第28話


 僕は生まれた時から人と違う部分があった。


 それは現代において『魔力』と名付けられた未知のエネルギーを知覚していた事と、それを操るのに何一つ不自由しなかった事。


 肉体を強靭にするのは勿論、思考能力やら五感やらに干渉する事もあった。

 足の速い男子を負かし、勉強が出来る女子を負かし、身体検査であり得ない数値を叩き出して騒ぎになったこともある。どれもこれも苦くて恥ずかしい、若かりし頃の黒歴史だ。


 そんな恥の多い僕だけれど、ちょっとだけ自慢できることがある。


 それは────この世界に生きるどんな人間よりも、『魔力』という概念に触れてきた事だ。












「──速いな、とんでもなく……!!」


 稲光を身に纏い、超高速で駆け回る不知火くんを、魔力によって強化した目で追う。


 雷へと変質させて肉体を活性化させたのか? 

 まるで漫画や小説の登場人物だけど、実際それが現実となっているのだから疑う余地はない。そしてただ目で追いかけるだけではなく、両手足に満ちた魔力を踏み込む瞬間爆発させることで此方も負けじと加速している。


 それでもなお、届かない。


 天井、壁、床。

 縦横無尽に三次元的機動で駆け抜けながら放たれる攻撃を迎え撃つのが精一杯で、まだまだ押されっぱなし。


 これが現代における最強。

 かつて戦ったエリートにも、ここまでの速さを持つ相手は居なかった。

 認めるしかない。彼は、50年前の黎明期を含めても世界最速・・・・だったろうね。


「ぐ──!?」


 一瞬、それまで追えていた姿が消えた。


 そして瞬きにすら満たない僅かな刹那に、左肩に感じる衝撃。


 蒼白の残光だけが軌跡として残り、彼が攻撃を加えてきたことを遅れて認識する。


 これだけの速度が相手だと、僕自慢の勘も完璧じゃあないね。それを知れたのは僥倖だ。もしも彼と同等の相手がモンスターにいて、なおかつそれが初見だった時。僕は負けていたかもしれないし、また、一緒に戦う仲間が死んでいたかもしれない。


 衝撃を受けてグラついた直後、追撃に備え全身を魔力で固める。


 脳だけは死守する。

 脳さえ動けばまだなんとでもなる。

 前に頭をやられた時は本当に厳しい戦いになったから、その教訓を生かして、頭から上を守れるように腕で覆った。


 ──ガガガガガッ!! 


 耳に入る音は最早掘削機と聞き間違う程で、全身に浴びる衝撃はその比ではない。


 こうやって固められそうなときは──面で制圧するに限る。


「はぁっ!!」


 固めていた魔力を解放し、周囲半径5m程に衝撃を撒き散らす。


 視界を塞いでくるほどの相手には有効な手だ。

 勿論仲間達の間では僕しか使えない手で、彼らにはゴリ押しだと呆れられた。


 それに巻き込まれるのを嫌ったのか、不知火くんは一度後退し稲光を発しながらこちらを警戒したまま、話を切り出した。


「どうだ。現代の頂点は」

「いやあ、想像してたより何倍も厄介だ。目で追えない速度ってのは何度か経験してるけど、これほどとはね」


 急所は守ったし、彼も敢えて狙わなかったんだろうけど、その代わり全身に打撲や切り傷、稲光による火傷なんかを負ってしまった。


 一応守ったんだけどなぁ。

 僕の想定を上回るくらいに火力はあるし速度もある、と。


 50年前の僕だったら苦戦してたかもね。


「でも理屈はわかった。その状態で曲がるの苦手だろ?」

「──……さあ、どうだろうな。意図的にやっていないだけかもしれんぞ?」

「もしそうなら、またそれに適した考察を進めるだけさ。現状君はやらないし、やろうとする気配すら無かった。動きを追うので精一杯だったけど、それくらいは読み取れるんでね」


 目で追うのが限界でも、直線的な動きしか無かったから迎撃可能だったのだ。


 そこから目で追えない速さで勘も働かないから全身を固めて様子見した訳だけど、その最中も決して軌道を曲げたりしなかった。多分危険すぎるんだと思う。どれだけ魔力に優れていても、人としてのスペックが全て超人的になっている訳じゃないのはここまで出会った人でわかっている。


 藤原副大臣なんかは魔力こそあっても身体能力に関しては50年前の一般人と大差ない。


 だから彼ら彼女ら一級探索者も、多少は強くても、異次元の強度を持たないと仮定した。


 そしてそれは正解だった。

 恐らく彼自身、稲光を纏い超高速で奔っている最中の風景は見えてないんじゃないだろうか。だから直線的な動きに限定して処理できる限界で動いている。もし可能ならぐにゃぐにゃ動いて予測不可能にした方が絶対に強いだろ? 

