第71話
「わざわざ直接乗り込んでくるとは、大した自信じゃねーか」
地下深くの空洞に待ち構えていたエリート個体三体の一体が話しかけてくる。
なるほど、この三体の中ではこいつがリーダー格か。
身体の大きさは大体3m、ゴツさから考慮して接近戦はやれるタイプ。そう見せかけて初見殺しの魔法を有してる可能性はあるから油断は出来ない。
残る二人のうち、一体は特徴がある。
尻尾が生えてる。
狐?
狼……?
まあそれはどっちでもいいか。
映像を見てる鬼月くんらが解析してくれる。
問題は残った一人なんだけど、この女性型エリートには特徴というものがない。身体的特徴は目立たない女性型、呼称に悩む。
リーダー格はそのままリーダー格、獣人のような個体は獣人、女性型は……黒髪でいいか、取りあえず。
「素敵なお出迎えだったから直接感謝を言いにきたのさ。わざわざ僕らを殺すために
言いながら、先ほどまで動いていた肉塊を指差す。
鎧型のエリートもどき。
一級一人を殺すなら十分だけど、一級が三人以上並べば難しくなる。
彼らは決して弱くない。50年技術を磨いてきた集大成とも呼べる彼ら彼女らを技術で殺そうとしてるんだから、本当に勿体無い。
僕らモンスターは有り余る素体の強さでゴリ押しするのが一番強いのに。
「気に入ったか?」
「ああ、もちろん。この程度で満足してる君らの底も知れたしね」
「抜かせ
会話の最中、リーダー格の男の姿が消える。
勘が冴え渡る。
脳髄から末端の神経に至るまで、肉体の全てを総動員して周囲全ての空間を探る。
便宜上
魔力や魔法があっても、現実に起きない物事を想像し悟れるほど僕は優秀じゃない。
魔力、空気、ちょっとした振動──なんでもいい。
リーダー格の男が仕掛けようとしている何かを探り当てれば“初見殺し“を超えられる。
超えてしまえば僕の勝ちだ。
これまでと何一つ変わらない。
50年前に何度も何度もやったことを再現するだけ。
背後で莫大な魔力が
それ以外に変化はない。
獣人型が動きを見せているけれど、隣の女性型は動く気配がないし……やるとしても遠距離攻撃かな。
背後の魔力が揺らぐと同時、空気を伝って振動を感知する。
僕の周囲半径100m、丸い球状に張った魔力のセンサー。
薄く薄く張り巡らせたこれが、僕にとっての生命線。
もちろんちょっとした攻撃で吹き飛ばされるけどそれで問題がない。
だってこの魔力で防ぐわけじゃないからね。
あくまで感知用だ。
それでいい。
起こりさえ理解できればあとはどうとでもなる。
相手のアクションよりも早く振り向きながら蹴りを放つ。
魔力を破裂させるように噴かせたブーストによって衝撃を撒き散らしながら、そして十分すぎる破壊力を伴う一撃へと昇華したそれは背後へ出現した何かに容赦なく突き刺さる。
「あ──!!?」
そこにいたのはリーダー格のエリート。
攻撃体制に移ろうとしていたのか満足な防御も出来ず、顔面に蹴りが突き刺さる。
硬いな。
手加減は一切してないけど一撃で殺せない。
剣を抜いて攻撃するには時間が足りなかったけど、手間を惜しまずしっかり殺し切るべきだった。
ベギギッ!!と不愉快な音を立てて首が捻じ曲がり吹き飛んだリーダー格はまたもその姿を消失させる。
今度は──戻ったか。
後ろに振り向けば、先程と同じく三体のエリートが並んでいる。
先程とは違い、獣人型は目を見開き驚愕を露わにし、リーダー格は捻じ曲がった首を無理やり治している。
そして唯一アクションを起こさなかった黒髪は──
「ぐ……あ〜、痛ってえなこの野郎」
「……うそ。あれを防ぐわけ?」
「それくらいやれるだろうよ。こいつは50年前にたった一人で侵略を諦めさせたバケモンだぞ」
「好き勝手言ってくれるじゃないか。50年前の僕は正真正銘普通の人間だぜ?」
