのは前世の記憶・・・・・

 地球、その中の日本という国で平和に暮らすただの学生だった青年が、突如現れたダンジョンとモンスターの軍勢に立ち向かった記憶。


 幼馴染。

 自分。

 高貴な令嬢。

 そして、誰よりも、何よりも強かった、勇者。


 たった四人で戦い、そして命を失うまでの短い一生。


 それは紛れもなく自分のことであり、そして、生まれ変わって勇者などと呼ばれるようになってしまった原因だった。


 剣を引き抜き、魔力を宿らせる。

 身体に宿る魔力はかつてよりも圧倒的に多い。

 それでも記憶の中にある現代の勇者・・・・・には到底追いつけないと思った。


(あんたに追い付けるかわかんないけど、追いかけるのをやめるつもりはないぞ──勇人さん)


 一瞬目を閉じ、そして見開く。


「よし。行こうか、将軍」

「はっ。姫勇者殿の加護ぞある!! 我ら人類の歴史を拓くのだ、全軍──突撃ィッッ!!」


 俺、姫じゃなく平民なんだけど。


 そう心の中で吐露しながら、勇者は駆け出した。

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