第124話

「勇人さん勇人さん」

「なんだい霞ちゃん」

「平和ですねぇ」

「平和だねぇ……」


 部屋の中でベッドに寝転がった霞ちゃんと、机に置いた本をじっくり読み進める僕。


 この構図が完成したのはおよそ三日前の事だ。

 紫雨くんを救出したは良いが流石に敵側のエリート枠として活動していた彼女を無条件で信じるわけにもいかず、迷宮省の管理する専用施設に彼女は隔離されている。

 ……と言っても、拷問や尋問を受けているわけではない。

 隔離と言っても不遇な生活を強要されているわけでもなく、寧ろ、広々とした部屋全体に魔力吸収効果を施した専用の部屋でちょっとの間待機してね、という措置を受けているだけだ。部屋の効果は僕も確認済みだし、モンスターとして復活した彼女が魔力を失った場合どうなるかわからないので最低限の魔力は残すようにしてある。


 よって、彼女はあそこで暮らしているだけで魔力を生み出し続ける貴重なタンクとして国に貢献しているわけだ。


 普通に面会も行ける。

 何なら何度も行ってる。

 監視の目はあるし厳しい視線を向けられているが、職務上それは仕方ないことだ。僕と紫雨くんが手を組めば九州全土を今この瞬間に堕とす事だって可能だしね。

 

 ではどうしてその妹である霞ちゃんがこんな風にだらけているのかと言うとーー答えは単純。


「霞ちゃんやい」

「はーい、なに?」

「そろそろダンジョンに行く?」

「んー…………もう少し、休みたいかも」


 本から目を離して様子を伺えば、大の字になって天井をボーッと見つめている。


 燃え尽きている。

 俗に言う、燃え尽き症候群って奴だね。

 

 彼女の目的は姉のことを知りたい、だった。


 死んだ優しい姉のことを諦められなくて、だから探索者になった。


 痕跡を見つけたどころか生きた本人(死んではいる)を見つけたのだ。


 見つけてしまったのだ。

 そりゃあモチベも落ちるしやる気もなくなる。

 ある種、人生の目標を失ったようなものだからね。

 

 実際、霞ちゃんが姉のことを気にしていたのは生きる理由を作るためだ。


 嘘じゃないさ。

 本音だったし人生を賭けてた。

 でもそれは選択肢の無さがゆえで、もしも彼女の家族が残っていたのならこの道は選ばなかったと思う。


 霞ちゃんは……そうだね。

 そう言うところもひっくるめて僕と似てるんだ。

 だから手を差し伸べたし、彼女のことを助けようと決めた。

 蘇生してしまった責任もあるが、それ以上に僕は彼女のそう言うところが見過ごせなかった。


「そっか」


 だから強制はしない。

 

 瀬名ちゃんもまだ復帰出来てないし、九十九ちゃんは割と自由に過ごしてる。


 僕も、香織の蘇生はまだしてない。

 紫雨くんの身が解放されてからやるべきだと思ったからだ。

 リッチとしての能力は彼女の方が上だし、緊急事態で対応出来るのはあの娘だからね。保険はかけたい。


 そうして会話が止まり僕が本に目を戻してから十分後、布の擦れる音とベッドの軋む音が聞こえてから、霞ちゃんが僕を呼んだ。


「……ね、勇人さん」

「どうしたのさ」

「勇人さんは香織さんが元に戻って、一緒に暮らして行けるようになったら……どうする?」


 香織と暮らせるようになったら、か。

 

 彼女が黙って僕と一緒に暮らし始めるかどうかはさておき、もしもそれが叶うのならば、僕はその日常を守る為に動く。

 この国の平穏は当然だ。

 国外にも目を向けなければならない。

 ダンジョンのエリートを駆逐し、モンスターによる被害を減らし、新たな世界になっていく様を見ていく。

 これが理想かな。

 ただ、デュラハンが齎した情報はあまりにも大きかった。

 あれはまだ軽々しく誰かに話せる内容ではないと判断し僕の中で止めてある。


 もしもあいつの言ってることが真実ならば、ダンジョンの無力化は不可能。

 