「一人でこっちの戦力削り切れるバケモンを人間とは呼ばねえよ」
言ってくれるぜ。
しかし、リーダー格にとって僕の反応は想定の範囲内か。
ただ他二体の反応は違い、僕があの反撃を仕掛けたことに驚いているように見える。……いや、黒髪の反応は正直よくわからない。獣人型はかなりわかりやすく驚いてるんだけどね、エリートも随分感情豊かになったもんだ。
ゴキゴキ音を鳴らしながら首を元に戻したリーダー格は改めてその場に止まり、ニヤりと笑みを浮かべている。
まだまだ余裕──僕を殺す準備は足りている、と。
虚勢やハッタリな訳がない。
50年、それだけ長い時間僕を閉じ込めておいたんだ。
殺す手段は1000の数程度用意していてもおかしくない。
勿論、無いから封印していた可能性も高いけれど、最悪の想定はどれだけしていてもいい。
「高評価をしてる割にはさ、そっちこそ舐めてるだろ。僕のことを」
ぐるりと肩を回し、魔力を変異させる。
首の骨が折れてるのに死なないんだから並大抵の耐久力じゃないのは確実。殺し切るには鯨型を葬った時と同等の火力が必要だが、純粋な魔力による攻撃は防がれる可能性が高い。
押し切れるか?
獣人型、黒髪の能力がわからない。
リーダー格は空間転移染みた能力だと思うが、それも確定では無い。
まだ探るべきか。
殺せそうなら押す、臨機応変に行こう。
視界に雷が迸る。
今回は、不知火くんの得意技を借りることにした。
まだまだエリートから抜き出したい情報はたくさんある。
「僕が積み上げてきた指揮官級個体の撃破数が三体増える心配をした方がいいぜ」
殺せるなら殺す。
だけど殺せないならそれでいい──そんな塩梅でやろうか。
「──バカな! いくらなんでも突入が早すぎる……!」
地上、迷宮省本部。
防音が施された会議室の中で、一級探索者の鬼月義宣は机を叩き怒号を上げた。
リアルタイムで流れる映像には三体の未確認敵性個体と相対する姿が映し出されており、それは鬼月にとって想定していたものではなかった。
「はっはっは、この人ほんとすげーな! 単独で突入して全部片付ける気だぜ!?」
「笑い事じゃない! もしこれが嵌めるための罠だったとすれば、我々は最大戦力を一瞬で失うことになる……! それも、返しきれない恩を持った人物をだ!」
「だから『勇者』なんだろうさ。俺達の想定が甘かった」
激昂する鬼月を相手に緩やかに、それでいてしっかりと己の意見を通しながら、軽薄な笑みを浮かべたままの男──
「エリートを殺すのが役割、伊達や酔狂じゃねえ。本気だ。この人は本気でそう言ってた。人生全てを賭けてモンスターを死滅させる、これは嘘偽りねえ本音だった。覚悟を甘く見てたんだ、俺らは」
「貴方とは大違いですね」
「言うなよ桜庭。俺はやる時はやるがそれ以外の時は手を抜く、そんな生き方じゃないと疲れちまう凡人だからな」
「何が凡人ですか……」
「──だが、そんな凡人の俺だからこそ化け物の類は見分けられる。勇人さんは間違いなく覚悟のキマった化け物だ。有馬の爺さんらと同じジャンルのな」
樋口は現代で珍しくない、食い扶持を稼ぐための手段として探索者になったタイプだ。
本人はそれを大々的に公言しているし悪いことだと思っていない。
過去に起きた災害のことは知っている、それに伴う犠牲や惨劇も知ってる。どれだけの血が流れてどれだけの人達が苦労してきたか、それを忘れたことはない。
だがそれはそれとして、自分にそんな生き方は無理だと悟っている。
人助けより自分のために時間を使いたいし、費やした時間と一級として成し遂げている成果に相応な報酬は得て然るべき。
仕事は真面目にやっているが、誰よりも情熱を燃やすほど真面目ではない。
良くも悪くも職業軍人のような意識で彼は生きている。
「鬼月さん、手を打つなら早くしたほうがいい。これは劇薬だ」
