第155話


 関東第ニダンジョンの最下層部。


 稀に二級以上の探索者が訪れる以外は滅多に誰も立ち寄らない場所にて、一人の女性が佇んでいた。


 狐のような耳を持ち、これまた狐のような尾を生やした女性だ。


 人類から獣人型と名付けられた彼女は、つまらなそうな表情のまま呟く。


「一体どうなってるわけ? せっかく西の方で楽しいパーティーが出来そうだったのに、今更こんな極東に呼び出して……ねぇ、ティターン。何か聞いてる?」


 ティターン。

 その名を呼ぶと、が動いた。

 ダンジョンそのものが胎動するかのような揺れ。

 しかし彼女は動じず、彼女がもたれかかっている壁の真横に口のようなものが生えて喋り出してもなお、なにも気にしていなかった。


【なにも。だが八星将直々の呼び出しとなれば、聞かないわけにもいくまい】

「この地と比べて他地域が弱いからそっちから攻めましょうって割り振られたのにまたお呼び出し。ちょっと身勝手よねぇ」

【ここは戦力がありすぎる。前回ここに固執して敗北した記録が残っている以上、ここに用はないと思うが】


 極東と彼女らが呼んでいる地域は、最大戦力を当てられた地点だ。


 かつての侵攻において最も戦力を集中させた場所であり、そして、最も行ってはいけない戦力の逐次投入をしてしまった場所でもある。


【海はかの龍王が抑えている。そして我々が西の大陸を制し人類圏を減らし、この島国を崩壊させるための総力戦に持ち込む。そういう手筈であったが】

「全く、どうなってるのかしら」


「──簡単に言えば、失敗しました。我々に打てる手はすでにそう多く残されていませんよ」


 二人が話している場所に、一人の男が近寄る。


 捻れた角を持つエリート個体。

 今だ人類に発見されてはいないがその貢献度は折り紙つき。

 送り込まれた個体の中で最も策謀に長けた存在であり、だからこそこれまで影に徹してきた。


 二人に対して頭を軽く下げながら男は続ける。


「お待たせして申し訳ありません。ウルピス、それにティターンも息災でしたか?」

「これからもっと元気になれるお祭りをするってタイミングで呼び出されたんだけどぉ」

【こちらの戦況は悪くない。都市の掌握が可能な程度には戦力を補充できた】

「それはよかった。しかし残念ながら、こちらは芳しくありません」

「……それは、ここに私達以外居ないのが関係してる?」

「お察しの通りです、ウルピス。すでに我々と、バナダクト閣下を除き幹部クラスは全滅しました」


 その言葉をどこか想定していた狐の獣人エリート──ウルピスは、あり得ないという反論を納得で飲み込んだ。


「ふぅん……あれ・・と戦り合って負けた。違う?」

「ご名答──と言ってあげたいところですが、実際に矛を交えた貴女なら簡単な問いでしょう」

「あれを相手にする上で勝利を収める。そのために西側から抑えるって話じゃなかったのかしら」

【……待て。なんの話だ。全滅? バカな…………黒騎士も?】

「そうです。黒騎士殿はあの個体──『勇者』を相手に挑み、そして敗れた。呆気なく、戦いにすらなりませんでしたよ」

【────……】


 ティターンと呼ばれた個体の持つ口が閉ざされる。


 それだけ衝撃だった。

 デュラハンの黒騎士は彼ら幹部級の中で最高戦力と呼べる存在だった。もちろん最も強い戦力という意味では龍王が勝るが、彼は誰かの思惑で動くような存在ではない。

 駒として盤面を動く便利な個体。


 その中で最も突出した戦闘力を持っていたデュラハンが、死んだ。


「個人の戦闘力で突出していた黒騎士がなすすべなく死んだ時点で、私と閣下は彼の呼称を『勇者』と定めました。この意味はお分かりですか?」

「勇者……?」

「はい。我々の故郷にて人類を管理せねばならない理由になった存在。当時の大将、四天王、八星将に魔王様を加えたメンバー全員を相手取り、魔王様を一太刀にて瀕死に追い込んだ一個体がいました。弱く、脆く、そして醜悪な人類から生まれた凶星。それが勇者です」