 予測不可能で目視不可能な超高速の連打、そりゃあ最強だ。

 でもそれはしない。

 する必要がないのではない。


 出来ないんだ。


「現に僕は君の連打を耐えたし、一方的に封殺されるのも防いだ。次に君がやるべき手段と言えばこの硬さを超過する火力で僕の防御を破ることだけど、そう来るとわかっているならこちらもやりようがある」


 早い話が、攻撃を置いておけばいい。


 回避行動が出来ないほどの速度が相手ならそれだけで戦いは終わる。


 殺すだけならそれでいい。

 だけど今回は殺しが目的じゃなく、互いの力量を確かめる事だ。

 ある程度僕から不知火くんの上限は測れたわけだけど、彼はまだ僕の上限は見れてない筈。だからここで無遠慮に対策を対策を、なんてことはしない。なんてったってこれは互いの生存を賭けた殺し合いじゃ無いからね。


 だから今回はそうしない。


「君の最速に追いついて見せよう。多分、それが一番僕の強さを証明するのに相応しい筈だ」

「────俺に追い付くか。40年の積み重ね、その頂点に」

「ああ、追い付く。なぜ仲間達が全員死んだのに僕は生き残ったのか、その答えを出してあげる」


 僕は強かったから生き残った訳ではない。


 一撃で死なず、それでいて敵の全てに適応してきたから生き延びた。


 魔力操作が誰よりも長けていた。

 僕にとって全身を魔力で覆う事なんて呼吸をするのと同じくらい当たり前の動作に過ぎず、そこにタイムラグは存在しない。だから死なない。死なずに耐えられた。


 敵の攻撃に耐えて、観察し理解した後で打ち倒して来た。


 学んで、学んで、学んで、学んで。

 僕を構成しているのはこれまで殺し合って来た敵の全てであり、これからもそのスタイルは変わる事は無い。現代で学ぶ一発目の相手が不知火くんなのは非常に光栄でありがたい事だね。


 全身に漲る魔力を変質させる。

 身体強化の側面を残したまま、彼と同様の稲妻へと。

 視界に蒼白の稲光が映り込むようになり、僕を見つめる不知火くんの瞳が少しずつ開いていった。


「…………あり得ん。電撃への魔力変質を生身で行えたのは、俺しか……」

「──うん、そうだろうね。だってこれ、普通の人がやったら全身焼き焦げるでしょ」


 逆になんで出来てるんだと言いたい。

 僕なんて魔力に触れて70年も経つんだよ? 

 この世界の誰よりも長く触り続けてて、誰よりも馴染んでいるんだ。そりゃあ多少難しい程度の操作はお手の物だよ。呼吸法を変えるようなものさ。


 それが生まれてから二十年とちょっとしか経ってないような若造に平気で抜かされていたのだから、人類の強みとはこの諦めないしつこさと未知の技術に対する理解力、そして集合知となった際のすさまじさだと改めて思い知らされる。


「魔力そのものを全身に均等に配分しつつ、臓器や脳に関わる器官を魔力で覆い隠して、稲妻で身体能力を強化している。50年前じゃあり得ない操作難易度だぜ、これは」


 そう言いながら頬に刻まれた傷を指先でなぞりながら修復する。


「再生を……!?」

「そりゃ出来るさ。魔力を他の形に変えられるなら、人体そのものに作り替える事だって可能だろ」

「ま、まだその技術は確立されていないんだぞ! は、ハハッ!! バカげた話だ!」


 ほほう、それは良い事を聞いた。


 まだ僕が率先して役に立てる分野があるらしい。


 まあ、今度改めて確認するとして。

 誤解されたくない部分について話をしておこう。


「霞ちゃんを蘇生したのはリッチとしての力。肉体の修復は純粋に魔力を利用しただけの力。前者は僕にしかなくて、後者は誰にでも出来る事だ」

「出来んが……」

「理論上出来るだろ? もう十年もしたらやれるようになるよ、必ずね」

「怪物め……有馬の爺さんが言ったこと、今ようやく理解したぞ」

「一体何を言ったんだ彼は……」

「自分はおろか、鬼月──現代で最も魔力を保有する二番手と、一番手である俺では絶対に勝てんとな」


 それはまた……大きく言ってくれたもんだ。


 不知火くんが嬉々として襲い掛かって来た訳を今更理解したよ。彼はただ僕を見て戦いたいと思っただけではなく、有馬くんに強い強いと持ち上げられた僕が気になったんだな? 


