第93話

「準備はいいかい?」

「──ええ。いつでも構いません」


 剣を構える瀬名ちゃん。

 九十九ちゃんと霞ちゃんは端の方に寄り、事前に手渡した資料を元に各々のトレーニングをやっている最中だ。

 まだ僕が本格的に指導する段階にないからね。

 わからない部分とかはアドバイスするが、手取り足取り付きっきりの指導はしない。その段階になってからは大忙しだろうから、今のうちにじっくり積む感覚を手にして欲しい。


 それに、九十九ちゃんのトレーニングは霞ちゃんにとっても大いに役立つはずだ。


 リッチに蘇生され人外の力を手にした彼女はその力を利用しなければならない。今は僕がいるから管理出来るかもしれないが、いつか独り立ちするときに力を制御出来てないと言うのは不安が残る。


 ま、こっちはまだ焦らなくていい。

 最低でも一年は期限がある。


 だからまずは目の前の相手に関して考えようか。


 有馬瀬名。

 一級探索者として不足ない実力をすでに有している彼女は、一人の戦う者として完成されていると言ってもいい。


 もちろん完全に完璧に、ってワケではない。

 あくまで戦う人間として方向性を定め自分の強さと言うものを理解しているって所だ。力でゴリ押し出来るがまだまだ未完成な九十九ちゃんとの差は大きく、一級品の武器を持っているのはかなりデカい。


「ふー……」


 静かに息を吐いた音が耳に入る。


 僕ではない。

 彼女の息遣いだ。

 命の奪い合いではなく軽い模擬戦だと伝えているのに、僕らの間には緊張感が漂っている。


 まるでこれから真剣な殺し合いをするかのように。


 ……いいね。


 制御し、こぼれないようにしていた魔力の蛇口を僅かに緩めた。


 彼女の強さは防御にこそある。

 迷宮省のデータにはそう書いてあった。

 僕とは違い魔力にめちゃくちゃ恵まれているわけでもないので、彼女の防御とは即ち技術の集合体。


 技術、技術だ。

 まだ現代に戻ってから不知火くんとしか直接戦ってないわけで、それ以外といえばエリート個体が三体のみ。

 それも特別な技術は使ってなかった。

 エリートが使える特別な魔法は扱っていても、人が再現できる技は獣人エリートの見えない攻撃くらい。

 学ぶべき点はあったけれど、それ以上でもそれ以下でもない持ち主だった。


 君はどうかな、有馬瀬名。


「行くよ」


 一言告げて、その場から飛び込む。


 先ずは身体能力のみ。

 まだ現人類は気軽に五感の強化を行えず、あまり全力を出すと勝負にならない可能性が高い。一旦、九十九ちゃんに正解を見せるという意味でもここはまだ本気は出さなかった。


 瀬名ちゃんの目は──追えてる様には見えない。


 ……正面からだ。

 段階を踏んで試して行こう。


 接触する直前に強く大地を踏み締め、地響きが伝播してから剣を思い切り振り下ろす。


 寸止め出来る様に調整もしてある。

 だが、これくらいならば対応してみせるだろうと言うちょっとした予感があった。何せ彼ら彼女らは身体能力で大きく勝るモンスターが出現するダンジョンを、たった一人で踏破する能力があるのだ。


 中層レベルならまだしも、一番下の方に行けば初見殺しに等しいモンスターが出てくると教本には書いてあった。


 エリート達との戦いの日、御剣くんはかなりの量のモンスター相手に無事生き残っていた。


 見覚えのある奴らもいたし、そいつらはとても素の身体能力で対応出来るような生ぬるい敵ではない


 だが、生き延びた。

 つまるところ、一級にまで上り詰めるような者にはある種必須の技能が備わっているのだと僕は睨んでいる。


 そう、僕が持ち合わせるような勘。

 それに似たセンサーを。


 ──ガイイィィンッッ!!!!