「…………わかっている。一級限定にしたのはその可能性を考慮したからだ」
「いや、遅すぎる。明日には出せ。じゃないと大変なことになる」
「……なんの話?」
鬼月と樋口の間で主語の抜けた曖昧な会話が交わされているのに、もう一人の関東所属一級探索者
「そりゃお前、時代が変わることへの対策に決まってるだろ」
「時代が変わる……? まあ、勇人さんの情報は確かにとんでもないもんばっかりだけど具体的には?」
「
「…………まさか、これからこのクラスの敵が増えるって言うのか?」
「むしろ、たった三体で終わると思うか?」
鬼月が『早すぎる』と表現したのはそれが原因だった。
当然だが、彼もこのくらいの想定はしている。
エリートと呼称される指揮官級個体はこれからもっと表舞台に出てくるだろうし、ダンジョンから溢れ出るモンスターも増える可能性がある。50年前はエリートの存在によって侵攻が激化していたのだから、そう予測するのは当然とすら言えた。
ただ、いきなりそれを伝えては国が混乱に陥ってしまう。
選び抜かれた一級探索者ですら準備をする段階なのに、それを全国民にいきなり教えてパニックを引き起こさせては本来出来る準備すら出来なくなる。
ゆえに、今回はあくまで『第五ダンジョンの出来事』として収めるつもりだった。
ここで撃破、もしくは撃退したエリートの情報をもとに二級以下へ『これからはこういった強力な相手がダンジョンに出現する可能性があるため、命のリスクが大幅に増加する』と伝える。
命を失う覚悟を、ここでやらせる腹積もりだった。
しかし、勇人は一歩先に踏み込んだ。
現状を解決するための一手ではなく、根幹を断つための一手を打った。
「これだけの速度で動いてカメラが死んでないのは奇跡だ。これだけの速度で動いて、やっと成り立つ戦い……殆どの奴が一方的に殺される」
電撃を身に纏い、三体一の状況下でも有利に立ち回る勇人の姿を見ながら、樋口は口を開く。
「寧ろ勇人さんが先に動いてくれて良かった。覚悟をするとか、しないとか、そういう状況じゃねえんだ。いつ攻め込まれるかわからない緊張状態、それが現状だ」
「……第五ダンジョンの先に三体。もちろん、これだけではないでしょうね」
「昔は18体だっけ? なら今は? 50年以上経過した今は果たしてどうなる?」
爆音。
ダンジョンの奥底で繰り広げられる映像は、最早目で捉えられない領域へと加速していた。不知火の使っている魔力変換のその先、肉体そのものの電撃変異により人知を超えた速度を叩き出している勇人に空間転移で対抗するリーダー格のエリート。
一人離れた場所にいる女性型エリートはともかく、獣人型エリートは二人の戦いへ時折手を出しており、どことなく余裕が感じられるものだった。
「これが最低でも十数体──……考えたくねえな」
勇人が劣勢に追い込まれる様子はない。
それどころか、唐突に目の前から消えて背後に出現するエリート個体を普通に捉えてる時点で色々おかしい。
樋口は一級の中でも有数の実力者である。
ランキングは一級四位。
埼玉一県を担当する身でありながら五本の指に入る。
「今回でケリはつかない。勇人さんが強すぎて痛み分けにすらならんが、向こう側にダメージは与えれるだろ。…………次はどうする? 御剣ですらまだ足りてない世界だ、戦力が絶対的に不足してる」
「暫くは、俺達でどうにかするしかないな」
「ひゃ〜〜、ブラックだねえ……」
戯けるその視線が、映像から外れることはない。
次は自分の番。
その自覚があるからだ。
そして、自分が失敗することは許されない。必ず勝たなければならない。そのための準備は欠かさない。
「キツい世界だぜ、ほんと」
そう言い聞かせるように呟いた。
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