第141話
「んんんんんんンギギギギ……!」
とても人には見せられない表情で歯を食いしばりながら、血が流れる指先をじっと睨みつけている。
きっとこの顔を配信で流せばファンは激減する。
アイドル売りをしていなくても美少女であるという事実は変わらず、そういった目線で見ている人も完全に居なくはないのだ。見た目がよくダンジョンに真摯で探索者として上を目指し続けるストイックさがある、そりゃあ人気が出る。
我が妹ながら、よくもまあここまでポテンシャル満載で育ったものだ──雨宮紫雨はそう思った。
「魔力の制御が下手。もっと集中しなさい」
「っ、うん……!」
わずかに乱れた指先への集中を指摘すれば、すぐに修正する。
そして先ほどよりも濃密に、そして細かく魔力を動かし始める。すぐに修正しようとする割り切りの良さは師から学んだものだ。
学んで学んで学び続ける。
それこそが強さの根源であると公言する勇人を敬う霞は、そのやり方を真似するようになった。
(本当に、我が妹ながらよくやるものね……)
九州に来てから毎日欠かさず魔力鍛錬を積み、そして現役一級探索者との模擬戦を経て魔力の使い方を身体で学んだ霞は既に三級相当の強さを優に超えている。今すぐ試験を受けても実技試験に関しては問題なく通るし、あとは学習面で学ぶだけだ。
将来的に一級に受かるのも間違いない。
本人は気がついていないが、迷宮省の上層部からも目を付けられているため既に昇格まで秒読みである。
(健気ねぇ)
そんな姉の視線も意に介さず、霞はじっと指先に魔力を集め続ける。
自分で刻んだ切り傷。
流れている血の量は多くないが自然に止まるにも時間がかかる、そのくらいの深さの傷をスッパリと入れたのは、新たな技術を習得するためだった。
(なおれ、治れ治れ治れ治れ治れ……!!)
霞が強くなりたい理由は、既に以前のものとは変化している。
前までは生きる理由を作るためだった。
姉を探し続けることで、この世に未練を抱えるため。
霞自身人生に絶望していたという側面があり、正直なことを言えば、探索者になったのはヤケクソだった。それ以外に何も選べなかった。
勉強をして、強さを磨き、現実に向き合っているフリをしなければ生きていようと思えなかったから。
なんとなく、必要とされてるであろう最低限の流行を抑え。
なんとなく、必要とされてるであろう最低限の礼儀を覚え。
なんとなく、必要とされてるであろう最低限の常識を弁え。
そうやって雨宮霞という個人は形作られていた。
今は違う。
雨宮霞という個人は生きる理由を見つけた。
自暴自棄になっていた彼女にとって、姉を探すという無理難題を叶えてみせたパートナーの存在は大きい。
この人生を全て勇人に捧げたい。
そう考えるくらい霞の心は変化していた。
別に惚れただとか、そういう感情が強いわけではなく、単純に恩とか情の話であって、あれだけ仲が良さそうな中に割り込みたいと思っているわけじゃない──誰に聞かせるわけでもない言い訳を時折心の中で呟きながら、彼女は思った。
今のままでは役に立てない、と。
弱い。
ただひたすら弱いから。
人類全体で見れば強者の部類でも、一握りの強者の中では役立たず。
自分の現状を正しく認識し、そして目の前でエリートや一級探索者達、それに勇人自身の出力を見て考えた。
このままじゃなんの役にも立てないお荷物になる、と。
成長速度を考慮すれば破格の速度なのはわかっている。
人類全体で見れば自分がとても恵まれていて、期待されていて、そして将来的にはもっと上を目指せる状況にあることも理解している。
それでも今なのだ。
雨宮霞は、今、役に立ちたい。
将来じゃなく未来じゃなく、今、守られて導かれる立場を脱却し、共に肩を並べたい。
羨ましいと思った。
思ってしまった。
勇人と絆を結んでいる、昔の仲間達が羨ましかった。
自分が当時その場にいたとして、共に戦う選択肢を選べたかと言われれば、否。とてもじゃないが簡単に頷く事はできない。
勇人と介して色んな夢や情報を見た霞は、五十年前の惨劇の一部をその目で見ている。
故に、簡単に自分が介入出来るなんて事は思わない。
その中に入り込むなんて失礼は想像することも出来なかった。
それでも思ってしまった。
勇人の特別になれるのが羨ましい、と。
かつての仲間達と、現代の人間。
そこに見えない境界線が敷かれているのはわかっている。
そこを超えることが出来ないのもわかっている。
それでも、霞は勇人に助けられた。
もう死を受け入れるしかないタイミングで、あまり良くないファーストコンタクトだったけれど、ゆうとは文字通り霞の命を救ってくれた。
それからもずっと、こんな弱い小娘に期待していると言葉を投げかけ、今もこうして連れて来てくれた。
────これからは?
これからはどうなる?
エリートとの戦いは続く。
雨宮霞ではなんの役にも立てないとわかった。
代わりに一級探索者達が仲間になって、一緒に世界を救った勇者達まで復活をした。それじゃあこれからの旅に自分は必要なのか?
否。
不要だ。
足を引っ張るだけの小娘なんて必要ない、バカでもわかることだ。
置いていくと言われれば受け入れる。
どう考えてもそれが一番だからしょうがない。
しょうがないのは、わかっている。
けれど、けれども。
雨宮霞にとって勇人は恩人で、自分の人生どころか魂まで救ってくれた大切な人で。
(────嫌だ)
捨てられるのはしょうがない。
わかっている。
でも捨てられたくない。
まだ恩を返してない。
何も返せてない。
期待していると言われたのに、その期待に応えられてない。
(──嫌だ)
想い合っている仲に割り込みたい、そんな感情は一切ない。
勇者達の絆に自分が割り込めないことなんてわかってる。
そんなことをしたいとも思ってない。
でも、このまま終わりたくない。
(勇人さんに、何一つ返せてないんだから……!)
────瞬間、ガチリと歯車が噛み合った。
「──あっ……」
魔力が肉体に代わる。
出血は止まり、切り傷が塞がる。
それは正しき現代技術ではまだ到達出来ていない魔力による肉体回復であり、未だ一級では使い熟している人間がいない技だった。
「……出来た…………」
モンスターの魔力と人間の魔力、両方を有する勇人を除く唯一のハイブリッド。
その才覚の片鱗は、目覚めつつあった。
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