第123話


 広々とした暗闇。


 洞窟だろうか、それにしては広すぎる空洞の中心にそれ・・は居た。


 数メートルの体躯に全身を覆う鱗。

 一目見ただけで人間ではないとわかるフォルム。

 蛇のようで、トカゲのようで、そのどちらでもない。


 龍王。


 そう呼ばれた存在は、気怠そうに身を起こした。


『…………黒騎士が逝ったか』

「はい。勝負にもなりませんでした」

『奴が子供扱いならば、誰も勝負にならんな』

「で、ありましょう。あなた様以外は」


 いつの間にか龍王の隣に立つ一人の男。

 いや、人間に見えるだけでその実人間ではない。

 側頭部に生えた一対の角がそれを悠然と物語っている。

 瞳は常に閉じられているが視界の有無にこだわる様子は無く、寧ろ、全てが見えているかのような言動を続けた。


「遠見の魔術で戦闘の様子だけは探れましたが、想像していた以上の戦力です。あれは、我々八星将は愚か、四天王・・・であってもどうなるか……」

『それほどか、勇者・・は』

「それほどです」


 捻れ角を生やした男は首肯した。


 男には遠見の魔術という遠距離から指定の地点を見る魔術がある。


 それはこの世界ではまだ開発されていない魔術で、異世界にて発展した魔力技術の一つだった。


「私の領地で採用している評価規格で彼を測りました」

『ほう?』

「結果は【大将】級。八星将でも四天王でもなく、大将級でした」

『ではやはり、鯨王を討ったのは奴か』

「間違いなく」


 どこか嬉し気な声の龍とは違い、捻れ角の男は真逆の対応──つまり、まずいと。良くないと。


 相手の戦力を改めて測った結果決して侮れず、寧ろ、自分達を容易に屠ることすら可能だと気が付いたのだ。


「失礼をご承知で申し上げますが、バナダクト様に届きうる存在です。どうか、再考願います」


 そう言って頭を下げる。

 バナダクト、そう呼ばれた龍は、不愉快そうに喉を鳴らし口の隙間から炎を溢しながら呟く。


『我に命じると』

「この首と引き換えにご再考願います」


 捻れ角の男は頭を下げたまま淡々と言った。


 そこに感情が込められている様には思えない。


『…………よい。貴様の言う事、理解はしている』

「過ぎた事を申し訳ありません」

『フン。しかしだな、お前もまた理解しているだろう。我がこの地に来た訳を』

「…………」


 否定する訳でもなく、しかし無言で肯定した。


『これ以上はよい』

「……はっ」


 捻れ角の男は何かを言おうとして一瞬逡巡し、しかし結局口に出すことはなくその場を後にする。


 ただ一体残った龍は、静かに喉を鳴らす。


『…………勇者。そうか…………勇者か』


 捻れ角の男は黒騎士との戦闘を遠見の魔術で最後まで見ていた。


 と言っても最後の一撃で中継地点を薙ぎ払われた為全てを見る事は叶わなかったが、破壊の規模を見ればどれほどの攻撃だったのかは容易に想像できた。

 魔王軍八星将。

 一般上がり・・・・・のモンスターが成り上がれる最高位。

 その中でも最強格と呼ばれ、四天王と並び立つ実力を持つと言われていた黒騎士をたった一撃で勇人は薙ぎ払った。その前の攻防でも一方的に叩きのめしている事から接近戦での戦闘も、魔術の撃ち合いでも卓越した強さを持っているとわかった。


 捻れ角の男は勝てないと悟った。


 本国の戦力があるならまだしも、異世界に飛んだ戦力は限られている。


 ダンジョンから産まれる量産品のモンスターに現地で調達した少しの上位個体──これだけであの勇者を相手にするのは不可能だと。


 異世界に飛んだ理由の多くは新たな領地を求めて、である。

 外敵が居なくなり与えられるモノが無くなった魔王は異世界への侵攻を決めた。反乱を一々鎮圧するのも面倒くさいし、わざわざ不穏分子を裏切らせて殺すのを嫌ったからだ。


 ゆえに進言した。

 この世界を攻略するのは諦めて、ダンジョンのさらに深くで時を稼ごうと。

 魔力がある限り彼らに衰えの概念はない。

 第一次侵攻の面々が魔力発生の要因とダンジョンを作った時点で、地底はモンスターのモノになっているのだから。


 その意図を理解し、しかし龍はそれでも拒否した。


 理由は明白。


 龍が、否。

 龍王がこの世界に来た理由はただ一つなのだから。

 領地などではなく、名声などでもない。

 決して元居た世界では敵わない何かを求めている。


『楽しみにしておこう。勇者ユウトよ』


 龍はまだ動かない。

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