 そしてあれ以上の戦力による侵略がいつでも行える、という事になる。


 それが真実ならば、平和や平穏なんてものはこの世界には何年経とうが訪れないだろう。


 つまるところ、僕は己の生活を保証するために、終わらない戦いに身を投じていく。


 それが結論だね。

 敵が居て、その敵がいつでも僕らを脅かせるのならば、敵を殺しにいくしかない。

 言葉も理性も通じない連中に世界を壊されたんだ。

 話し合いなんてするわけがない。

 僕は連中を殺すよ。


 たとえそれが文明を持ち理性のある存在だったとしても、僕ら人類の敵になりうる限り。


 そう言うことを長々と説明するわけにもいかず、少しの時間をもらって考えを纏めてから口を開いた。


「戦い続けるよ」

「…………やっぱり、そう言うと思った」

「はは、現代で一番僕を理解してるのは君だ。わかってただろ」

「うん」

「霞ちゃんはどうしたい? ぶっちゃけて言うけどね、僕らの寿命は長くなってるんだ。数年休んだところで余裕で追いつけるぜ」


 特に霞ちゃんは勤勉だ。

 何年か休んだところで、数年で取り戻せるだろう。

 それに成長力もある。

 僕は彼女が一度剣を置くことを止めなかった。


 戦う理由なんてのは人それぞれ。

 僕は戦うことしか選べなかったからこの道にいる。

 他人にそれを強要するつもりはない。

 もしもそれを強要する気なら、五十年前の時点で強請ってるよ。

 

 全員戦え、武器を持てって。


 だから言わない。

 僕は彼女を育てると決めたが、彼女がそれを望まないのならば身を引く。


「私は…………私も、戦うよ」

「心変わりを許さないほど、僕の心は狭くない」

「ううん、戦う。勇人さんの手助けしたいから。だって、お姉ちゃんが戻ってきたのも、私が生き延びれたのも、全部勇人さんのおかげだもん」


 否定はしない。

 事実として彼女があそこで来なければ僕は地上に出なかったが、僕があそこに居なければ霞ちゃんもまたここには居ない。

 

「うん。戦う。戦うつもり……それは嘘じゃない。本当」

「でも動く気になれない。違うかい?」

「…………」

「無言は肯定と受け取ろう。僕にもそういう時期はあったんだ」

「え?」

「意外かい? 恥ずかしい話だけど、皆を失って一人ダンジョンに潜るようになって、閉じ込められた時。僕はさ、外に出ようとしなかったんだ」


『このままここで終わろう』。

 あの時僕が思ったことはそれだけだ。

 餓死して終わろう。

 そうすれば終われる。

 皆の場所に行けるんだって思った。


 結果として死ねなくて発狂した訳だが、それはそれとして。


「僕には戦うことしかない。でも君は違うだろ?」


 斯波勇人はかつて存在した勇者だった。

 戦うことしか選べなかった。

 それ以上何もなかった。


 雨宮霞は現代の探索者で年頃の女性だ。

 戦うことを選んだがそれ以外なかった訳じゃない。

 彼女には平穏を享受する権利がある。


「たっぷり悩むといい。それこそ姉に相談するのもアリだ」

「…………勇人さんは、私が居なくても……困らないよね」

「困らないけど寂しいよ」

「だよね、困らないよね…………え?」

「何せこれまでずっと一緒だったんだ。僕からすれば、香織達以来初めて出来た仲間だからね。うん、霞ちゃんが居なくなるのは寂しいねぇ」


 嘘偽りない本音である。

 

 ジジイが何言ってんだって話だけど、ホラ、僕って人とのコミュニケーションに飢えてたもんだから。


 それに彼女は聡明で、打てば鳴る相性の良さもある。

 

 端的に言えば、僕は霞ちゃんを個人的に気に入ってるのだ。


「君さえ良ければ僕と一緒に来てほしいけど」

「…………」

「霞ちゃん?」

「だめ」

「え?」

「だめ。振り向かないで」


 彼女は震える声でそう言った。


 ……何かやらかしたかな。

 

 会話を思い返したが、特に失礼なことを言ってはいない。

 寧ろ、彼女のことを大切な一人だと認めていると伝えている。

 しかしだめと言われて逆らうわけにもいかない。

 ここは諦めて、また香織が起きた時にでも聞いてみるか。


「……この、女たらし」

「えぇ? 素直に伝えただけじゃないか」

「それがだめなの! 香織さんに言うよ!?」

「全然構わないけど」


 香織だって霞ちゃんとのこれまでの生活を話せば納得するさ。


「ん、ん、んも〜〜っ!! もおおおおおっ!! 女の敵め!」

「酷い言われようだなぁ。紳士を心がけてるんだが?」


 そう言ったが彼女は聞く耳持たず、お姉ちゃんのところ行ってくると言い残して部屋を出ていった。


 ……まあ、元気が出たならいいか。

 僕はそう結論づけて机の本に目を戻したのだった。

 

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