 振り下ろした剣に対し、瀬名ちゃんは無表情のまま反応して防いだ。


 目はまだ追いついてない。

 今ようやく僕のことを捉えるに至った。


 止めるつもりは毛頭ない。

 更に追撃として二度、三度斬撃を左右から浴びせる。

 どちらも僕の身体能力の中ではそこそこ本気で放ったものだが、彼女は対応してみせた。


 躱すのではなく剣で流す。

 受け止めるのではなく剣で流す。

 力の流れを上手く受け流し、彼女は倍以上の膂力で放たれた剣閃を凌いだ。


「やるね」

「ありがとうございます」


 御世辞じゃない、本音の称賛だ。


 力を受け流すってのはそう簡単な事じゃあない。


 力点を間違えれば全てが狂う。

 僕も真似事はやれるが、余りある力でゴリ押しする形になる。こうやって己の腕のみ、技術だけで攻撃を受け流すのは真似できない。少なくとも、剣を相手にした防御に関しては僕よりも巧いね。


「それなら次だ」


 剣を相手にするのが巧い、それはわかった。


 で、あるならば。

 モンスターが力任せに殴りかかって来た際、彼女がどのように対応しているのか。それを確かめよう。


 剣をその場で落とし、両手足に力を漲らせる。

 本番なら一瞬で終わらせる工程だが、あえて見せつける。

 恐らく防ぐだろうとは思うが瀬名ちゃんに備えさせるため、そして、こちらを見ているであろう九十九ちゃんにわかりやすく伝える為だ。


 大体半分くらいの力を込めた拳。


 それを瀬名ちゃんの顔面目掛けて放った。


 ──ヒュパッッッ!!


 先程の派手な金属音とは違い、空気を割く軽く鋭い音。


 音が遅れて伝わる程度の速さで放った拳を、彼女は剣の腹で受け流した。目で捉えていないのにも関わらず、瞬時に反応し屈みながらいなす。


 ははぁ、なるほど。

 これが瀬名ちゃんの武器だな?

 どうして彼女の防御が巧いと評価を下されたのか、その真髄はこれだ。


 力の流れを操る。


 魔力とは殆ど関係のない、純粋な人間としての技量。


 それと一級レベルの人間なら備えていて当然の反応速度が合わさって驚異的なレベルにまで引き上げられている、と。流石にエリートの相手をさせるのは苦しいが、モンスターの相手をするだけなら何の問題もないね。

 エリート連中はちょっと戦闘しただけでもわかるけど、理屈の通じない攻撃を多用してくる。それを耐えるには何より魔力が優先されるから、そこはどうしようもない。


「──なるほど。ここまでにしよう」


 大体彼女の力量は把握した。


 僕が想定していたよりずっと高い。

 惜しむらくは魔力に恵まれている訳では無い事。

 これがせめて不知火くんレベル、そして魔力を操る精度が彼と同等まであれば──って、それはただの不知火くんか。


「……もう終わりですか?」

「うん。大体知りたい事は知れたから」

「了解です、ありがとうございました」


 クールダウンに移る瀬名ちゃんを尻目に、少し思案に耽る。


 これだけの技が扱えるんだから……うん、うん。


 やっぱりこの計画通りでいいね。

 僕が九十九ちゃんを育ててる間に、霞ちゃんを瀬名ちゃんに任せよう。

 僕個人としては瀬名ちゃんの技術に非常に興味があるんだけど、現状使い所が無さそうなんだよなぁ……


 ──が、エリートとの戦いは何が起きても不思議じゃない。

 僕の魔力が底を尽きるような激戦が発生してもおかしくは無いわけで。


 技術自体はともかく、彼女がどういう風に力を扱っているのだけは聞いときたいかな?


 チラリと九十九・霞コンビに目を向ける。


『おおお……! 力を上手く扱えればあんなふうに私も出来るんでしょうか!?』

『えっ、あっはい多分。出来ると思います。……きっと』

『では頑張りますか! 雨宮さん、手を握っても良いですか? 大丈夫、痛くはしませんから!』

『えっ嫌です普通に──うわっ力強い!? 勇人さん!? 勇人さん代わって!?』


 …………うん、まあ、大丈夫だな。

 霞ちゃんは僕と同じでちょっと人外だし、誰よりも早く肉体の再生は出来るようになるかもだしね。

 ちょっとした損傷くらいなら見逃そう。


 この感情が伝わったのか、この日は寝る直前まで口を利いてくれなかったとだけ報告しておく。 

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