第125話

「イケメン勇者さまに引くほど愛されてて辛い」

「いきなり何言ってるの、この娘は……」


 地上に出てきて久しぶりに文明に触れ、時折訪れる来客や検査の対応をしていた雨宮紫雨は失礼な物言いと共に突撃して来た妹を招き入れていた。


 本人的には拘束されるのも止む無しと言った感覚であり、何なら陽の当たらない地下室に閉じ込められて拷問を受けるとか、意志を奪われて思考を盗まれるとか、それくらい非道な扱いを受ける事も覚悟していた。


 それが全くそんな事は無く怖い思いをしたのですら勇人に威圧された時くらいのもので、拍子抜けした。

 全て犠牲にする覚悟をしていたのに何も失わなかったのだ。

 それどころかまるで大事なものを労わるような扱いである。

 すっかり気が抜けて自分が居なかった頃との違いやら妹の事やらを調べているうちに気が付けば一週間、早々に現代に馴染みつつある姉は脈絡なく唐突に変な事を言ってくる妹に対し溜息交じりに応答した。


「なに。勇人さんに愛されてるって、自意識過剰?」


 紫雨なりに現代の情報は既に手元のタブレット端末で得ており──アクセス履歴は流石に把握されている──霞と勇人の関係は大方把握済み。


 外から見れば俗に言う「カップルチャンネル」。

 内から見れば俗に言う「ビジネスカップル」。


 特に勇人の内情を理解していればその答えに容易に辿り着ける。


 なぜなら勇人には想い人がいる。

 こんなちんちくりん(※霞のスタイルは女性として恵まれています)のガキ(※成人しています)とは違い、令嬢の生まれで女性としても磨き上げられた肉体を持ち美貌にすら金を費やして美しさを維持していた大人の女である土御門香織がいる。


 こんなぽっと出の小娘に出番はない。


「寝言は寝て言いなさい。どう考えても霞じゃ釣り合わないでしょ」

「お姉ちゃんなんか酷くない……?」


 自分の妹の事なのになぜか相手側に肩入れしている紫雨は辛辣に言い放った。


 命懸けで助けに来てくれたのは嬉しいしこれまで霞がどんな風に生きてきたのか、どうして探索者になったのか、それら諸々の話し合いも含めた挨拶を数日に及び行い仲を深めた姉妹だが色恋沙汰に関しては譲れぬものがある。


 紫雨は当時恋人も居らず妹のために人生を投げ打っていた。


 考え方によっては妹と同じ立場であり、昔は配信する探索者という概念もほぼ無かったため特別人気や知名度があったわけでもなく、今の二級と昔の二級では全く別物だと指摘される程だ。死んだところで注目されることはない。

 探索者が死ぬことなど珍しくも無かった。

 自分はそんな状況の中で死んだ。

 その時の記憶は今でも色濃く残っている。

 下層部で下手を打ち行き止まりに追い詰められ、身動きが取れなくなった所を殺された。

 生きたまま喰われた経験は二度と味わいたくない。

 言葉に出来ない激痛と、動かない肉体が喰われていく恐怖。


 同じような思いを、霞もする可能性があった。


 だが彼女は助かった。

 運が良かった・・・・・・

 紫雨とは違い、生き残った。

 しかもかつて世界を救った勇者なんて人に出会った。


 妹が助かった事、それは非常に喜ばしい。


 姉として嬉しく思わずにはいられない。

 しかしそれはそれとして、一人の女として考えれば、物語のヒロインのような軌跡に巡り合ってる妹に多少の嫉妬心を覚えずにはいられなかった。


 ──私もあの頃、そんな風に救ってくれる人に出会えてたら……


「いや、勇人さんに横恋慕するつもりは一切ないけど」

「あ、そう……」

「あの人は私の事子供扱いしてるもん。女としてなんて全く見られてないからね。それなのにさぁ、私が居ないと寂しいとかさぁ、一緒に来てくれとかさぁ、軽々しく言うんだよ? 脈無しなのわかってるのにずっと言われるの。嬉しいけど、ありがたいけど、…………はは、はぁ」


 霞はそのままぐでーっと机に身を投げ出した。


 ……なるほど。

 たしかに同じ境遇だったら辛いかもしれない。


「大体さぁ、好きとかさぁ、普通に言うんだよあの人。感情伝わってくるからそれが嘘じゃないってのはわかるから余計さぁ、勘違いする余地もないのにさぁ、なんかドギマギさせられるしさぁ……」


(重症ね……)


 多少こみ上げた嫉妬心はすぐに鳴りを潜め同情心へと変わる。


 確かに言われて見れば、顔が良く、距離感が近く、性格も良く、近しい者にギャップ萌えのようなものを植え付けてくるイケメン(爺)の脈が無いと分かっているのに誘惑されつづけるのは辛い。


 向こうはそんなつもりはない。

 ただ本心を隠さず伝えているだけで、そこに恋愛感情はない。

 わかっていても何となく期待を抱いてしまうのが人だ。

 霞が少し・・年頃の女と比べてアレなのは重々承知だが、それでも妹は女。

 歯痒い感覚をするのは理解できる。


「ぷぴー……」

「……ああ、そうだ。良い手があるわ」

「え!? 教えて!」


 跳ね起きた霞に紫雨は微笑んだ。


「香織さんに言えばいいじゃない」

「…………」

「勇人さんがああいう性格なのは昔から、なんでしょ?」

「…………本人曰く」

「なら香織さんに責任取ってもらおう」

「えぇ……」


 勇人は昔から生きている人で、その頃一緒に行動していた女性も現代に(紫雨の所為で)いる。


 二人は想い人同士である。

 なら話は簡単、二人の間に挟み込む余地がなくなるような関係になってもらえばいい。霞との関係はある意味ビジネスパートナーのようなもので、師匠と弟子のようなものなのだからそれでいいではないか。

 問題は霞側が誘惑されている事にある。

 ならば誘惑された霞が入り込む余地が無くなってしまえばいい。


 息をするように女を口説く勇人を変える事は不可能だし、脅されたり殺されかけたりで無意識下で勇人にビビっている紫雨はそう結論付けた。


 一人の男を巡り、二人の女が言い争う。


 世間一般ではそれを修羅場と言った。


「うーん……香織さんに話しようにもお姉ちゃんが自由にならないと難しいし」

「それならちょうどいいわね。あと一週間くらいで検査も落ち着くみたいだし、そこでやっちゃいましょう」


(なんかお姉ちゃん妙に乗り気だなぁ……)


 霞は知らない。


 雨宮紫雨が土御門香織を起こしたことを酷く後悔していることに。


 そしてその事に関して未だ勇人に触れられてないため内心めちゃくちゃキレてるんじゃないかと恐れているということも。


 勇人の地雷を出来るだけ踏みたくないと消極的な恐れを抱いているからこそ、こう言った結論を出すのだった。

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