「は……? ……それ、本当? 騙そうとしてるわけじゃなないのよね」

「もちろん。騙す理由がありません」


 ティターンは黙ったまま耳を傾けている。


 ウルピスは訝しみながらも、確かにあれだけの強さがあればそれくらいのことは可能ではないかと思った。


「とは言っても、この世の勇者はかつての勇者の足元にも及びません。かの凶星はついでの一撃で龍王様に深傷を与えるほどでしたので」

【次元が違うな……】

「ええ。あれを機に人類に対する管理体制を定める方針になったのですが……それは関係ありませんね。話を戻しましょう」


「我々が勝利をするためにはこの島を落とさねばなりません。ですが、この島には我々を一捻り出来る存在がいます。それこそ閣下が動いても容易ではない」

【そのために我らを西に行かせたのではないのか?】

「総力戦での勝利しかない、命じた時はそれしか考えつきませんでした。しかし、こちらに残って色々考え状況を観察するうちに、一つだけ選択肢があることに気がついた」

「選択肢、ねぇ。単騎で龍王サマを止められる化け物がいる時点で無謀だと思うんだけど」

「簡単な話です。我々が厳しいのは戦力が足りていないから。これ以上の補充が難しいことにあります」

【そうだ。だから育て蓄えるために西側を制圧しろと──】


 堂々巡りになりつつある会話に僅かに苛立ちを感じたティターンが怒気を込めながら言葉を発するが、それを遮り、捻れ角の男は続けた。


「──ならば、戦力を引っ張ってくればいい。我々の世界から」

【…………何を言い出すかと思えば。それが出来ないと言ったのは、そちらではないか】

「魔力が足りませんからね。しかし、今は違う」

「……ここの魔力を使う、そういうこと?」

「その通り、流石はウルピスです」

「おだてなくてもいいわぁ。そんなことしたら防御が何も出来なくなるじゃない」

「防御は考えなくてもよろしい。我々は、攻勢に出ます」

【そんなことをすれば、片道となりかねんぞ】

「片道一方通行、そのまま死にますね。ですが、ダンジョンの門は開く」


 そこまで告げられ、ウルピスとティターンの両名は悟った。


 既に自分達は詰んでいる状態なのだと。


 仮に総力戦に持ち込んだとして、それまでにこの島国の戦力がどこまで整うか想定できない。今でも自分達を相手に戦える奴らがいるのに加えて龍王に匹敵する怪物がいる。リッチの能力を持った勇者が敵方に存在する時点で、こちらに数の利は訪れない。


 ここまで考えて、頭脳を担ってきた捻れ角の男が判断を見誤るはずがない。


 つまり、これは彼が考えて悩んだ中で最も勝率の高い作戦なのだ。


 ダンジョン。

 人類にそう呼ばれるここは世界に魔力を満たすための生成機だ。

 魔導王とも呼ばれる魔王が改良を加えモンスター生成などの複雑な機能も付け加えられたが、本質として、これはただ純粋に魔力を生産するだけの機構である。

 そして魔力を世界に満たす。

 動かす材料は魔力だ。

 つまり世界に魔力を満たし、そして満ちた魔力でさらに動く。

 一度目の侵攻時点で魔力が最低限満ちたこの世界では、管理者がまともにいないままずっと動き続けてきた。


「ダンジョンの門を開き、こちらの世界と向こうの世界を繋ぐ。そうすれば我々が死すとも、向こうにいる魔王様が異変に気がつき征服へと身を乗り出すでしょう」

「…………それしかないように聞こえる。どう思う? ティターン」

【……異論はない。お前が総力戦で勝てぬと判断したのなら、それが正しいのだろう】

「ありがとうございます。……実際、ティターンと閣下が暴れれば相応の被害は与えられる。それこそ、かの勇者さえ討伐出来ればあとは二人でなんとでもなる。大規模破壊はそちらの特権ですから」

【だが、西の方で蓄えた戦力はどうする? こちらに引っ張るのか】

「そうですね。そうしていただけると助かります。期間としては……大体半年から一年。それくらいが限界か」

【承知した。ではそれまで、引き続き蓄えさせてもらおう】

「ええ。よろしくお願いします。貴方には上で暴れてもらいますから」


 ティターン。

 ダンジョンと一体化する能力を持つモンスターは、壁から生やしていた口を消し去り振動と共に姿を消した。


「生成機を正式に稼働させる際は連絡します。それと同時に、こちらに戻ってきてもらう手筈ですので」

「ええ、わかったわ」

「無理を言って申し訳ありません。愚考しましたが、これしか思いつきませんでした」

「いいの、いいの。あなたが思いつかないなら、私も思いつかないから」


 捻れ角の男が立ち去り、そして、ウルピスと呼ばれた獣人も姿を消した。


 そこにはなんの痕跡も残らなかった。











 捻れ角の男は幾つか意図的に話していない事がある。

 

 あくまで現実的に最も最悪なパターンを口にした。


 そこに希望的観測は一切含まれておらず、彼の悲観的な考えが全て合っているのなら彼らに勝ち目は一切なかっただろう。


 しかし、少しくらいは想定の余地は残されている。


 例えば、いくら勇者が強力だったとして、龍王とティターンによる大規模破壊を複数箇所で行えば抑えられないであろう事。

 一部の戦力は追い付いていても、まだ平均レベルは低いであろう事。

 また、地上にてかの勇者が全力で戦闘を行えば都市に被害が出ること。それを嫌がる可能性が見込める事。

 

(しかし、楽観は出来ない。相手はたった五十年程度で我々に追いつける怪物を生み出せる連中だ。この程度、被害覚悟でひっくり返してきてもおかしくはない)


 男は人類に対する考えを改めた。


 常に最悪を想定し動く。

 その上で相手に被害を与えこちら側に勝利をもたらせる可能性がある方に少しでも寄るために、味方には玉砕前提の作戦だと告げた。


(そちらの方が士気が保つ。最初から死ぬ覚悟なのだからイレギュラーが起きても対処できる確率は増えるでしょう)


 暗闇の中で目を閉じたまま男は考える。


(勝利条件は勇者の撃破。都市機能を破壊しても意味がない。勇者、あの存在をいかにして狩るか――ですが、私は違う)


 他のメンバーを囮にしてでも確かめたいことがあった。


 この侵攻、そのものに対する疑念。

 魔王の思惑に謀られていたのなら、男にも、考える事がある。


(勇者を討てればそれでよし。ダメなら、こちらは勝手に動かせてもらいましょう)



 

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