第26話
けたたましいブザーが鳴り響き、霞ちゃんも不知火くんも僕も全員が動きを止める。
終了か。
十分データは取れたってことかな。
一応僕なりに邪魔にならないように動いた訳だけど、これで邪魔になってたら悲しいから後で確認しておかなくちゃ。
「霞ちゃん、お疲れさま」
「はっ、はぁっ、は、はいっ……お疲れさま、でした……!」
「おっとっと」
かなり消耗が激しかったのか、彼女は呼吸を整えることもままならずその場で膝を落とす。
そのまま地面に衝突するより先に支えて、背中を摩った。
「はい、ゆっくりでいいよゆっくりで。落ち着いて」
「す、すみませっ……! ふぅっ、ふっ……」
生命力に変化は無し。
でも魔力の消費がちょっと激しいかな?
出てる量も中々のものだったからこれは確かに将来有望だと思ってたけど、想定より出ていた、というのが正しかったのかもしれない。
息を乱し肩で息をする霞ちゃんを支えていると、先程まで剣を交えていた不知火くんが歩み寄ってくる。
「雨宮、答えなくていい。そのまま聞け」
霞ちゃんは苦しそうな表情で、しかしそのまま目線を上にした。
「お前は強くなるぞ。俺が保証してやる」
「え……?」
「恐らくリッチの生命力とやらが関係しているんだろうが、魔力出力も基礎的な能力も向上している。人間はいくら鍛えようが魔力総量や出力に成長は見られないが、お前は違う。明確に力が伸びている」
「デメリットありきかもしれないけどね。僕も素の身体能力に関しては強度が増した自覚があるよ」
「そこは今後の研究次第だ。だが、アンタも同じ考えだろう?」
不敵な笑みで不知火くんは僕に問いかける。
うーん、どうやら霞ちゃんに向けていた期待は見抜かれていたらしい。
まあそれも破滅願望が大元にあるから決して健全とは言えないんだけれども、まあ、それがバレてないならいいか。
「霞ちゃんにはいずれ、僕を超えてもらわなくちゃならないからね。そりゃあ期待もするさ」
「アンタを超えるか。いいのか? それは決して喜ばしいだけの言葉じゃない」
「縛るつもりはない。僕なりにパートナーを大事に想っているんだと解釈してくれると嬉しいな」
「……一つ聞きたいんだが、恋愛感情ではないんだよな?」
「? そりゃそうだろ。僕は爺だぞ」
「…………そうか。雨宮、苦労するな」
「い、いえ……もう慣れて来たので……」
あのねえ、僕はもう70歳を超えてるし若い子を見て欲情できる程元気じゃないの。
ていうか、僕なんかを好きになってくれる人なんて居ないでしょ。
モンスターを殺す事しか出来ない役立たずが僕だ。
こんな世の中でも無ければ社会を支える一つのピースになることも出来ないような人間を愛してくれる誰かが居るとは思えないね。
卑下する言葉を連発すると有馬くんに怒られちゃうのでこの思いは胸にしまっておいて、話題を切り替える。
「さて、それじゃあ次は僕らの番か。どうだい? 僕に対する期待は薄まってしまったかな」
「ふん、良く言う。あの一連のやり取りで一度も魔力を使用していないだろう」
「え……!?」
ありゃ、バレてたか。
不知火くんが手を抜いてるのはわかってたから、その位なら魔力無しでもやれるかとちょっとだけ試してみた。
結果は上々、身体能力だけでも最低限は張り合えるっぽいね。
これでその程度この世界に幾らでもいるぞ、なんて言われた日にはその場でお役御免の人体実験ルートまっしぐらだ。そうじゃなくて一安心したぜ。
「気に障ったなら謝るし、次の戦いでは使わせてもらうよ。あくまで今回は霞ちゃんのデータ集めが目的だったから、僕が出しゃばる必要はないと思ってたんだ」
「それでいい。益々楽しみになった」
「ご期待に沿えるといいけれど」
そして呼吸も落ち着いた霞ちゃんを支えていた手を離し、移動するように促す。
「モニター室の場所はわかる?」
「はい。大丈夫です」
「よし、それじゃあ見ててね。デカい口叩いたパートナーが必死に頑張る姿をさ」
「そんな風に思いませんってば。えっと、はい」
「ん?」
パンパン、と借りた職員の服を叩き埃を落としてから、彼女は右手を掲げ拳軽く前に押し出した。
「……これは?」
「う。……その、周りの子が実技試験前によくやってたので、やった方がいいのかなぁって」
「なるほど。つまりはこういう訳だ」
掲げられた右手に対し、僕も右手を握ったまま軽く前に出して、優しくタッチする。
「グータッチがしたかった、そういう事かい?」
「えへへ……やったことなかったので、つい」
頬を掻きながら言う霞ちゃんは年齢相応の表情をしていた。
こういう姿を同年代の子に見せればイチコロなんだろうけど、なんか話を聞けば聞く程友達が居なそうだから……いや、僕も友人なんて片手で足りる程度しかいないけど。そのほとんどが死んでるから言えた義理じゃないけれども。
「ふふ。頑張るよ」
「はいっ。ファイトですっ!」
「英語はそのままなんだなぁ……」
そのまま走り去る霞ちゃんを見送ってから、改めて不知火くんに向き合った。
「お待たせしてしまって申し訳ない。50年振りに出来た一緒に戦う仲間だから、出来るだけ真摯で居たいんだ」
「人誑しめ……全く、哀れだ」
「?」
