第131話

「──……というわけで、関東に幾つか存在した地底にリッチを自称するエリートを追い詰めて討伐したは良いものの、情けないことに呪いをかけられた上に閉じ込められてしまってね。それから五十年発見されることもなく、ただずっと地底で抜け殻のように生活していた。それが僕の末路だ」


 およそ5時間。

 それだけの時間を対話に費やし互いに魔力以外のエネルギーを消費しない肉体であることを良いことに一切休まず弾丸で進めたことで、香織が死んだ後の話は報告することが出来た。


 彼女は一通り聞いた後、目を閉じて何かを考えるようにじっと黙り込み、そのままおよそ一分程時間を要した後に口を開く。


「……………………そうか……」


 何も言えない、といった様子だ。


 気持ちはわかる。

 僕だってそうなった。

 自分達の戦いの後、五十年もの間無能だった僕を出迎えたのは失われた現代文明そのもので、しかもかつての世界とは全く違うエネルギーを主軸に復興を遂げていた。


 何も言えないさ。


「綱基と澪には悪いことをした。僕が止めるべきだったと後悔してる。君を失った後、僕だけで戦いを続ければ二人は犠牲にならずに済んだかもしれない」


 今でも二人の死に顔は鮮明に思い出せる。


 大事な仲間だった。

 それなのに僕は、仲間の命よりも、モンスターを殺すことを優先した。それが彼ら彼女らの望みだったとはいえ、僕はあの子らよりも年上だったんだ。

 止めるべきだった。

 大人として、戦うべき人間として。

 立派な志を持つ若者を死地に追いやったのは他でもない僕だ。


「それは違う」

「違わないよ。僕の両手はそんなに広くないけれど、誰よりも強かった。両手の外に誰かがいるのなら、そもそも脅威の届かない場所に置いていくべきだったんだ」


 霞ちゃんにはとても言えない後悔がスラスラと出てきて、正直なことを言うと、僕自身が一番驚いている。


 確かにこういう風に思っていた。

 でも言わなかった。

 考えないようにしていた。

 これ以上あの娘に僕の情けなさを晒すべきじゃないと思ったからだ。彼女は気にしないかもしれないが、その優しさに付け入るような人間になりたくなかった。


 ──……今更だな。


「それを言ったらあそこで死んだ私が一番の戦犯だぞ」

「君が死んだからこそ、あそこで勝てたんだけどね」

「…………」


 奇妙な沈黙が場を満たす。


「…………勇人。その、だな」

「なんだい?」

「……正直に言ってくれ。私は、無駄死にしただけだろ?」

「は?」


 急に何を言い出すんだと思ったが、香織の表情は至極真剣なものだった。


「そんなわけないけど……一応聞いておこっか。どうしてそう思ったの」

「あの時は、そうするしかないと思った。死ぬ間際、追い詰められた私達三人と、一人攻めあぐねているが余裕のあった勇人。こちら側で気を引いて少しでもチャンスを作ればお前は突っ込んでいける──そうすることでしか、勝てないと思った」


「……だが。それは違ったんじゃないかと、今の話で気がついた」


「お前は強かった。私達三人を合わせても敵わない。それは超えられるような壁ではなく、生物としての強さが違うとすら思う程だった」

「香織、それは……」

「事実エリートの討伐が出来たのは勇人、お前だけだ。違うか?」


 違わない。


 僕以外の三人、香織、綱基、澪だってエリートとの交戦経験はある。


 だけど三人とも一度だってエリートの討伐は出来なかった。


 理由は単純、エリートが強すぎたからだ。

 現代と違い発見されたばかりの魔力概念にそれを扱えるごく僅かな面々を現場にあたらせ総力戦で耐えながら少数精鋭で敵本拠点に乗り込んで敵指揮官を確固撃破、なんてめちゃくちゃな作戦を行なっていたのだから技術の習熟も満足にいかない。

