第96話

「ん〜〜……」


 福岡、そして九州全体で色々調べたけど大きな犯罪が起きている形跡はない。


 あれだけ露骨に「怪しいですよ」とアピールしてるんだから起きてなくても不思議ではないが、それはそれとしておかしな人だった。

 結局、また会おうと約束を結んでしまったしね。

 会うのはいいんだけど怪しすぎるんだよなぁ……


 端末の電源を切りベッドに寝っ転がる。


 実際に何かをやった人ではない……だろう。万が一犯罪者だったとしても、僕を殺せる人が現代社会に潜んでいるとは考えにくい。


 一番最悪なのはエリートの手が及んでいるパターンだ。


 が、これもまだ可能性とは低い。

 理由は単純、こんな面倒な手段を使わなくても一般人を巻き込む形で事件を起こした方が効率的だから。


 わざわざ僕一人を狙って地上まで出てくるとか、ハイリスクローリターンすぎる。

 そんなアホな手段をとる奴らだとは思えない。

 そうなると、やっぱり結論は────


「──めちゃくちゃ怪しいだけの一般人か……」


 アホみたいな結論だ……


 しかしそれ以上でもそれ以下でもないのだから仕方ない。


 そもそも、いくら犯罪者だからと言っても話も聞かずに悪即斬とはいかないのが常識。この理論でいけばそもそも僕は断罪されるべき存在になってしまうからね。

 もしもヤバい人だったとしても話は聞いてあげなきゃ。

 どうしようもなくて犯罪に手を染めるってパターンもある。

 家もなく家族もなく食事もままならない。

 そんな人達をたくさん見てきた。

 だからまあ、取り返しのつかないことをしなければ生きていけなかった人には優しくしてやりたいんだ。


 ……それが贖罪になるとは思っちゃいないさ。


 ただそうしてやれと、手を差し伸べるべきだと教えてくれた人が居た。


 それだけだ。











 一日ダンジョンに潜りそれぞれ指導した後、僕は約束通りまたあの小山に足を運んでいた。


 時刻は二十四時を過ぎ翌日になっている。

 こんな時間帯にあの山に居る時点で事情があると言っているようなものだが、結局調べても何も分からなかった。

 瀬名ちゃんや頼光くんにも聞いてみたけど特になし。


 それどころかホームレスは基本的に殆どいないらしい。


 他国との交易が難しく空輸も海運もまともに使えない現状、国内生産でなんとか回さざるを得ない。そんな状況で働く事のできる人材を捨て置くほどの余裕はないそうで、家を失うだとか、財産を失うだとか、そういう目に遭った人には救済措置として農業特区への就職斡旋がある。


『現実に困ったらとりあえず役所に相談しろ』という教えを幼い頃からされているから可能な手法だ。


 余裕があるわけじゃない。

 余裕を生み出すために手を差し伸べてるんだ。

 人口分布も綺麗なピラミッド型になっているそうだし、数十年は安泰だね。


 そんな恵まれた環境で、深夜に小山に出没する全身を隠したローブの人間とは一体何者なんだい?


「……少し早いな」


 昨日よりも十分は早く到着した。


 周囲にセンサーを張っているが反応はない。

 念には念を入れて奇襲を警戒しているが、その様子も見られない。


 まるで悪いことをしてる気分だ。

 真夜中、誰にもバレないようにこんな場所で密会とか悪の組織がやってそう。そう言うことに憧れてる時期もあったからなんとも言えない気持ちになるよ。


 待つことおよそ二十分。

 昨日より遅い時間帯になり、センサーに反応があった。

 というか……突然出現した?

 さっきまで何もなかった筈の場所にいきなり反応があったから思わず魔力を身に纏い臨戦態勢を整えつつ、出方を伺う。


 ガサッ、ガサガサッ……


「すまない、待たせたな」

「今来たところさ」


 ん、んん……?


 困惑を隠せなかった。


 この人は、いや……彼女・・から全く忍ぶ様子が見られなかったからだ。


 突然出現したのに全くそれを隠すつもりもなく堂々と森の中から出てくるし、マスクもつけてない。

 声がはっきりと聞こえた。

 女だとすぐにわかる。


「事情があってね。こちらの都合で動くことが出来ないんだ、許してくれ」

「構わないけれど……いいのかい? 昨日は随分と警戒してたじゃないか」


 なんというか、目的が掴めない。

 あれだけ正体を隠すような装いをしていたのに今日はそうじゃない。ちょっと現段階じゃ何もわからないため、少し聞き出そうとジャブを打つ。


 しかし彼女は全く戸惑う様子なく、ああ、と寧ろ納得した声色で返事をした。


「そういえばそうだったな。色々衝撃だったから私もどうするか迷ったんだが……」

「こんな場所にいるくらいだ。何か後ろめたいことでもあるのかと思ってしまったよ」

「後ろめたいこと、か……」


 …………最近、こういう喋り方の女性と妙に縁がある。


 瀬名ちゃんもそうだし、この人もそうだ。


 なんだろう。

 僕に対して精神攻撃を仕掛けようとしてるのかな。

 確かに香織のことは今も引き摺っているが、それはそれ、これはこれだ。同じ口調だからと言って混合するほど愚かじゃない。


「わざわざもう一度会いたいと言ったんだ。僕にできることなら協力するけど」


 本当に後ろめたいことがあるならもう一度僕に会いたいなんて言わないだろう。


 だからきっと、何かしら目的があるんだと思う。


 それがなんなのかはさっぱり見当がつかなかった。


 幸い僕には力も立場もある。

 多少のことならば、個人としても役に立てるかもしれない。


 そう言う覚悟を込めて言った言葉だったが──彼女の口から出る言葉は、僕の覚悟を容易く打ち崩していく。


「ふふ、そうか。協力してくれるのか、こんな怪しい女に」

「レディーファーストだ。紳士たれと肝に銘じてるんでね」

「それはそれは────ますます良い男になったな」


 …………ますます、ねぇ。


 動いてないはずの心臓が鳴った気がした。


 だがそれらを飲み込んで、僕は言葉を紡ぐ。


「後ろめたいこと以外ならなんでもござれだ。借金の一つや二つなら肩代わり──とまではしてやれなくても、一緒に返済する手段くらいなら考えるぜ?」

「後ろめたいことだと言ったら?」

「内容によるなぁ……」


 女は楽しそうな声色で続ける。


 こっちは全く楽しくない。

 今も、嫌な予感と、希望的観測が胸の内でせめぎ合っている。


 何せ、こんな風に打てばなる会話をしたのは五十年ぶりだからね。


「内容……では、相談させてもらっても良いだろうか」

「僕が力になれるなら」

「…………ああ。お前を頼ることにする」


 そう言いながら、女はフードに手をかける。


 ここから見える口元は、少し歯噛みしているようにも見えた。


 しかしそう時間はかからずに、はぁ、と息を吐いてから、ゆっくりとフードを外す。


 月明かりを反射する、銀と白の混ざった髪。

 それが腰辺りまで靡いていた。

 目元は冷たい印象だが、温和に目尻が緩んでいる。


 ────…………。


「っ、ぁ…………」


 声が出ない。

 何を言えばいい。

 何を言うべきだ。

 魔力が乱れる。

 少しだけ呼吸が安定しない。

 目に見えている情報が、そして五十年ぶりに浴びた魔力が、彼女自身だと訴えている。

 あの口元も、鼻も、瞳も。

 忘れてなるものか。

 忘れられるわけがない。

 あれは、どう見たって…………


「……久しぶりだな、勇人」


 そう言って、彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。

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