第90話

 ダンジョンでの探索を終え、今日のパーティー行動はここまでと判断。


 他三名にはフリーで過ごしてもらい、その間僕は頼光くんの書斎を訪れていた。


「それで、ここをクリックすると……」

「おお……本当だ。ここで検索出来るわけだ」


 やっていることは珍しくもない、ちょっとした調べ物。

 ただその内容が普通に比べて機密性に溢れていて、特殊な端末じゃないと調べることが出来なかった。


 画面にズラリと並ぶ人名を掻き分けるように仕分け、選んだ人の情報だけが映るように操作した。


「全く、迷宮省もさっさと勇人さんにアクセス端末を渡せばよいのに」

「そう言うわけにもいかないさ。僕は住所不定の特別探索者、機密機器保護をするに十分な環境がないからね。迷惑かえてごめんよ?」

「迷惑などと! むしろ、もっと頼ってもらわねば気が済まんわ」


 豪快に笑い飛ばした頼光くん。

 彼の書斎には仕事で使用しているであろう専用端末が備え付けてあって、そこから迷宮省のデータベースへとアクセスすることができる。


 今回僕が欲しかったのは九州ダンジョンの各データ。

 そして九十九ちゃんと瀬名ちゃん両名の評価シートだった。

 ああ、プライバシーの観点を考慮して身体のデータは見ていない。見ようと思えば見れるけど、女性の体重とかを勝手に見るのは無礼がすぎるだろ?


「それで、どうでした?」

「──……んん、そうだなあ。やることは山積みってところだ」


 九十九ちゃんのデータから確認していこう。


『一級二十一位 九十九直虎』


 魔力総量 A+

 魔力放出 A〜E

 魔力操作 E

 魔力回復 B+

 攻撃   A−

 防御   B

 速度   B+


 プリントアウトした彼女のデータシートをピラリと摘み机に置く。


 さらにもう一枚、今度は別人のデータシートも並べた。


『一級二十二位 有馬瀬名』


 魔力総量 C+

 魔力放出 B

 魔力操作 B+

 魔力回復 C+

 攻撃   C

 防御   A

 速度   B−


 さて、この両名が僕の現パーティーメンバーだ。


 なんともこれは面白い評価に分かれている。


 九十九ちゃんは技術的な面ではまだまだ駆け出しに近い。身体能力と魔力によるゴリ押しで一級レベルになれる時点で化け物も良いところだけど、並の一級程度じゃあまだまだ。

 彼女が目指すべきは不知火くんや鬼月くんの場所だ。

 満足してもらっちゃ困る。


 そして、意外に面白いと思ったのが瀬名ちゃんの方。


 見てわかる通り、彼女は魔力には恵まれてない。

 出力は常人と比べれば高いけど特別という程でもないし、魔力操作に関しては努力の賜物。生まれ持った素質という点で比べれば、僕や九十九ちゃんの足元にも及ばない。


 ──が。


 彼女の素晴らしい点は下の数値にある。


「防御がA……これ、忖度なしだよね」

「えぇ。これが瀬名に下した迷宮省の評価です」

「そりゃすごい。防御だけなら不知火くんより上じゃないか」

「奴には防御する必要がないという理由もあるがゆえ、簡単に比べられるものではありません。ですが、決して身内贔屓によるものではないとだけ」


 他一級メンバーのデータも見てみるけど、彼女より防御が上手いと評価されている人は片手で数えるほど。


「評価基準は?」

「同時に相手可能なモンスターの数、手数、威力、多岐に渡りますがそれらの結果から総合的に判断します」

「えっ、僕そこまで詳細なことしてないんだけど」

「勇人さんの場合は見なくてもわかるので……」


 まあ……ぶっちゃけ魔力で防御ゴリ押し出来ちゃうしな……


 となると、瀬名ちゃんのこの評価は純粋に彼女自身の技量によるもの。


 具体的な情報は……あ、書いてるな。


『備考 ダンジョン最下層に出現するモンスター100体を相手に半日かけて粘り勝ちする事が可能で、攻撃面に関しては物足りないが、単独で踏破可能かつダンジョン警報にも対応出来ると判断し、一級合格が決定した』