 僕が勝てたのは魔力が三人と比べて莫大な量を持っていたこと。

 そして死なずに戦闘を継続することが出来る程度には戦う才能があったこと。

 最後に、魔力を扱うことが僕にとっては呼吸をするのと同じくらい当たり前だったことだ。


 みんなはダンジョンが発生してから後天的に気がついたらしいけど、僕は生まれた時から魔力を無意識で扱ってたからね。

 そりゃあ差はある。

 でもそれは戦いを重ねて学んだ結果であり、出会った頃はまだそこまで大きな差はなかった。 


「でもさ香織、そうは言うけど三人とも前半のエリートを相手に十分戦えてたじゃないか。あの時点じゃ僕と君らにそう大きな差はなかったと思うよ」

「敵が我らを侮っていたのと、今になって思えば、エリートの間でも実力差があったんだろう。ちょうど最初の方に弱い連中を叩けたんだ」


 それも……間違いじゃない。


 後になって敵の強さは跳ね上がっていった。


 例のデュラハンが漏らした情報から推測するに、おそらく魔軍八星将とやらの中にも強さの段階がある。

 そこから上の個体──該当するのは例の鯨あたりか。

 それにリッチも強さはそこそこだったが能力が厄介だった。

 日本は小さな島国だし、ていうか、世界全体で見たらここより戦力を当てなきゃいけない場所はたくさんある。

 むしろ、中盤以降のボスラッシュがおかしい。

 なんであんなに日本に戦力を集中したんだ。

 間違いなく僕らが暴れた所為である。


 ……話が逸れたね。


「現代に甦って、復興した姿を見て、育った人間の姿を見た。思ったさ、私達の犠牲がここに繋がったんだってな。無駄死にじゃなかったんだと涙を溢しそうになった。だがその後お前のことを知り、そしてダンジョンや探索者のことを知って、疑問に思った。『勇人は間違いなく勇者と呼ばれるだけの実績があるが、私達はどうだった?』、と」

「考えすぎだ。間違いなく君らは役に立ったし、あの時代において特異点と呼べる存在だった。て言うかね、僕は君に会うまで田舎でちまちまモンスターを狩るだけの人間に過ぎなかったんだ。そいつを引っ張り出して、疑う人達の協力を取り付けてくれたのはどこの誰だったっけ」

「…………私、だな」

「あの頃の僕が一人でそんなことできたと思う?」

「……………………」


 うん、この沈黙こそが答えだ。


 百歩譲って。

 そう、譲りたくもない百歩を譲って皆戦力的に厳しかったとしよう。


 だから役立たずだったと?

 足手纏いだったと?

 そんなこと言わないし誰にだって言わせるつもりもない。

 僕を人たらしめてくれたのは他でもない香織であり、慕ってくれた綱基であり、放って置けなかった澪なんだ。


 僕らは四人揃ったから走り出せた。


 それを集めたのは、香織だ。


「今の一級にも光る才能を持つ子はいるけどまだまだだ。彼らは僕に簡単に追いつかれる程度でしかなかったし、未だに僕を楽勝で殺せる強い子はいない。老人が働かないといけない程度には世の中が切羽詰まってるわけだ」

「……」

「僕がこうやってリッチになって、生き残って、現代に貢献出来たのは君に出会ったからさ。世界を救ったのは結果的に僕かもしれない。でも、そこに至る過程で他に誰も関わらなかった訳じゃあないだろ?」


 周りくどい迂遠な言い方をしているが、要約すれば『世界を救う第一歩は香織が最初に歩き始めた』と伝えている。

 これくらいならば伝わる。

 何せこの喋り方は彼女から学んだからね。


「…………そう、だな。そう思っても、いいのか?」

「いいんだ。僕が認める」

「そうか。勇者が認めるなら、間違いないな」


 そう言って香織は気を抜いて顔をへにゃりと笑わせた。


 ……珍しい。

 そんな笑い方もするんだなと言いそうになったが、そこをぐっと堪えた。

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