 結果的に僕も手合わせしたかったからいいけど、不知火くんに理性が無かったらヤバかったかもね。


「勝つか負けるかはさておき。ハリボテじゃない事を証明しようか」


 剣を握り一歩前に進む。

 僕は多少の傷なら再生出来るからね。

 五感に対する過剰な強化に耐えられるのにはそういう絡繰りがあった。


「自分と同じか、それ以上の速度で動く敵と戦ったことはある?」

「────く、くくっ……はははは! 舐めるなよ、俺を!」


 身に纏っていた稲妻が更に色濃くなる。

 直視するのが辛い程眩しく輝きながら、彼は高らかに吠えた。


「試験は終了だ! 残るのは、現代最強の俺と、かつて世界を救った勇者の、威信を賭けた殴り合い! 違うか!?」

「ふはっ! 最高だぜ、現代最強!」


 互いに駆け出す。


 初速でトップスピードに乗り、稲妻の速度でぶつかり合う。


 それだけで衝撃が周囲に伝播し大気を揺らし大地に響く。


 地下室である、ということなどすっかり忘れた僕は、自重する事もなく全力・・を惜しみなく注いでいた。


 だって、素晴らしいじゃないか。

 命の奪い合いではなく、互いの強さのみを競い、互いの力を高め合う。

 これに負けたら人類が終わる。そんな重い荷物を背負わずに、自分が思うがままに戦い、死ぬリスクが極力低い殴り合いで強さを学べるなんて──素晴らしいと言う他ないだろう! 


 模造刀は早々に崩れた。

 高すぎる魔力出力に耐えられなかったらしく、それは彼の握っていた剣も同様。


 僕らに残ったのは肉体のみ。

 だけどお互い、そこで躊躇する事はしなかった。

 雷を身に纏い稲光の速度で駆け抜けながら、肉体を打ち付け合う。


 右の殴打を受け止め、左のボディブローを防がれ、額がぶつかり合った衝撃が地下を揺らす。


 ここまで正面から僕と殴り合えた奴は居なかった。

 喋るエリート達に人型が少なかったからしょうがないけど、少なくとも、この50年間で初めて出会った──学んでなお対等な相手。


 たった50年でこれだ。

 それじゃあ100年200年と時が経てばきっと、僕ですら弱いと言われる様な時代が来る。今はまだそこまでじゃないかもしれないけど、その片鱗は確かに見えた。


 僕達が戦い残した小さな木は、確かに実を付け始めたのだ。


 人類はまだまだ強くなる。

 今はまだ僕に簡単に追い付かれてしまうけれど、100年200年と時が過ぎればきっと僕が追い付けない領域に達する者が現れる。そうなれば時代は変わる、僕のようなロートルが役立たずだと言われる時が必ず来る。


 確信した。

 僕らは世界を守ったんだ。

 そしてこれからの世界を守っていくのは彼らだ。


「────双方、そこまでッ!!」


 昂り高速で殴り合いを繰り返していた僕らの間に割り込む人影。


 これはまずいと思いながら魔力を抑え稲妻を減衰させながら、緩やかに静止していく。


「────ぶつかるかと思いましたよ」

「ぶつかってでも止めてくれただろ?」

「まったく、はしゃぎ過ぎです! これで大事になったらどうするつもりだったんですか!?」


 うっ、それはまあ、その、別に互いにどうこうするつもりは特に無かったというか……ちょっとお互いに昂ってしまったと言いますか……


「言い訳無用! 不知火、貴様もだ!」

「ぐ……だがあそこで後ろに引くような事は」

「ふんっ!!」

「ぐああっ!!」


 不知火くんは顔面をぶん殴られて倒れ伏した。


 わお、パワフル。


「勇人さんには多大なる恩がありますから手は出しませぬが、検査を除いて魔力を用いた戦闘を禁止します。よろしいな?」

「うん、わかったわかった。君に言われたら何も出来ないってば」

「言葉で止まるつもりはありましたか?」

「……モチロン、アッタヨー」

「自覚があるなら結構。雨宮四級!」

「はっ、はい!」

「検査結果は追って知らせる。今日はこのまま宿泊施設まで向かうように職員に手配するから、ロビーまで勇人さんと一緒に行け」

「わかりました! 勇人さん、行きましょ!」

「引っ張らなくても着いていくってば……それじゃ、不知火くん。また今度」

「フ……ああ、またいずれ」


 懲りないなお前らと言わんばかりに冷めた有馬くんの視線を受けながら、50歳以上年下の女の子に手を引かれたまま僕は退場した。


 強さは示せたかもしれないけど、情けなさも見せてしまった。


 やれやれだ。

 どうにも完璧に、とはいかないらしい。

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