「アンタはもう少し自己評価を上げた方がいい。その方が不幸が減る」
それはどうしようもないね。
どこまで行っても僕は自分を役立たずな無能だと思っているし、例え世界中が僕を肯定しても否定し続ける。
あの時手が届かなかった僕に価値はないんだから。
目の前で死んでいった仲間達。
助けるのが遅くて死んでしまった人々。
家族を失い行き場のない怒りと悲しみを僕らにぶつけた人、両親を失い生きていく術を失って衰弱死した子供、そんなものを見続けて来たのに自分に誇りを持てる筈もない。
僕には出来た最善があった。
ただ力が足りていなかった。
力にしか価値が無い僕の力が足りていなかった。
それなのに僕が僕を肯定できる筈もない。
他人から見れば十分なんだろう。
僕は十分戦ったんだって、そう思うんだろう。
主観で見れば全くそんな事は無く、まだまだやれたことはあって、僕の力が足りてなかったことが浮き彫りになるんだ。
でもそれはもう誰にも理解してもらえないであろう無駄な言い訳に過ぎず、今に帰還した僕が出来る事は──誰かの期待を背負える人間であり続ける事しかない。
それが己にとって苦しい事であっても、それが自分にとって認めがたい事であっても、それが僕という存在を惨めなものだと決定づけるものであったとしても。
50年前からずっとそうだ。
僕は勇者にならなければならないのだ。
完全無欠の勇者、救世の主として、モンスターを打ち倒さねばならない。そうする事でしか己を役立てる事が出来ず、これから先他の方法が見つからない可能性もあるのだから。それこそが50年前に戦った全ての人に報いる方法だから。
「はは、まあ、善処するよ」
「少なくとも、雨宮に対する態度は改めておくべきだな。あまり卑下していると、あいつは悲しむだろう」
「う……それを言われると困っちゃうな」
「自業自得だ」
苦笑しながら、不知火くんは武器を構える。
「本音を言えばこんな武器ではなく、互いの得物でやり合いたかったが……」
「……ああ、そうか。今だと人間同士でやり合えばいい訓練になるのか」
「そうだな。シミュレーションもあるが、どうにも生身で無ければやる気にならん」
「へぇ……ちょっと気になるかも」
「そんなに面白くないぞ」
「そりゃあ残念だ」
心底落胆した表情で言うので、彼にとっては本当に面白くないんだろうね。
「だからこそ、俺は今この瞬間を切望していた……!」
そして、さっきまでの様子とは急転し、彼は狂気的な笑みを浮かべながら続ける。
「かつての黎明期を戦った勇者! 有馬頼光が認める存在! 魔力の概念がまともに普及していない時代に、現代で見たことも聞いたこともない喋る上位種を殺して回った生きる伝説……! これほどまでに心躍る事は初めてだ!!」
「おいおい、過剰に期待しないでくれ。いつだって新たな時代の方が技術は優れてるんだ。僕の実力に呆れる事になるかもよ?」
「そんな訳があるか! 身体能力のみで俺の戦いについてこれる奴など有馬頼光以外に会ったことがない」
なるほど、これが彼の本性。
戦いが好きな戦闘狂。
あの時代を見て来た者としては微妙な気持ちになるけれど、一人の勇人としては、とても好ましく思う。
つまり、彼が率先して戦えば、敵は減っていくのだ。
強い上に戦うのが好き、それでいて社会的規範も持ち合わせている。
これほどまでに頼もしい存在がいるだろうか?
「だから──初めから手は抜かん。全力で行くぞ……!」
ぐ、と腰を落とす。
魔力の動きが────読めない?
疑問に思う暇もなく、その場から一瞬不知火くんの姿が消え失せる。
脳が警笛を鳴らすより先に剣を上から振り下ろした。
ガキイィィンッ!! と甲高い音が鳴ると共に、消えた筈の不知火くんが振りかぶる剣と鍔迫り合いになる。
重たい。
魔力の流れが読めない。
だけどさっきまでは魔力を使用していたのだから、今も使っている筈……!
「これに対応するか! くく、ハハハ!」
「っと……老人を甚振るのはいい趣味とは言えないんじゃないか?」
「ならば後進に教授すればいい。戦いとはこういうものだとな!」
わからない。
どういう絡繰りで魔力の流れを追わせてないのか。
でも使っているに違いないのだから、これは必ず見破れる筈だ。
この歳になってまだまだ学ぶべきことがある──ああ、全く。僕が得意な筈の戦闘でさえ未知があるなんて、気が滅入るね。やれやれだ。つまり、まだまだ僕は強くなる余地があるって事だろう?
最高だね。
僕にはまだ足りてないものがある。
自覚してなお手の届かなかった技術が、現代にはあるのだ。
魔力を剣に流し込み、ゆらり、とオーラのようなものが立ち上る。
これは僕がリッチになってから可視化されるようになったものだけど、多分不知火くんもやってるだろうね。そうじゃなければ一撃で弾き返せてる筈だ。わからない。そこに技術がある筈だけど、読み切れない。
「言うじゃないか。なら教えてあげるぜ、50年前の殺し合いの技を」
僕も学ばせてもらう。
失った50年の間に培われた技術を、この戦いで、現代における最強から盗んでやる。
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