「──……なるほどなぁ」


 僕の見立ては間違ってなかった。

 現時点での完成度とはつまり、現状の強さ・・・・・でもあった。

 秘めたポテンシャルはともかく、磨いてきた量と質に関しては瀬名ちゃんが頭一つ抜けている。


「エリート共との戦いに出すにはもう少し鍛えねば役に立ちますまい」

「十分だよ。連中を相手にするのはある程度上澄みじゃないといけないからね」

「……50年前の上澄みでは手も足も出ませんでした。今は、どうでしょうか」

「足りるさ、間違いなく」


 頼光くんの言いたいこともわかる。

 君はかつて上澄みで、希望を背負う立場で、そして、『エリートと戦うことが出来なかった』。


 死ぬ可能性の方が圧倒的に高く、居ても役に立つかわからない。

 だから置いていった。

 その時のシコリがまだあるんだ。


 僕らを殺そうと躍起になったエリート共はどいつもこいつも強力で、特に後半は酷い有様だった。あれを仲間に見られなくてよかったと安心してしまうほどにだ。


 彼の不安はわかるよ。

 ただ、現代の上澄みは文字通り格が違う。

 技術が進み世代を重ねるごとに『魔力』というものに対する素質も増え、今や一般人ですら魔力を扱える時代だ。


 心配する必要は一切ない。


「そうですか……」

「おいおい、僕はそういう評価を迷宮省に伝えたぜ?」

「伝わってはおります。が、不要な心配をさせまいと嘘を伝えられてる可能性を考えていました」

「ははは、今の時代のことは若者に任せるべきだってか」

「ええ全く、忌々しい気遣いだ」

「ま、彼らの言い分はわかるし僕もそう思う。道を譲ってあげたいのは山々なんだけど、僕らにも因縁ってもんがあるし……」


 少なくとも、僕はエリートを討ち滅ぼさない限り安心して消えることが出来ない。

 奴らを殺すことに人生を捧げてるんだ。僕以外の誰かが倒してくれるならそれで構わないが、僕より強いやつは現状どこにも居ない。


「早く強くなってくれると嬉しいんだけどなぁ」

「ふっ……その期待は、些か重過ぎますな」

「僕は人が大好きだからね。子供達に強くなって欲しいと願うのは間違ってるかい?」

「間違いではないが、あまりにも強い光を前にすれば目を瞑る者もいるでしょう」

「そうだね。それでも立ち上がる子はいるよ」


 九十九ちゃんは矯正出来る。

 彼女が力を制御を身につけ魔力と身体能力を完全に組み合わせる事が出来るようになったのなら、弱め・・のエリートを任せられるくらい頼りになる。


 そうすれば次は瀬名ちゃんの番だ。

 防御だけが伸びた理由はまだ読みきれないけど、なんの素質もない人間が不知火くん以上に防御が上手いと評価されることはあり得ない。

 彼は万能で何でも高水準でこなせる化け物だ。

 それこそ、その分野における天才と言われる人間以上に。


 それを超えるA評価を受けた防御の巧さ──気になる。


「…………頼光くん、もう一つだけ頼んでもいい?」

「一体何をなさるつもりで?」

「ちょっと模擬戦をしようと思ってね。教えるなら実際に手取り足取りやった方が確実だろ?」

「……まあ、否定はしませんが。いいでしょう、迷宮省九州本部に連絡をしておきます」

「ありがとう、恩に切るよ」


 これでも僕も防御には少しばかり自信がある。

 彼女とは全く別のゴリ押し防御だけど、学べる部分がありそうじゃないか? 


 まだ成長の余地があるかもという予感に年甲斐もなく心躍らせながら、彼女らのデータを印刷した資料をファイルに仕舞った。






 ──目が覚める。


 睡眠から目覚めたのではなく、動くためのエネルギーが供給されたがゆえの目覚め。快眠した後の爽快感や寝不足時の気怠さはなく、ただただ平常な身体状態を保っていた。


 身体を起こし空を見ると、そこには太陽はすでに登っていない。


 時刻は……おおよそ20時頃。

 もう少し遅い時間に起こしてくれれば派手に動けるのに、そう思いつつ立ち上がった。


「さて…………」


 現在地は鹿児島県の北東部。

 かつては侵攻の被害で草も生えぬ不毛の大地となっていた此処は完全無欠に復興していて、植林された木々が山々を鮮やかに彩っている。


 ダンジョン周辺を囲う壁もそうだが、人類の文明は最早ダンジョン発生前と同じくらいか、それ以上にまで発展している。


 それもこれも生き残った者達の奮闘の成果だ。


「っと、感動している場合ではないか」


 一日一時間しか動けない現状、人目を避けながら出来るだけ急いで移動する必要がある。道中野生動物を見かけたし、山の中を移動すればある程度は誤魔化せる。

 問題はそこを抜けてからだが……

 まあ、最悪地下を掘っていけばいい。

 今の私にはそれくらいの時間がある。


 目標は都市部。

 鹿児島県には統括者が居ると彼女から聞いているし、一旦目の届きにくい場所で活動拠点を設ける。熊本の街まで行けば情報を集められる筈だ。

 そして重要なのは魔力・・

 これを彼女にかかりきりではなく、己で調達出来る様にならねばならない。


 魔力の調達なんぞ考えたこともない。

 他人から奪えるようなものでもなく、手詰まりと言っていい。

 本屋や図書館に入れればある程度情報を探れると言っていたから、手段は無くはないんだろう。


 私には全く思い付かないがな。


「行くか」


 まだ・・、情報が足りない。

 死人である私はどうなっても構わないが、彼女が断罪されるのは見過ごせん。人類側へ合流させるためには確実性が全く足りてない。


 その中で最も危険な要素──異常な強さを誇り、50年前と同じ喋るエリート個体を多対一で圧倒した男を思い浮かべる。


 無いはずの心臓が、トクンと鳴った気がした。

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